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第三章 第一節 神から人へ
17 味覚
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「お飲みになりました……」
ミーヤが静かに言うとキリエも頷く。
ゴクリ
一口飲んでおいしいと思ったのか、続けてまた飲む。
ミーヤがまたカップを傾ける。ゴクリと飲む。
何回か繰り返しカップ半分ほどを飲むとやっと口から離した。
はあっと満足そうに息を一つついた。
「お口に合ったようです」
「ええ……」
ミーヤの言葉にキリエが答える。
「こんなご様子のシャンタルを見るのは初めてです……」
キリエが胸が詰まったように言う。少し鼻声になっているようにも聞こえる。
「何を飲まれても食されても一切お顔に出なかったのに」
今、顔を見ると満足した表情であるのがキリエにもミーヤにも分かった。
「いつも、匙で口に運ばれるだけで分かってらっしゃらなかったのでしょうか……だとすると、私たちはなんと罪深いことをしていたことか……」
食事とは栄養を摂り命をつなぐために必要な行為ではあるが、それに味覚、味わうという楽しみの部分もあるのだ。シャンタルはそれを一切とは言わぬまでもほとんど感じることがなかったのかも知れない。作業のように口に流し込まれるものを単に咀嚼して飲み込み、命をつなぐだけの行為として受け止めていたのかも知れない。
「キリエ様……」
ミーヤには言葉がなかった。キリエたちは精一杯シャンタルに仕えていただけである。少しでも快適でいらっしゃいますように、そう思ってやっていたことが逆にシャンタルから人としての楽しみを奪っていた。キリエの今の気持ちを思うとどう声をかけていいのか分からなかった。
「ですが、自分の罪の意識に苛まれるのは後にしなくてはいけません。私は、今やれることをやらねばなりません。ミーヤ、どうすればお食事を楽しんでいただけると思いますか?」
「あ、はい」
この切り替えの早さ、これも長年侍女頭を務め上げてきたキリエの強さの一つだ。
「手で持って食べていただけるものはどうでしょう」
「手で?」
「はい、小さな子どもは親に叱られても手で食べ物をつかんでおいしそうに食べるものだと思います。カースでも随分とそうしてお母さんに叱られている子どもたちを見ました」
思い出したようにクスッと笑う。
「本当に、カースで色んなことを学んできているのですね、おまえは」
キリエがふっと少しさびしそうに見える笑みを浮かべた。
「では手で持って食べやすいもの、楽しいもの、それを探しましょう」
「はい」
食卓の上にはまさに満開に花開いたようにごちそうの数々が並んでいる。この中の何が……
「やはりパンでしょうか」
数種類のパンを見てミーヤが言う。
「甘いパンがあれば手で感触を感じていただいて、口では甘い味を楽しんでいただけるのでは」
「ではそれを」
2人で数種類のパンの中から外に砂糖をまぶした白くてふわふわの小さなパンを選ぶ。
「シャンタル、甘いパンですよ、どうぞ」
キリエがそう言って小さな両手に小さなパンを持たせるが、やはり持ったままじっとしている。
「失礼いたします」
ミーヤが手を伸ばし、シャンタルの両手を自分の両手で左右それぞれに持って鼻の近くに近付ける。シャンタルが微かに反応したように思える。甘い匂いに反応したのだろう。
「おいしそうな匂いがしますでしょ?これを、こうして……」
ぐっと上から力を込めてパンを押さえると左右に引いて2つに割る。
2つに割れたパンの切り口、刃物で切ったのではないのでいびつでふわっとしているそれでシャンタルの口をくすぐるようにする。
シャンタルが少し反応したように思う。鼻で匂いを嗅いでいるようだ。たまたまだが中に柑橘が練り込まれているらしく、ジュースと同じ匂いに軽く口を開ける。
「少しだけ失礼いたします」
またミーヤが声をかけ、パンの切り口を軽く口に押し付ける。が、噛み切ることが分からないのかそのまま飲み込もうとしているようだ。
「噛む、ということがお分かりではないのですね」
キリエがまた痛ましそうにそう言う。
「では、これをこうして……」
ミーヤが口に触れているあたりのパンを少しちぎるとシャンタルの口に入れる。本当に小さい、そのまま飲み込んでも構わないぐらいの小鳥に与えるぐらいの大きさだ。
シャンタルは口に入るとそれをパンと認識したらしい。いつもこうしてちぎって入れてもらっているのだ。そのまま飲み込んだ。
「パンだと分かっていただけたようです」
自分の持っているものがさっき口に入れたものと同じと分かったのだろうか、さらに口を開けて待つ。
「今度はご自分で」
ミーヤがそう言いながら少しパンを口に押し込むと、噛み切るつもりがあるのかないのかは分からないが一度口を閉じ、そうすることで少しだけパンが噛み切れた。それを飲み込む。
「そうですそうです、お上手です」
何回か繰り返しているうちにどうすればいいか分かってきたようだ。少しずつ噛みとる部分が大きくなっていき、そうしているうちに右手に持っていた半分より小さいぐらいのパンはすべて食べてしまった。
そうして、さっきジュースを飲んだ時と同じようにほおっと満足したような顔になった。
「シャンタル、お味がお分かりになったのですね……」
キリエが涙ぐんでそう言った。
ミーヤが静かに言うとキリエも頷く。
ゴクリ
一口飲んでおいしいと思ったのか、続けてまた飲む。
ミーヤがまたカップを傾ける。ゴクリと飲む。
何回か繰り返しカップ半分ほどを飲むとやっと口から離した。
はあっと満足そうに息を一つついた。
「お口に合ったようです」
「ええ……」
ミーヤの言葉にキリエが答える。
「こんなご様子のシャンタルを見るのは初めてです……」
キリエが胸が詰まったように言う。少し鼻声になっているようにも聞こえる。
「何を飲まれても食されても一切お顔に出なかったのに」
今、顔を見ると満足した表情であるのがキリエにもミーヤにも分かった。
「いつも、匙で口に運ばれるだけで分かってらっしゃらなかったのでしょうか……だとすると、私たちはなんと罪深いことをしていたことか……」
食事とは栄養を摂り命をつなぐために必要な行為ではあるが、それに味覚、味わうという楽しみの部分もあるのだ。シャンタルはそれを一切とは言わぬまでもほとんど感じることがなかったのかも知れない。作業のように口に流し込まれるものを単に咀嚼して飲み込み、命をつなぐだけの行為として受け止めていたのかも知れない。
「キリエ様……」
ミーヤには言葉がなかった。キリエたちは精一杯シャンタルに仕えていただけである。少しでも快適でいらっしゃいますように、そう思ってやっていたことが逆にシャンタルから人としての楽しみを奪っていた。キリエの今の気持ちを思うとどう声をかけていいのか分からなかった。
「ですが、自分の罪の意識に苛まれるのは後にしなくてはいけません。私は、今やれることをやらねばなりません。ミーヤ、どうすればお食事を楽しんでいただけると思いますか?」
「あ、はい」
この切り替えの早さ、これも長年侍女頭を務め上げてきたキリエの強さの一つだ。
「手で持って食べていただけるものはどうでしょう」
「手で?」
「はい、小さな子どもは親に叱られても手で食べ物をつかんでおいしそうに食べるものだと思います。カースでも随分とそうしてお母さんに叱られている子どもたちを見ました」
思い出したようにクスッと笑う。
「本当に、カースで色んなことを学んできているのですね、おまえは」
キリエがふっと少しさびしそうに見える笑みを浮かべた。
「では手で持って食べやすいもの、楽しいもの、それを探しましょう」
「はい」
食卓の上にはまさに満開に花開いたようにごちそうの数々が並んでいる。この中の何が……
「やはりパンでしょうか」
数種類のパンを見てミーヤが言う。
「甘いパンがあれば手で感触を感じていただいて、口では甘い味を楽しんでいただけるのでは」
「ではそれを」
2人で数種類のパンの中から外に砂糖をまぶした白くてふわふわの小さなパンを選ぶ。
「シャンタル、甘いパンですよ、どうぞ」
キリエがそう言って小さな両手に小さなパンを持たせるが、やはり持ったままじっとしている。
「失礼いたします」
ミーヤが手を伸ばし、シャンタルの両手を自分の両手で左右それぞれに持って鼻の近くに近付ける。シャンタルが微かに反応したように思える。甘い匂いに反応したのだろう。
「おいしそうな匂いがしますでしょ?これを、こうして……」
ぐっと上から力を込めてパンを押さえると左右に引いて2つに割る。
2つに割れたパンの切り口、刃物で切ったのではないのでいびつでふわっとしているそれでシャンタルの口をくすぐるようにする。
シャンタルが少し反応したように思う。鼻で匂いを嗅いでいるようだ。たまたまだが中に柑橘が練り込まれているらしく、ジュースと同じ匂いに軽く口を開ける。
「少しだけ失礼いたします」
またミーヤが声をかけ、パンの切り口を軽く口に押し付ける。が、噛み切ることが分からないのかそのまま飲み込もうとしているようだ。
「噛む、ということがお分かりではないのですね」
キリエがまた痛ましそうにそう言う。
「では、これをこうして……」
ミーヤが口に触れているあたりのパンを少しちぎるとシャンタルの口に入れる。本当に小さい、そのまま飲み込んでも構わないぐらいの小鳥に与えるぐらいの大きさだ。
シャンタルは口に入るとそれをパンと認識したらしい。いつもこうしてちぎって入れてもらっているのだ。そのまま飲み込んだ。
「パンだと分かっていただけたようです」
自分の持っているものがさっき口に入れたものと同じと分かったのだろうか、さらに口を開けて待つ。
「今度はご自分で」
ミーヤがそう言いながら少しパンを口に押し込むと、噛み切るつもりがあるのかないのかは分からないが一度口を閉じ、そうすることで少しだけパンが噛み切れた。それを飲み込む。
「そうですそうです、お上手です」
何回か繰り返しているうちにどうすればいいか分かってきたようだ。少しずつ噛みとる部分が大きくなっていき、そうしているうちに右手に持っていた半分より小さいぐらいのパンはすべて食べてしまった。
そうして、さっきジュースを飲んだ時と同じようにほおっと満足したような顔になった。
「シャンタル、お味がお分かりになったのですね……」
キリエが涙ぐんでそう言った。
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