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第一章 第三節 動き始めた運命
4 生贄
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その夜、侍女頭の執務室では、常にはないほど厳しくキリエの詮議があった。
「一体何があったと言うのですか、そのような失態」
「申し訳ありません、つまずいてとんでもないことを……」
片膝をつき、これ以上はできないと言うぐらい深く、深く頭を下げ、ミーヤは震えさえしていた。
「失敗のことを言っているのではありません。何かあったのではないですか? そのことがお前を動揺させ、その結果があれなのではないですか?」
「いえ、いいえ……」
ミーヤは頭を上げず、ただただ震えている。
「隠さず、正直に言いなさい、一体何があったのです」
「それは……」
言いよどむミーヤにキリエが苛立ちを見せる
「言いなさい!」
「は、はい……」
意を決したようにミーヤが顔を上げ、キリエを見上げる。
「生贄、と……」
「生贄?」
キリエが眉を潜ませる。
「客殿の方が、今の自分の扱いはまるで生贄のようだ、と……」
「なんですかそれは……」
「昔読んだ子供の本で見たことがございます。魔物が子どもにごちそうを与え、まるまると太らせ、油断させてから生贄にするというお話、そのことかと……」
「宮が、あの者をその生贄にすると、そう申したのですか?」
「はっきりとはおっしゃいませんでしたが、私にはそういう意図かと思えました……」
ミーヤがまた深く頭を下げる。
「頭を上げなさい」
「はい」
言いつけの通りに顔を上げるミーヤ。
キリエがその瞳の奥にある真実を探るように、じっとミーヤを見下ろした。
「それで、その何がおまえをそのように動揺させたのですか」
「それは……」
一瞬言いよどみ、思い切ったように言う、キリエから目を離さずに。
「恐ろしいと思いました」
「恐ろしい、何が?」
「客殿の方をです」
「なにゆえに?」
「シャンタルは慈悲の女神、シャンタリオはその女神の加護を受ける神聖な国、そして宮はそれを守り続けるための尊い場所。そこに庇護されていながら、まさか、まさかそんな恐ろしいことを考えつくとは……」
たまらぬように目を閉じ、うなだれる。
「あの時、食事を持って近づきながらそのことを思い出してしまい、思わず足がもつれてつまずき、動きを止めることができませんでした」
もう一度目を開き、キリエをじっと見て続ける。
「まるで、私自身があの方への生贄のように思われて、その恐ろしさに震えました……私は、あの方が恐ろしい、そう思いました……」
「…………」
キリエもじっと見つめる。
その言葉に嘘がないか探るように。
「あの、まだお世話役を続けなければいけませんでしょうか……」
「辞したいと言うのか?」
「もしも、お許しがいただけるなら……」
また深く頭を下げる。
「自信がございません……」
「ふうむ……」
キリエはまだ目を離さず、ミーヤの頭上を見つめながら考える。
「それほどまでにあの者が恐ろしいのか?」
「これまではそんなことはございませんでした」
頭を下げ続けながらミーヤが続ける。
「言葉や行動は荒っぽいながらも、時に楽しい話をして私を笑わせることなどもあり、根は良い方、優しい方だと思っておりました。お世話をすることに甲斐を感じてもおりました。ですが、今は恐ろしい方だと思います。本当はどのような方なのか……」
「なるほど」
どうやら嘘はなさそうにキリエは思った。
「しかし、困りましたね」
ミーヤが顔を上げ、侍女頭を見上げる。
「おまえの世話役はマユリア直々のご指名です。理由もなく、そう簡単に役目を外すことはできません」
「あの、恐ろしいからと言うのは理由には……」
「ありえません」
キリエはきっぱりと言った。
「個人の感情、好き嫌いで役目を左右するなどありません」
「は、はい……」
ミーヤが急いでまた頭を下げる。
「まあ今しばらくの辛抱でしょう。これまでと同じようにしっかりと務めなさい」
「はい……」
返事をしてから、今度はミーヤがキリエに問いかけた。
「あの……」
「なんです」
「もうしばらくと言うのは、どのぐらいの……」
「分かりません」
「あの、あの方にはどんなお役目があるのでしょうか? 一体何をなさる方なんでしょう?」
キリエがきつい目をミーヤに返す。
「シャンタルの託宣です、分かっておるでしょう」
「ですが、ですが、いつまで続ければ……」
「よい、と言われるまでです」
「……はい……」
もうそれ以上何も言うことはなく、ミーヤはうなだれたように頭を下げたままになる。
「務めを全うしなさい、言えるのはそれだけです」
「はい……」
「もう下がってよろしい」
キリエの言葉にミーヤはさらに深く頭を下げて一礼すると立ち上がり、退室をした。
部屋を出て、一息、小さくため息をつく。
これでいい。これでトーヤから引き離されることなくそばにいられる。守ることができる。
万に一つ、本当に役目を外される可能性がないことはなかったが、マユリアの勅命をそう簡単に覆すこともできぬであろうと出た賭けであった。
ドアの外にミーヤの小さなため息を感じ、キリエがそれをどのように判断したのか、それはミーヤには分からないことであった。
「一体何があったと言うのですか、そのような失態」
「申し訳ありません、つまずいてとんでもないことを……」
片膝をつき、これ以上はできないと言うぐらい深く、深く頭を下げ、ミーヤは震えさえしていた。
「失敗のことを言っているのではありません。何かあったのではないですか? そのことがお前を動揺させ、その結果があれなのではないですか?」
「いえ、いいえ……」
ミーヤは頭を上げず、ただただ震えている。
「隠さず、正直に言いなさい、一体何があったのです」
「それは……」
言いよどむミーヤにキリエが苛立ちを見せる
「言いなさい!」
「は、はい……」
意を決したようにミーヤが顔を上げ、キリエを見上げる。
「生贄、と……」
「生贄?」
キリエが眉を潜ませる。
「客殿の方が、今の自分の扱いはまるで生贄のようだ、と……」
「なんですかそれは……」
「昔読んだ子供の本で見たことがございます。魔物が子どもにごちそうを与え、まるまると太らせ、油断させてから生贄にするというお話、そのことかと……」
「宮が、あの者をその生贄にすると、そう申したのですか?」
「はっきりとはおっしゃいませんでしたが、私にはそういう意図かと思えました……」
ミーヤがまた深く頭を下げる。
「頭を上げなさい」
「はい」
言いつけの通りに顔を上げるミーヤ。
キリエがその瞳の奥にある真実を探るように、じっとミーヤを見下ろした。
「それで、その何がおまえをそのように動揺させたのですか」
「それは……」
一瞬言いよどみ、思い切ったように言う、キリエから目を離さずに。
「恐ろしいと思いました」
「恐ろしい、何が?」
「客殿の方をです」
「なにゆえに?」
「シャンタルは慈悲の女神、シャンタリオはその女神の加護を受ける神聖な国、そして宮はそれを守り続けるための尊い場所。そこに庇護されていながら、まさか、まさかそんな恐ろしいことを考えつくとは……」
たまらぬように目を閉じ、うなだれる。
「あの時、食事を持って近づきながらそのことを思い出してしまい、思わず足がもつれてつまずき、動きを止めることができませんでした」
もう一度目を開き、キリエをじっと見て続ける。
「まるで、私自身があの方への生贄のように思われて、その恐ろしさに震えました……私は、あの方が恐ろしい、そう思いました……」
「…………」
キリエもじっと見つめる。
その言葉に嘘がないか探るように。
「あの、まだお世話役を続けなければいけませんでしょうか……」
「辞したいと言うのか?」
「もしも、お許しがいただけるなら……」
また深く頭を下げる。
「自信がございません……」
「ふうむ……」
キリエはまだ目を離さず、ミーヤの頭上を見つめながら考える。
「それほどまでにあの者が恐ろしいのか?」
「これまではそんなことはございませんでした」
頭を下げ続けながらミーヤが続ける。
「言葉や行動は荒っぽいながらも、時に楽しい話をして私を笑わせることなどもあり、根は良い方、優しい方だと思っておりました。お世話をすることに甲斐を感じてもおりました。ですが、今は恐ろしい方だと思います。本当はどのような方なのか……」
「なるほど」
どうやら嘘はなさそうにキリエは思った。
「しかし、困りましたね」
ミーヤが顔を上げ、侍女頭を見上げる。
「おまえの世話役はマユリア直々のご指名です。理由もなく、そう簡単に役目を外すことはできません」
「あの、恐ろしいからと言うのは理由には……」
「ありえません」
キリエはきっぱりと言った。
「個人の感情、好き嫌いで役目を左右するなどありません」
「は、はい……」
ミーヤが急いでまた頭を下げる。
「まあ今しばらくの辛抱でしょう。これまでと同じようにしっかりと務めなさい」
「はい……」
返事をしてから、今度はミーヤがキリエに問いかけた。
「あの……」
「なんです」
「もうしばらくと言うのは、どのぐらいの……」
「分かりません」
「あの、あの方にはどんなお役目があるのでしょうか? 一体何をなさる方なんでしょう?」
キリエがきつい目をミーヤに返す。
「シャンタルの託宣です、分かっておるでしょう」
「ですが、ですが、いつまで続ければ……」
「よい、と言われるまでです」
「……はい……」
もうそれ以上何も言うことはなく、ミーヤはうなだれたように頭を下げたままになる。
「務めを全うしなさい、言えるのはそれだけです」
「はい……」
「もう下がってよろしい」
キリエの言葉にミーヤはさらに深く頭を下げて一礼すると立ち上がり、退室をした。
部屋を出て、一息、小さくため息をつく。
これでいい。これでトーヤから引き離されることなくそばにいられる。守ることができる。
万に一つ、本当に役目を外される可能性がないことはなかったが、マユリアの勅命をそう簡単に覆すこともできぬであろうと出た賭けであった。
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