黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

文字の大きさ
226 / 353
第三章 第一節 神から人へ

17 味覚

しおりを挟む
「お飲みになりました……」

 ミーヤが静かに言うとキリエも頷く。
 
 ゴクリ

 一口飲んでおいしいと思ったのか、続けてまた飲む。
 ミーヤがまたカップを傾ける。ゴクリと飲む。
 何回か繰り返しカップ半分ほどを飲むとやっと口から離した。

 はあっと満足そうに息を一つついた。

「お口に合ったようです」
「ええ……」

 ミーヤの言葉にキリエが答える。

「こんなご様子のシャンタルを見るのは初めてです……」

 キリエが胸が詰まったように言う。少し鼻声になっているようにも聞こえる。

「何を飲まれても食されても一切お顔に出なかったのに」

 今、顔を見ると満足した表情であるのがキリエにもミーヤにも分かった。

「いつも、さじで口に運ばれるだけで分かってらっしゃらなかったのでしょうか……だとすると、私たちはなんと罪深いことをしていたことか……」

 食事とは栄養をり命をつなぐために必要な行為ではあるが、それに味覚、味わうという楽しみの部分もあるのだ。シャンタルはそれを一切とは言わぬまでもほとんど感じることがなかったのかも知れない。作業のように口に流し込まれるものを単に咀嚼そしゃくして飲み込み、命をつなぐだけの行為として受け止めていたのかも知れない。

「キリエ様……」

 ミーヤには言葉がなかった。キリエたちは精一杯シャンタルに仕えていただけである。少しでも快適でいらっしゃいますように、そう思ってやっていたことが逆にシャンタルから人としての楽しみを奪っていた。キリエの今の気持ちを思うとどう声をかけていいのか分からなかった。

「ですが、自分の罪の意識にさいなまれるのは後にしなくてはいけません。私は、今やれることをやらねばなりません。ミーヤ、どうすればお食事を楽しんでいただけると思いますか?」
「あ、はい」

 この切り替えの早さ、これも長年侍女頭を務め上げてきたキリエの強さの一つだ。

「手で持って食べていただけるものはどうでしょう」
「手で?」
「はい、小さな子どもは親に叱られても手で食べ物をつかんでおいしそうに食べるものだと思います。カースでも随分とそうしてお母さんに叱られている子どもたちを見ました」

 思い出したようにクスッと笑う。

「本当に、カースで色んなことを学んできているのですね、おまえは」

 キリエがふっと少しさびしそうに見える笑みを浮かべた。

「では手で持って食べやすいもの、楽しいもの、それを探しましょう」
「はい」

 食卓の上にはまさに満開に花開いたようにごちそうの数々が並んでいる。この中の何が……

「やはりパンでしょうか」

 数種類のパンを見てミーヤが言う。

「甘いパンがあれば手で感触を感じていただいて、口では甘い味を楽しんでいただけるのでは」
「ではそれを」

 2人で数種類のパンの中から外に砂糖をまぶした白くてふわふわの小さなパンを選ぶ。

「シャンタル、甘いパンですよ、どうぞ」

 キリエがそう言って小さな両手に小さなパンを持たせるが、やはり持ったままじっとしている。

「失礼いたします」

 ミーヤが手を伸ばし、シャンタルの両手を自分の両手で左右それぞれに持って鼻の近くに近付ける。シャンタルがかすかに反応したように思える。甘い匂いに反応したのだろう。

「おいしそうな匂いがしますでしょ?これを、こうして……」

 ぐっと上から力を込めてパンを押さえると左右に引いて2つに割る。
 2つに割れたパンの切り口、刃物で切ったのではないのでいびつでふわっとしているそれでシャンタルの口をくすぐるようにする。
 シャンタルが少し反応したように思う。鼻で匂いを嗅いでいるようだ。たまたまだが中に柑橘かんきつが練り込まれているらしく、ジュースと同じ匂いに軽く口を開ける。

「少しだけ失礼いたします」

 またミーヤが声をかけ、パンの切り口を軽く口に押し付ける。が、み切ることが分からないのかそのまま飲み込もうとしているようだ。

「噛む、ということがお分かりではないのですね」

 キリエがまた痛ましそうにそう言う。

「では、これをこうして……」

 ミーヤが口に触れているあたりのパンを少しちぎるとシャンタルの口に入れる。本当に小さい、そのまま飲み込んでも構わないぐらいの小鳥に与えるぐらいの大きさだ。
 シャンタルは口に入るとそれをパンと認識したらしい。いつもこうしてちぎって入れてもらっているのだ。そのまま飲み込んだ。

「パンだと分かっていただけたようです」

 自分の持っているものがさっき口に入れたものと同じと分かったのだろうか、さらに口を開けて待つ。

「今度はご自分で」
 
 ミーヤがそう言いながら少しパンを口に押し込むと、噛み切るつもりがあるのかないのかは分からないが一度口を閉じ、そうすることで少しだけパンが噛み切れた。それを飲み込む。

「そうですそうです、お上手です」

 何回か繰り返しているうちにどうすればいいか分かってきたようだ。少しずつ噛みとる部分が大きくなっていき、そうしているうちに右手に持っていた半分より小さいぐらいのパンはすべて食べてしまった。
 そうして、さっきジュースを飲んだ時と同じようにほおっと満足したような顔になった。

「シャンタル、お味がお分かりになったのですね……」

 キリエが涙ぐんでそう言った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

処理中です...