黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第六章 第四節

 4 処世術と自尊心

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 それまでの人生で、神官長はいつもできるだけ目立たぬように、できるだけ誰にも特別に意識されぬように生きてきた。それは、家の貧しさ故にこの神殿に来た神官長の、処世術のようなものであった。
 
 神官長は子供の頃から本を読み、勉強をするのが好きだった。だが家が貧しく兄は幼い頃から住み込みで働きに出されており、もう少しで神官長も同じ道をたどるところを、どうやらこの子には学問の才があるらしいと神殿に預けられ神官見習いとなることができたという過去がある。

 神官長は幸せだった。自分が神殿に来ることで貧しい家にはまとまった金が渡され、働き詰めだった母を楽にすることができたからだ。

 父についてはどうでもよかった。物心付く頃から、酒を飲んでは自分がいかに不幸かを嘆くばかり。仕事もしないのに子どもだけは次々生まれ、ますます家は貧しくなる。
 神官長はそんな父を軽蔑し、憎んでもいた。だから神殿に入れるようになった時には、家族との別れをさびしく思うと同時に、父と離れられることがうれしかった。
 そんな父も神官長が神殿に入って間もなく、酒で体を壊して寝たきりになり、あっという間に亡くなってしまった。その時も、これ以上母が苦労しなくて済むとホッとしたぐらいであった。

 もちろん家のことだけではなく、思い切り学問ができることも幸せだった。明日食べる物の心配をせずとも、起きてから寝るまで勉強だけすればいい。神官見習いとして神殿を磨いたり、下働きの者と同じような雑用も修行の一環ではあったが、その間も勉強のことだけを考えていればよかったからだ。

 だが、そんな人間にはあまりいい顔をしない者もある。

 神官見習いには良い一族の人間だが、次男、三男、四男などで家も継げず、かといって分ける財産もあまりない家の者もいる。中には本当は学問などやりたくないが、行くところがなくていやいや神殿に入る者もいたが、そのような者からすると、神官長のように学問が好きで才覚を表すような者は邪魔でしかない。特に貧しい家の出の者であると分かると、後ろ盾になる者もないことから、うっぷん晴らしの標的にされたりすることもある。

 神官長にはなんとなくそのことが理解できた。小さい頃から弟妹を背負って母が仕上げた縫い物を届けに行った時などに、かわいそうな子と思ってもらえた方が色々と助けてもらえることを知ったからだ。
 自尊心よりも、憐れまれ、少しばかりの食べ物をもらえたり、時に決して自分では手に入れることのできない書物を貸してもらえることの方が重要だった。

 同じく神殿の中でも、取るに足らない者、かわいそうな者と見てもらえた方が都合がいいと判断し、卑屈におどおどと、いつも他の者の機嫌をうかがうように見せていた。心の中では、そのような者たちこそ哀れだと思いながらも、ひたすら勉強をしたいがために、その地位に甘んじていた。

 おかげで他の者たちが先輩神官たちにいじめられている時にも、少し離れたところでこっそりと一人で勉強に打ち込むことができたのだ。そうして自分の中で知識が蓄積されることを楽しみ、幸せを感じていた。
 
 だが、いくら卑屈に、取るに足らない者に見せかけても、時と共に見る者が見れば優秀であるということはバレてしまう。そんな時にはそこそこ優秀で人望のある人間にすり寄った。
 相手は神官長の出来がいいことを薄々感づいている。そこに付け込むのだ。知っていることをあえて知らぬ振りで教えを乞うたりして、その後で遠慮そうに持ち上げる。相手は満足し、神官長を自分より下の使える者と認定して後ろ盾になってくれた。

 そうやって、ずっと自尊心を捨てて生きてきたのだ。その結果、二人の有力者が互いににらみ合っている時に、この者ならば自分たちに取って代わろうとする気もなかろうと、仮の神官長に指名された。

 その者たちが思った通り、神官長には本心から、自分が神殿の頂点に立ちたいなどと思ったことはない。そんなことをして目立つなどとんでもないことだ。そんなことをして面倒に巻き込まれるのはまっぴらだ。
 だが、緩衝材として選ばれたということは、二人の権力者から「取るに足らない者」と認定されたということだ。その二人だけではなく、大部分の人間にそう思われているということだ。
 だから受けた。一時的に「取るに足らない神官長」になることを。そうすることで、どちらが勝とうとも、その後の自分の人生は安泰だと思ったからだ。

 だが、計算違いが起きた。自分が神官長になって間もなく、力を持った二人が相次いで急な病で亡くなってしまったのだ。

 神官長は慌てたが、それまでに大多数の者が自分に対して持っている「取るに足らない者」という印象があまりに強かったこと、それから有力者がいなくなったことから、このままこの者にやらせておけばいいだろうと「取るに足らない神官長」として役職を続けることになった。

 期待されず、認められていないからこそ神官長を続けるという皮肉な結果となったが、そのことに満足をしていた。
 
 だがそれ故に、普通なら知らずともいい重大な秘密を知り、苦悩することになった。この先、新しい次代様が生まれぬだろうという秘密を。
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