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第三章 第一節 神から人へ
20 不満
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ミーヤはキリエを見送るとシャンタルの身を整え寝台に寝かせた。もうすっかりミーヤの手に慣れたようで、安心したようにされるがままになっていた。
子どもは寝かせられるとすぐに寝息を立てて幸せそうな顔で眠りについた。
寝台のそばに座り、ミーヤはそれを見守る。
シャンタルは今日、味を知り食すことを知った。
シャンタルは今日、手で触れて持つことを知った。
本当に赤ちゃんから始めていらっしゃる、生き直していらっしゃるかのようだとミーヤは思った。
では人が自分の意思を自分の口で伝えられるようになるのは何歳ぐらいなのか?
内容にもよるだろうが、助けてと言うだけならまだ幼いうちから大丈夫な気はする。
なんとかご自分の目で見ていただけたらもっと世界が広がるのに、ご自分の耳で聞いていただいたらもっと世界が広がるのに、そうして見て聞いたことをご自分の口で伝えていただけたら……
トーヤはシャンタルに生きてもらいたいと思っている、ミーヤは確信していた。トーヤは誰かの死を望むような人間ではない。
だが、同時にもう一つのことも分かっていた。
(もしも、シャンタルがご自分でトーヤに助けてほしいと言えない時、その時はトーヤは本気でシャンタルを見捨てるつもりだ)
それだけの覚悟を決めての上でのあの行動だったのだ。
「なんて頑固なんでしょう、ねえシャンタル……」
シャンタルを見守りながらふっと半分笑うように言う。
ダルが言っていたように何も言わずに助けたほうが楽なのに。自分の心が生きるか死ぬかを賭けるようなことをしなくてもいいものを……
そうして時間を過ごしているといきなりお腹が鳴り空腹なのに気がついた。
そう言えば昨日の昼食を食べて以来何も食べていないことを思い出す。色々なことでいっぱいっぱいで何かを食べるなどと思いつきもしなかったのだ。
「そう言えばシャンタル付きをしている間はどうやってご飯をいただけばいいのでしょうか」
シャンタルに語りかけるように言う。よく眠っている小さな主から返事があるはずもない。
「キリエ様もきっと何も召し上がっていらっしゃらないだろうと思います。どういたしましょうね」
すべてのことをシャンタルに話しかけるように言う。いつか返事があるだろうか。
そんなことを考えながらシャンタルを見つめていると、寝室の扉が開いた。
さきほどシャンタルの朝食を運んできて、その後で片付けた侍女の1人がワゴンを押して入ってきた。
「キリエ様が、あなたが何も食べていないだろうからこれを運べとのことです」
ワゴンの上にはパンと肉、魚、野菜など、1人分には十分な量であろう食事とお茶などが乗っていた。
「ありがとうございます」
「シャンタルに付いたまま食べられるようにワゴンのまま運び入れるようにとも」
「はい。食べ終わりましたらまたワゴンを外に出しておけばよろしいでしょうか?」
ミーヤがそう聞くが侍女は答えることなくじっとミーヤを見つめた。
「あの……」
「あなたはそもそも衣装係らしいですね」
「え?」
いきなり関係のないことを聞かれミーヤが戸惑う。
「それがなぜかマユリアの命で託宣の地へ同行し、託宣の客人の世話役を拝命した。なぜです?」
「なぜと聞かれましても……」
この人は何を聞きたいのだろうとミーヤは返事に困って黙り込む。
「今、一体何が起こっているのです? マユリアはどこにいらっしゃいます? ネイ様とタリア様は? そしてラーラ様は? おまえのようなお目見えも済ませぬ侍女が、なぜこの奥宮の、シャンタルのそば付きに? キリエ様までそれを許すなど、なぜ……」
言われてみれば確かに宮の方々が変だと思っても仕方のない状況なのだと初めてミーヤは思い至った。
「なぜです?」
もう一度聞かれる。
「あの、私には……お答えしかねます……」
「答えなさい」
静かに、だが怒りを込めて言われる。
「お答えしかねます……」
きっぱりと言う。今起こっていることを知らせるわけにはいかない、答えるわけにはいかない。
「生意気な、前の宮の者が……」
「前の宮の者」とは、まだ奥宮に正式に出入りを許されていない侍女のことを奥宮の侍女が暗に下の者という意味を込めてよぶ呼び方である。
この侍女にしてみれば「前の宮の者」である若輩のミーヤが、自分たちを飛び越えてこの神域中の神域に入り込んだことだけでも屈辱である。それがさらにシャンタルのすぐそばに付き従うなど、許せぬことと感じても仕方のないことなのかも知れない。
「マユリアの命です。なんと言われようともお答えはできかねます」
重ねてそう言うミーヤに相手ももう一度問うことはしなかった。侍女というものをよく知るからである。奥の者であろうと前の宮の者であろうとも、マユリアの命に逆らう者がないことをよく知っている。
「それでは聞き方を変えましょう。今、おまえはここで何をしています。それなら答えられるでしょう」
「シャンタルにお付きしています」
「付いて何をしているのですか」
「お付きするように、と言われております」
ミーヤの答えに相手は苛立ったようだ。
子どもは寝かせられるとすぐに寝息を立てて幸せそうな顔で眠りについた。
寝台のそばに座り、ミーヤはそれを見守る。
シャンタルは今日、味を知り食すことを知った。
シャンタルは今日、手で触れて持つことを知った。
本当に赤ちゃんから始めていらっしゃる、生き直していらっしゃるかのようだとミーヤは思った。
では人が自分の意思を自分の口で伝えられるようになるのは何歳ぐらいなのか?
内容にもよるだろうが、助けてと言うだけならまだ幼いうちから大丈夫な気はする。
なんとかご自分の目で見ていただけたらもっと世界が広がるのに、ご自分の耳で聞いていただいたらもっと世界が広がるのに、そうして見て聞いたことをご自分の口で伝えていただけたら……
トーヤはシャンタルに生きてもらいたいと思っている、ミーヤは確信していた。トーヤは誰かの死を望むような人間ではない。
だが、同時にもう一つのことも分かっていた。
(もしも、シャンタルがご自分でトーヤに助けてほしいと言えない時、その時はトーヤは本気でシャンタルを見捨てるつもりだ)
それだけの覚悟を決めての上でのあの行動だったのだ。
「なんて頑固なんでしょう、ねえシャンタル……」
シャンタルを見守りながらふっと半分笑うように言う。
ダルが言っていたように何も言わずに助けたほうが楽なのに。自分の心が生きるか死ぬかを賭けるようなことをしなくてもいいものを……
そうして時間を過ごしているといきなりお腹が鳴り空腹なのに気がついた。
そう言えば昨日の昼食を食べて以来何も食べていないことを思い出す。色々なことでいっぱいっぱいで何かを食べるなどと思いつきもしなかったのだ。
「そう言えばシャンタル付きをしている間はどうやってご飯をいただけばいいのでしょうか」
シャンタルに語りかけるように言う。よく眠っている小さな主から返事があるはずもない。
「キリエ様もきっと何も召し上がっていらっしゃらないだろうと思います。どういたしましょうね」
すべてのことをシャンタルに話しかけるように言う。いつか返事があるだろうか。
そんなことを考えながらシャンタルを見つめていると、寝室の扉が開いた。
さきほどシャンタルの朝食を運んできて、その後で片付けた侍女の1人がワゴンを押して入ってきた。
「キリエ様が、あなたが何も食べていないだろうからこれを運べとのことです」
ワゴンの上にはパンと肉、魚、野菜など、1人分には十分な量であろう食事とお茶などが乗っていた。
「ありがとうございます」
「シャンタルに付いたまま食べられるようにワゴンのまま運び入れるようにとも」
「はい。食べ終わりましたらまたワゴンを外に出しておけばよろしいでしょうか?」
ミーヤがそう聞くが侍女は答えることなくじっとミーヤを見つめた。
「あの……」
「あなたはそもそも衣装係らしいですね」
「え?」
いきなり関係のないことを聞かれミーヤが戸惑う。
「それがなぜかマユリアの命で託宣の地へ同行し、託宣の客人の世話役を拝命した。なぜです?」
「なぜと聞かれましても……」
この人は何を聞きたいのだろうとミーヤは返事に困って黙り込む。
「今、一体何が起こっているのです? マユリアはどこにいらっしゃいます? ネイ様とタリア様は? そしてラーラ様は? おまえのようなお目見えも済ませぬ侍女が、なぜこの奥宮の、シャンタルのそば付きに? キリエ様までそれを許すなど、なぜ……」
言われてみれば確かに宮の方々が変だと思っても仕方のない状況なのだと初めてミーヤは思い至った。
「なぜです?」
もう一度聞かれる。
「あの、私には……お答えしかねます……」
「答えなさい」
静かに、だが怒りを込めて言われる。
「お答えしかねます……」
きっぱりと言う。今起こっていることを知らせるわけにはいかない、答えるわけにはいかない。
「生意気な、前の宮の者が……」
「前の宮の者」とは、まだ奥宮に正式に出入りを許されていない侍女のことを奥宮の侍女が暗に下の者という意味を込めてよぶ呼び方である。
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「マユリアの命です。なんと言われようともお答えはできかねます」
重ねてそう言うミーヤに相手ももう一度問うことはしなかった。侍女というものをよく知るからである。奥の者であろうと前の宮の者であろうとも、マユリアの命に逆らう者がないことをよく知っている。
「それでは聞き方を変えましょう。今、おまえはここで何をしています。それなら答えられるでしょう」
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ミーヤの答えに相手は苛立ったようだ。
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