黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

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第三章 第二節 目覚め

12 万全を期す

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「それで、マユリアはどのように?」

 8日目の夜、キリエから使者とのやり取りを聞いた後、ミーヤは王宮のつまらぬ邪推じゃすいなどよりもっと大切なことがある、と話を変えてキリエに聞いた。

「マユリアはまだおもりを続けられるそうです」
「やはりそうですか……」
 
 なんとなくそんな気はしていた。万全ばんぜんすために、シャンタルがトーヤに助けてほしいとおっしゃるまでは戻ってこられないような気は。

「シャンタルが成長なさっているとだけお伝えしましたら、大層お喜びでした、ただ……」
「なんでしょう」
「やはりまだシャンタルは話しかけられていらっしゃるようです」
「そうですか……」
 
 これもやはり思っていた通りであった。

 日々の新しい発見に夢中になっているシャンタル。その様子はいかにも子どもらしく楽しそうに見えるのだが、時折ふっと遠くを見ている姿に気が付く。そういう時、恐らく頭の中でお二人に話しかけられているのであろう。

「それと……」

 ミーヤが言いにくそうに言い出した。

「今朝、キリエ様が使者殿とお会いになられてる間にこんなことが」

 シャンタルは言葉をたくさん覚えた。そしてたどたどしいながらもそこそこ長い文章も話し、理解するようになっていた。
 最初は質問するだけであったが、自分がどうしたいかを分かってきたようで、色々な要求もするようになってきていた。

「ミーヤ、お人形を取って」
「はい、これですか」
「これです、ありがとう」

 敬語を使っても理解できないことがあるので、失礼かも知れないとは思いつつ、子どもに聞くように簡単な言葉を使って会話をしている。

 こんな感じで簡単なやり取りを繰り返している時、突然こうおっしゃったのだ。

「ミーヤ、ラーラ様とマユリアに会わせて」
 
 ミーヤは言葉に詰まった。

「ラーラ様とマユリアに会いたいの」

 そうはっきりと自分の気持ちを伝えてきた。
 その成長はうれしいことではあるが、反面はんめん、対応に困る。

「ラーラ様とマユリアに会って何をしたいのですか?」

 困ってそう聞いてみた、すると……

「一緒にいるの」

 そう答えたのだ。

「一緒に?」
「一緒に」
「一緒にいて何をするのですか?」
「一緒に見るの」
「何を見るのですか?」
「なんでも見るの」

 そう聞いてミーヤははっとした。

 シャンタルは、前のようにお二人と意識を共有きょうゆうしたいと言っているのだ、そう思った。

「そのようなことが……」
「はい……」

 この数日、毎日をキラキラと楽しそうに過ごしていらっしゃるシャンタルが、あの人形のように何も感じることのないように見える生活に戻りたい、そう思っている。

「まるで、生まれる前に戻りたいとおっしゃっているようですね……」

 キリエが小さくそうつぶやいた。

 人は、生まれてきた人は、それほどこの世に生まれることが辛いのだろうか。
 温かい母の胎内たいない羊水ようすいに浮かんでいつまでも夢を見ていたいものなのだろうか。

「本当に辛いことはこれからお伝えしなくてはならないのに……」
 
 シャンタルはその状態に耐えられるのであろうか。

「マユリアが、こうおっしゃっていました……」

 キリエが続けてマユリアの言葉を伝える。

「本当に辛い役目を押し付けてしまいました。ですが、お願いです、シャンタルをお助けするためにその役目に耐えてください。身を遠ざけるしかできぬわたくしを許して下さい」

「マユリア……」

 ミーヤは言葉をなくした。

 ミーヤはマユリアが今どのような状態でいらっしゃるかをよくは知らない。だが、おそらく、自分の感覚を封印ふういんするような、そのような厳しい状況にいらっしゃるに違いない、それは分かる。
 その立場にいながら、さらに自分たちの身を案じ、すまぬと思ってくださっている。

「では……では、そのお気持ちにお答えするしかありませんね……」
「そうです……」

 ミーヤの言葉にキリエが答える。

「このままマユリアとラーラ様のことには答えず、今シャンタルが置かれている状況をご理解いただき、その上でもう元には戻れぬのだとご納得いただく、そこまでをおまえと私、2人でやらねばなりません」
「はい」
「交代の日まで13日……」

 今は8日目の夜であった。王宮への対応に取られた1日がとても惜しく感じられる。

「とりあえず今日の他のご様子を教えてください」

 キリエに問われ、ミーヤが一日の出来事を細かく報告する。

 以前、トーヤの世話役を拝命した当初、キリエからトーヤのことを細かく報告するようにと命じられていた。あの頃は正直なところ気分のいい仕事とは思っていなかった。途中からはキリエの命に背くように隠し事も増えた。それがいつの間にかこのような形で共に同じ目的に向かって必要な報告をするようになっている。
 今の状況がとても不思議に思えることもある。

「明日はどこまで成長なさるのでしょうね……」

 報告を聞き終えたキリエが淡々と言う。

「おそらく、明日はまだそこまでのお話は無理かと思います」
「でしょうね」

 今のシャンタルは多分5、6歳の子どものような状態ではないかと思われた。そのような深い話をできるのは後何年分、何日必要なのか。
 まだまだ先は長く、残された時間は少ない。
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