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第六章 第三節
8 その日の国王
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女神マユリアとシャンタリオ国王の婚姻の発表があると、当然ある人の耳にも入ることになった。
「息子がマユリアと結婚だと!」
現国王の父、無理やり王座を追われた前国王は、その話を聞き、激怒すると手に持っていたグラスを床に向かって投げつけ、見事な装飾のある高価なガラスは一瞬で粉々に砕け散った。
厚みのある緞通の上で、まるで元からそうすることが目的であったかのように、ガラスがキラキラと光って神秘的な光を放つ。
「許さん! マユリアは私の物だ! そなた達がグズグズしているからこんなことになったのだ! 取り戻せ! 今すぐに取り戻すんだ!」
前国王は、まるでマユリアが既に自分の所有物であったかのようにそう言うと、ヌオリとライネンを射殺しそうな目で睨みつける。
ライネンはその姿を見て、まるで正気を失った狂人だと思う。こんな方が国王なのか、自分たちはこんな方をもう一度頭上に頂くために色々と奔走をしているのか。考えてはいけないと思いながらも、どうしてもそう考えてしまう。
困惑を隠しきれないライネンの隣で、ヌオリは余裕の笑みを浮かべている。
この同胞は一体どういう神経をしているのか。ライネンはそのことにも不安になる。いつも自信たっぷりで、ついこの間シャンタル宮から追い出されたことすら、もう忘れたかのように元の状態に戻っている。いや、それどころか、そのことさえ「宮を出るいい口実になった」と今では言っている。
一緒に追い出された仲間から聞いた不思議な話。ミーヤという侍女に触れようとした途端、不可思議な力が働き、一人は手首、もう一人は肩を脱臼させられたというその話すら、もう忘れてしまったかのようだ。その時に痛い目にあった二人は今も恐れおののいているというのに、どれほど強い心臓をしているのだ。
ライネンは今さらながら、こんなことの仲間になっていることを後悔した。だが、自分の立場から、こうするしかなかったこともよく理解している。
一族の長である父が、前国王の幽閉と同時に、王宮から放逐された。正式に入るなと言われたわけではないが、状況を見れば戻れないことは分かる。
元々ライネンの生まれたセウラー家は、代々国王の側近であった。ヌオリのバンハ家に次いで力のある家だ。それが今では皇太子妃の父のラキム伯爵と伯父のジート伯爵に取って代わられた。このままでは立つ瀬がない。それなのに、父の世代の者たちは何もできず、ただただ今の身の上を嘆くだけ。それでヌオリが中心となって、若い世代がもう一度権力を取り戻すべく、前国王を救出したのだ。
だが、その救出だとて計画倒れ、結局はどこの誰かは分からない誰かによって救い出された前国王を引き受けて連れ出しただけに過ぎない。
結局、ほとんど何もできていないではないかとライネンは思うが、ヌオリの中では全て自分の手柄になっているようだ。自信家で自尊心の高いヌオリのこと、そうでも思わないと我慢できないのだろう。
国王の一番の側近の伯爵家、その後継者の長男として生まれ育ち、何をやってもそこそこうまくできて、これまで自信をなくすなどということのなかったヌオリに、ライネンはそれも仕方があるまいと思う。だが、それでうまくいかないことに目をつぶり、このまま前に進んでもうまくいくものなのだろうか、そうも思う。
「それでどうするつもりなのだ!」
ヌオリは前国王の怒号でハッと我に返った。つい自分の考えの中に入り込んでいたが、今、ヌオリと自分は前国王の前に立たされ、叱責されている途中であったと思い出す。
本当にどうするつもりなのだ。聞いてもヌオリは自信たっぷりに、負かせておけと言うばかり、何も聞かせてはくれない。というか、どうにかできるのか?
「何もする必要はないかと」
ヌオリは驚くような言葉を口にする。
「何もする必要はない?」
「はい」
「もう一度聞くぞ、一体どうするつもりなのだ」
前国王は怒りを抑えるようにそう言った。
「ですから、何も」
ヌオリが自信たっぷりにそう言う。
ライネンは前国王が椅子の肘掛けをギリギリと握りしめるのを見た。
「その答えで構わぬのだな?」
「はい、何もする必要はございません」
ヌオリはもう一度自信たっぷりにそう言うと、前国王がもう一度口を開く前にこんなことを言った。
「触れ紙の文言をよく思い出していただきたい」
「なんだと?」
ヌオリはコホンと一つ咳払いをすると、前国王に言い聞かせるようにこう続けた。
「女神マユリアがシャンタリオ国王と婚姻なさる。ですが、その国王とは、一体どの方を指しているのでしょう」
「誰を、だと?」
国王はヌオリの言い方にどう判断したものかと少し考えているように見えた。
「はい、触れ紙には国王としか書いてありません。つまり、婚儀の時に王座におられるお方、その方こそがマユリアの婚儀のお相手ということになります」
国王はなんとなくヌオリが言いたいことが分かってきた。
「ご子息に婚儀の準備はお任せになればよろしいでしょう。そしてその当日、マユリアとお並びになられる国王とはあなた様、それで何も問題はございますまい」
どうやらその時までに前国王を王座に戻す、そういうことらしい。
「息子がマユリアと結婚だと!」
現国王の父、無理やり王座を追われた前国王は、その話を聞き、激怒すると手に持っていたグラスを床に向かって投げつけ、見事な装飾のある高価なガラスは一瞬で粉々に砕け散った。
厚みのある緞通の上で、まるで元からそうすることが目的であったかのように、ガラスがキラキラと光って神秘的な光を放つ。
「許さん! マユリアは私の物だ! そなた達がグズグズしているからこんなことになったのだ! 取り戻せ! 今すぐに取り戻すんだ!」
前国王は、まるでマユリアが既に自分の所有物であったかのようにそう言うと、ヌオリとライネンを射殺しそうな目で睨みつける。
ライネンはその姿を見て、まるで正気を失った狂人だと思う。こんな方が国王なのか、自分たちはこんな方をもう一度頭上に頂くために色々と奔走をしているのか。考えてはいけないと思いながらも、どうしてもそう考えてしまう。
困惑を隠しきれないライネンの隣で、ヌオリは余裕の笑みを浮かべている。
この同胞は一体どういう神経をしているのか。ライネンはそのことにも不安になる。いつも自信たっぷりで、ついこの間シャンタル宮から追い出されたことすら、もう忘れたかのように元の状態に戻っている。いや、それどころか、そのことさえ「宮を出るいい口実になった」と今では言っている。
一緒に追い出された仲間から聞いた不思議な話。ミーヤという侍女に触れようとした途端、不可思議な力が働き、一人は手首、もう一人は肩を脱臼させられたというその話すら、もう忘れてしまったかのようだ。その時に痛い目にあった二人は今も恐れおののいているというのに、どれほど強い心臓をしているのだ。
ライネンは今さらながら、こんなことの仲間になっていることを後悔した。だが、自分の立場から、こうするしかなかったこともよく理解している。
一族の長である父が、前国王の幽閉と同時に、王宮から放逐された。正式に入るなと言われたわけではないが、状況を見れば戻れないことは分かる。
元々ライネンの生まれたセウラー家は、代々国王の側近であった。ヌオリのバンハ家に次いで力のある家だ。それが今では皇太子妃の父のラキム伯爵と伯父のジート伯爵に取って代わられた。このままでは立つ瀬がない。それなのに、父の世代の者たちは何もできず、ただただ今の身の上を嘆くだけ。それでヌオリが中心となって、若い世代がもう一度権力を取り戻すべく、前国王を救出したのだ。
だが、その救出だとて計画倒れ、結局はどこの誰かは分からない誰かによって救い出された前国王を引き受けて連れ出しただけに過ぎない。
結局、ほとんど何もできていないではないかとライネンは思うが、ヌオリの中では全て自分の手柄になっているようだ。自信家で自尊心の高いヌオリのこと、そうでも思わないと我慢できないのだろう。
国王の一番の側近の伯爵家、その後継者の長男として生まれ育ち、何をやってもそこそこうまくできて、これまで自信をなくすなどということのなかったヌオリに、ライネンはそれも仕方があるまいと思う。だが、それでうまくいかないことに目をつぶり、このまま前に進んでもうまくいくものなのだろうか、そうも思う。
「それでどうするつもりなのだ!」
ヌオリは前国王の怒号でハッと我に返った。つい自分の考えの中に入り込んでいたが、今、ヌオリと自分は前国王の前に立たされ、叱責されている途中であったと思い出す。
本当にどうするつもりなのだ。聞いてもヌオリは自信たっぷりに、負かせておけと言うばかり、何も聞かせてはくれない。というか、どうにかできるのか?
「何もする必要はないかと」
ヌオリは驚くような言葉を口にする。
「何もする必要はない?」
「はい」
「もう一度聞くぞ、一体どうするつもりなのだ」
前国王は怒りを抑えるようにそう言った。
「ですから、何も」
ヌオリが自信たっぷりにそう言う。
ライネンは前国王が椅子の肘掛けをギリギリと握りしめるのを見た。
「その答えで構わぬのだな?」
「はい、何もする必要はございません」
ヌオリはもう一度自信たっぷりにそう言うと、前国王がもう一度口を開く前にこんなことを言った。
「触れ紙の文言をよく思い出していただきたい」
「なんだと?」
ヌオリはコホンと一つ咳払いをすると、前国王に言い聞かせるようにこう続けた。
「女神マユリアがシャンタリオ国王と婚姻なさる。ですが、その国王とは、一体どの方を指しているのでしょう」
「誰を、だと?」
国王はヌオリの言い方にどう判断したものかと少し考えているように見えた。
「はい、触れ紙には国王としか書いてありません。つまり、婚儀の時に王座におられるお方、その方こそがマユリアの婚儀のお相手ということになります」
国王はなんとなくヌオリが言いたいことが分かってきた。
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