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第五章 第一部
7 三者三様
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話を終え、主と2人の忠臣はそれぞれの部屋に戻った。
それぞれに、語らなかった話を胸に抱いたまま。
ルギは自室に戻ると、部下たちからの書類に目を通し、仕事を一通り終えてから、ゆっくりと考えていた。
なぜ自分はあのことを言わなかったのか。
神官長は、
『この国を治めるべき御方、それこそ当代マユリア、歴史上最も美しく、最も気高く、最も尊い女神であるべきなのです』
と言ったが、それは、
『ある方からそんな国を作りたい、そう伺った時』
とも言っていたのだ。
誰かにそう言われてその気になったとすれば、随分と昔から女神マユリアを王族の一員にと思い始めたと言っていたあの話は、少し怪しくなってくる。外の国の者に反感を持ったからだというのは、とても本当のことだとは思えない。
神官長の様子が変わったのは、やはり八年前のあの事件以降であろうと思われた。あの時より前には、皆が思うような、自信なさげな、事なかれ主義の神官長であった。神官長が変わったのは、神殿が宮での役割を担うようになって以降のこと、宮での力を増すに従ってであろうと思っていた。
一体いつから、神官長はそんな風に変わったのだろう。
一体いつ、その「誰か」は神官長にそんなことを言ったのだろう。
そう考えていると、ルギの頭の中にこんな言葉が浮かんでくる。
『マユリアこそ、この美しい国を統すべるにふさわしいお方、そう思われませんか?』
『女神の国は女神が治めるべきです』
ルギは一つ頭を振った。
だめだ、そのことを考えようとすると、いらぬ言葉まで思い出してしまう。
『夢を見るのはそんなに悪いことなのでしょうか?』
『永遠の忠誠を誓う、強く、穢けがれなき衛士。それ以外に女神に傅く資格のある存在があるでしょうか、ルギ殿』
『真の女神の国を統べる美しき女神に並び立つ者、その場所に相応しき伴侶はあなた以外ありません』
「やめろ!」
思わずルギはそう言って立ち上がっていた。
ルギにはなぜ言わなかったかが分かっていた。
結局、自分もあの夢に、神官長に語られたあの「美しい夢」に囚われてしまったのだ。
それを認めたくなくて、なかったことにしたかった。
だから言わなかったのだ、と。
キリエは自室に戻ると、残っていた仕事を片付けてから考えた。
あの秘密のことはマユリアには話せない。マユリアから後のシャンタルは全員が実の姉妹であることは。
「いえ、お一人は違いましたね」
そう言って、キリエはらしくなくクスリと笑った。
ご成長の後も、ご自分を取り戻されたあの頃のままだった。
『いやだなあ、そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。私、そんなに変わったかな?』
あれほどの経験をなさった後、大海を渡り、そして戦場へ行かれていたとのことだ。それなのに、一切何物にも染まっておられなかった。
『うーん、あるっちゃあるが、ないっちゃないな』
トーヤのその言葉通り、ご成長はなさったが、中身はあの頃のままでいらっしゃった。
それを思うと、もう一度笑わずにはいられなかった。
少しでも早くお二人を会わせてさしあげたい。
そう思うのと同時に、先ほどのマユリアの言葉を思い出すと、今はだめだとも思う。
『この先の未来がどうなっているかは誰にも分からない。結果として、もしかすると神官長の望む未来が開ける可能性もある、ということです』
キリエ自身はそれはあってはならぬこと、そう思えた。
十八年前、先代の「黒のシャンタル」がお生まれになった時、神官長は一度そのことを自分に聞こうとしていたように思う。
そう思ってキリエが言葉を封じたので、正確にはそうであろうと思う、としか言えないが、確かに「何か」を話題としようとした。
『あのキリエ殿、当代のご誕生についてなのですが……』
それをキリエは話題にさせなかった。
話題にさせぬことで、秘密を秘密のままで封じたのだ。
だが、神官長がそのことで今のようになってしまったのならば、
「それは私の失敗でしょうね」
キリエはそのために自分がどうするべきかを考え続けていた。
マユリアは自室へ戻ると、誰も部屋に入らぬようにと当番の侍女に申し付け、キリエとルギが部屋を訪れる前と同じように、またソファに体を持たれかけさせた。
『シャンタルは、次代様で最後になります』
どうやらそれは本当のことらしい。
それはもちろん衝撃ではあったのだが、マユリアの心の中では、もう一つのことが大きくのしかかっていた。
『あんたがそうやって笑ってたこと、ここから逃げること決めてくれたことを聞いたらあいつ、きっと喜ぶよ』
自分はキリエとルギにトーヤがこの部屋へ来たことを言わなかった。
あの楽しかった出来事を、誰にも知られたくなかったからだ。
トーヤに言うなと言われていなくても、自分は誰にもそのことを話したくなかった。
あのひとときは、自分にとって宝物であった。
だから誰にも言いたくなかった。
『でも、夢は夢で終わることもある。そのこともよく分かっています』
そう思ったことが現実になろうとしている。
それは、自分が抱えた秘密のせいであるようにマユリアには思えた。
「天がわたくしを罰しているのかも知れませんね……」
マユリアはそう言って、ソファの手すりに顔を伏せた。
それぞれに、語らなかった話を胸に抱いたまま。
ルギは自室に戻ると、部下たちからの書類に目を通し、仕事を一通り終えてから、ゆっくりと考えていた。
なぜ自分はあのことを言わなかったのか。
神官長は、
『この国を治めるべき御方、それこそ当代マユリア、歴史上最も美しく、最も気高く、最も尊い女神であるべきなのです』
と言ったが、それは、
『ある方からそんな国を作りたい、そう伺った時』
とも言っていたのだ。
誰かにそう言われてその気になったとすれば、随分と昔から女神マユリアを王族の一員にと思い始めたと言っていたあの話は、少し怪しくなってくる。外の国の者に反感を持ったからだというのは、とても本当のことだとは思えない。
神官長の様子が変わったのは、やはり八年前のあの事件以降であろうと思われた。あの時より前には、皆が思うような、自信なさげな、事なかれ主義の神官長であった。神官長が変わったのは、神殿が宮での役割を担うようになって以降のこと、宮での力を増すに従ってであろうと思っていた。
一体いつから、神官長はそんな風に変わったのだろう。
一体いつ、その「誰か」は神官長にそんなことを言ったのだろう。
そう考えていると、ルギの頭の中にこんな言葉が浮かんでくる。
『マユリアこそ、この美しい国を統すべるにふさわしいお方、そう思われませんか?』
『女神の国は女神が治めるべきです』
ルギは一つ頭を振った。
だめだ、そのことを考えようとすると、いらぬ言葉まで思い出してしまう。
『夢を見るのはそんなに悪いことなのでしょうか?』
『永遠の忠誠を誓う、強く、穢けがれなき衛士。それ以外に女神に傅く資格のある存在があるでしょうか、ルギ殿』
『真の女神の国を統べる美しき女神に並び立つ者、その場所に相応しき伴侶はあなた以外ありません』
「やめろ!」
思わずルギはそう言って立ち上がっていた。
ルギにはなぜ言わなかったかが分かっていた。
結局、自分もあの夢に、神官長に語られたあの「美しい夢」に囚われてしまったのだ。
それを認めたくなくて、なかったことにしたかった。
だから言わなかったのだ、と。
キリエは自室に戻ると、残っていた仕事を片付けてから考えた。
あの秘密のことはマユリアには話せない。マユリアから後のシャンタルは全員が実の姉妹であることは。
「いえ、お一人は違いましたね」
そう言って、キリエはらしくなくクスリと笑った。
ご成長の後も、ご自分を取り戻されたあの頃のままだった。
『いやだなあ、そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。私、そんなに変わったかな?』
あれほどの経験をなさった後、大海を渡り、そして戦場へ行かれていたとのことだ。それなのに、一切何物にも染まっておられなかった。
『うーん、あるっちゃあるが、ないっちゃないな』
トーヤのその言葉通り、ご成長はなさったが、中身はあの頃のままでいらっしゃった。
それを思うと、もう一度笑わずにはいられなかった。
少しでも早くお二人を会わせてさしあげたい。
そう思うのと同時に、先ほどのマユリアの言葉を思い出すと、今はだめだとも思う。
『この先の未来がどうなっているかは誰にも分からない。結果として、もしかすると神官長の望む未来が開ける可能性もある、ということです』
キリエ自身はそれはあってはならぬこと、そう思えた。
十八年前、先代の「黒のシャンタル」がお生まれになった時、神官長は一度そのことを自分に聞こうとしていたように思う。
そう思ってキリエが言葉を封じたので、正確にはそうであろうと思う、としか言えないが、確かに「何か」を話題としようとした。
『あのキリエ殿、当代のご誕生についてなのですが……』
それをキリエは話題にさせなかった。
話題にさせぬことで、秘密を秘密のままで封じたのだ。
だが、神官長がそのことで今のようになってしまったのならば、
「それは私の失敗でしょうね」
キリエはそのために自分がどうするべきかを考え続けていた。
マユリアは自室へ戻ると、誰も部屋に入らぬようにと当番の侍女に申し付け、キリエとルギが部屋を訪れる前と同じように、またソファに体を持たれかけさせた。
『シャンタルは、次代様で最後になります』
どうやらそれは本当のことらしい。
それはもちろん衝撃ではあったのだが、マユリアの心の中では、もう一つのことが大きくのしかかっていた。
『あんたがそうやって笑ってたこと、ここから逃げること決めてくれたことを聞いたらあいつ、きっと喜ぶよ』
自分はキリエとルギにトーヤがこの部屋へ来たことを言わなかった。
あの楽しかった出来事を、誰にも知られたくなかったからだ。
トーヤに言うなと言われていなくても、自分は誰にもそのことを話したくなかった。
あのひとときは、自分にとって宝物であった。
だから誰にも言いたくなかった。
『でも、夢は夢で終わることもある。そのこともよく分かっています』
そう思ったことが現実になろうとしている。
それは、自分が抱えた秘密のせいであるようにマユリアには思えた。
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