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第六章 第二節
5 憐れまれる者
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ミーヤはセルマが待つ部屋へと戻った。これからミーヤが決まったことを告げなければならない。キリエにそうするようにと言われている。
「セルマはおまえには比較的心を許しているように思います。少しでも気持ちを揺らさぬように、そうするほうがいいでしょう」
ミーヤはマユリアの婚姻話などは話さず、取次役のことだけを話す。明日でセルマの「謹慎」が解けること、取次役に戻ること、そして取次役が3人になることだけを。
「そうですか」
何を考えているのか、セルマはそうとだけ答えると、
「では夕食をいただきましょうか、今日は一緒に過ごす最後の夜になるでしょうし」
と、淡々と言った。
きっと色々と思うところがあるだろう。そう思いながらもミーヤも何も考えないように、いつものように楽しく話をしながら食事を終え、また色々な話をしながら就寝時間までを過ごした。
「約束が、守れなくなりそうですね」
「え?」
ベッドに横になった後、セルマがミーヤに背中を向けながらそう言った。
「ここを出たらあなたの敵になる。そう言いましたが、私は敵にすらなれそうにないようです」
「セルマ様……」
「私は見捨てられたのでしょう、神官長から。それで敵であったはずのキリエ殿……、いえ、キリエ様に憐れまれた。それがその結論です」
ああ、やはりそう思われたのだ。ミーヤはキリエにそんなことも言われていた。
「セルマはきっと私に負けたのだと思うことでしょう。神官長に見捨てられた、そうも思うかも知れません。これはそんな勝ち負けなどという話ではないのです。ですが、今のセルマには、とてもそうは思えないでしょう」
セルマの背中が全てを拒絶しているように見えた。
『覚えていなさい、ここから出たらわたくしとおまえの立場の違いを思い知らせてやりますから』
この部屋で一緒に暮らすことになった初日に、そう言い放ったセルマの気概が今は全く感じられない。
『ですが、ここから出る時には、おまえとわたくしの立場は違います』
フェイの話をしながら過ごした夜明け、水音の恐怖を乗り切ったセルマが敵の顔に戻って言ったこの言葉、この部屋を出る時にはまた元の立場に戻れる、そう信じていたからこその言葉が今では虚ろに響くようだ。
この部屋で普通の同室の者のように仲良く過ごせていたのも、セルマの心の中のどこかに、ここを出た時には勝って顔を上げているはずだ、その思いがあったからこそなのだろう。ここにいる今だけの時間を大切にしようと思ってくれたのも、ここから出たらまた元の関係に戻る、そう思っていたから。
「違うと思います」
ミーヤはベッドの上に起き上がるとセルマにそう声をかけた。
返事はない。
「違うと思いますよ」
もう一度そう言う。
「何が、違うのです……」
最後が消え入りそうに、弱くセルマがそう言う。
「神官長のお気持ちは私には分かりません。ですが、キリエ様がセルマ様を憐れまれて、それは違うと思います」
「違わないでしょう」
セルマは背を向けたまま小さくそう返す。
「いいえ、キリエ様はセルマ様を憐れまれたりなさっていません。セルマ様を憐れまれていらっしゃるのはセルマ様自身です」
セルマは背を向けたまま返事を返さずじっとしたままだ。
「キリエ様はセルマ様のことを心配はなさっていらっしゃいます。ですが、決して憐れむことなどなさいません」
「どうしてそんなことが分かるのですか……」
セルマは小さな、それでもさっきよりはやや大きな声でそう反論する。
「分かります。なぜなら、もしもセルマ様のことを憐れまないといけないとしたら、それは取次役として虚勢を張っていらっしゃったセルマ様をこそ、憐れむ必要があったからです」
「なんですって!」
セルマはガバっとはね起きると、ミーヤの方に向き直った。
「わたくしは奥宮の最高責任者でした! 誰もわたくしに意見のできる立場にはなかった! キリエ殿だとて同じ、それで大人しく前の宮に引き下がっていたのではないですか!」
「そうですね、確かに誰もセルマ様に意見などなさいませんでした。ですが、それはどうしてですか?」
「どうして? それはわたくしが最高責任者だったからです!」
「いいえ、シャンタル宮の最高責任者は侍女頭、つまりキリエ様です。取次役とは、前の宮と奥宮の間で業務を取り次ぐ、それだけの役目です」
ミーヤの言葉にセルマが黙る。確かにそうだった。取次役ができた時、そういう役目だという話で設けられたのだ。
「ですが、キリエ様は黙ってセルマ様がなさるままにされていた。それは、その立場にいらっしゃったセルマ様を憐れんだからです」
「違います!」
「違いません!」
セルマがいきりたつのをミーヤがさらに強い調子でねじ伏せる。
「どうぞお分かりください。キリエ様はずっとセルマ様の身を案じ続けていらっしゃいます。おそらく、セルマ様が神官長の推薦で取次役になられたその日からずっと。そしていつかはその立場から助けてさしあげたい、そう思い続けていたはずです!」
セルマはミーヤのこんな強い口調を初めて聞き、何も言い返せなくなった。
「セルマはおまえには比較的心を許しているように思います。少しでも気持ちを揺らさぬように、そうするほうがいいでしょう」
ミーヤはマユリアの婚姻話などは話さず、取次役のことだけを話す。明日でセルマの「謹慎」が解けること、取次役に戻ること、そして取次役が3人になることだけを。
「そうですか」
何を考えているのか、セルマはそうとだけ答えると、
「では夕食をいただきましょうか、今日は一緒に過ごす最後の夜になるでしょうし」
と、淡々と言った。
きっと色々と思うところがあるだろう。そう思いながらもミーヤも何も考えないように、いつものように楽しく話をしながら食事を終え、また色々な話をしながら就寝時間までを過ごした。
「約束が、守れなくなりそうですね」
「え?」
ベッドに横になった後、セルマがミーヤに背中を向けながらそう言った。
「ここを出たらあなたの敵になる。そう言いましたが、私は敵にすらなれそうにないようです」
「セルマ様……」
「私は見捨てられたのでしょう、神官長から。それで敵であったはずのキリエ殿……、いえ、キリエ様に憐れまれた。それがその結論です」
ああ、やはりそう思われたのだ。ミーヤはキリエにそんなことも言われていた。
「セルマはきっと私に負けたのだと思うことでしょう。神官長に見捨てられた、そうも思うかも知れません。これはそんな勝ち負けなどという話ではないのです。ですが、今のセルマには、とてもそうは思えないでしょう」
セルマの背中が全てを拒絶しているように見えた。
『覚えていなさい、ここから出たらわたくしとおまえの立場の違いを思い知らせてやりますから』
この部屋で一緒に暮らすことになった初日に、そう言い放ったセルマの気概が今は全く感じられない。
『ですが、ここから出る時には、おまえとわたくしの立場は違います』
フェイの話をしながら過ごした夜明け、水音の恐怖を乗り切ったセルマが敵の顔に戻って言ったこの言葉、この部屋を出る時にはまた元の立場に戻れる、そう信じていたからこその言葉が今では虚ろに響くようだ。
この部屋で普通の同室の者のように仲良く過ごせていたのも、セルマの心の中のどこかに、ここを出た時には勝って顔を上げているはずだ、その思いがあったからこそなのだろう。ここにいる今だけの時間を大切にしようと思ってくれたのも、ここから出たらまた元の関係に戻る、そう思っていたから。
「違うと思います」
ミーヤはベッドの上に起き上がるとセルマにそう声をかけた。
返事はない。
「違うと思いますよ」
もう一度そう言う。
「何が、違うのです……」
最後が消え入りそうに、弱くセルマがそう言う。
「神官長のお気持ちは私には分かりません。ですが、キリエ様がセルマ様を憐れまれて、それは違うと思います」
「違わないでしょう」
セルマは背を向けたまま小さくそう返す。
「いいえ、キリエ様はセルマ様を憐れまれたりなさっていません。セルマ様を憐れまれていらっしゃるのはセルマ様自身です」
セルマは背を向けたまま返事を返さずじっとしたままだ。
「キリエ様はセルマ様のことを心配はなさっていらっしゃいます。ですが、決して憐れむことなどなさいません」
「どうしてそんなことが分かるのですか……」
セルマは小さな、それでもさっきよりはやや大きな声でそう反論する。
「分かります。なぜなら、もしもセルマ様のことを憐れまないといけないとしたら、それは取次役として虚勢を張っていらっしゃったセルマ様をこそ、憐れむ必要があったからです」
「なんですって!」
セルマはガバっとはね起きると、ミーヤの方に向き直った。
「わたくしは奥宮の最高責任者でした! 誰もわたくしに意見のできる立場にはなかった! キリエ殿だとて同じ、それで大人しく前の宮に引き下がっていたのではないですか!」
「そうですね、確かに誰もセルマ様に意見などなさいませんでした。ですが、それはどうしてですか?」
「どうして? それはわたくしが最高責任者だったからです!」
「いいえ、シャンタル宮の最高責任者は侍女頭、つまりキリエ様です。取次役とは、前の宮と奥宮の間で業務を取り次ぐ、それだけの役目です」
ミーヤの言葉にセルマが黙る。確かにそうだった。取次役ができた時、そういう役目だという話で設けられたのだ。
「ですが、キリエ様は黙ってセルマ様がなさるままにされていた。それは、その立場にいらっしゃったセルマ様を憐れんだからです」
「違います!」
「違いません!」
セルマがいきりたつのをミーヤがさらに強い調子でねじ伏せる。
「どうぞお分かりください。キリエ様はずっとセルマ様の身を案じ続けていらっしゃいます。おそらく、セルマ様が神官長の推薦で取次役になられたその日からずっと。そしていつかはその立場から助けてさしあげたい、そう思い続けていたはずです!」
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