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思い出しました

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 目が覚めて、見慣れた部屋の天井が目に入る。だけど、見慣れた……? 私は……? 急に頭がズキズキしてきて、様々なことが思い出される。


 街中で見た婚約者の行動。それよりも前の見たことがない街並みの中で、泣きながら走っている女性とぶつかるトラックの映像……トラック……なぜ私は知っているの?


 思い出した!! 私は日本人で二十五歳だったんだ!!

 同棲していた彼氏に浮気されて、ショックで泣きながら走っていたらトラックとぶつかって……その後の記憶が無いってことは、その事故で亡くなっちゃったのね……たぶん婚約者の浮気を今世でも目にして、そのショックで記憶が戻ったのかも。
 まぁ、私の浮気現場はあんな談笑している場面じゃなくて、同棲しているアパートに彼氏が女を連れ込んでの真っ最中だったけどね……ハハハと乾いた笑いをしながら髪をかき上げる。


 うーん……どうしようかなぁ……とりあえず鏡を見てみるか。私は部屋の中を見渡して、ドレッサーの前に座った。


「うわぁー!! お肌ツルツル! 目がデカ! すんごい美少女!! えー! こんな姿なんだー!!」
 私が騒ぎながら自分の顔を触ってペチペチしていると

「お嬢様!? お目覚めになりましたか!?」
 水やタオルを持った美人なメイドさんが部屋に入って来て心配そうに私を見つめている。


 そうだった。今の私はメイリーナ。侯爵家の長女。そしてこのメイドさんは侍女のマリー。

 危ないわ……意識が元日本人の岡部美穂の方に引きづられちゃうから混乱しちゃう。


「いえ……オホホ……元気よ」
 とりあえずニッコリ笑っておく。

「お嬢様……」
 目に涙を浮かべながら私の様子を確認しているマリーに罪悪感がわく。中身が違くてすみません! でも私が生まれ変わっていたんだから私もメイリーナ?

 まだ混乱状態で言葉の無い私を勘違いしてマリーが言ってくる。

「あのような場面を目にした心痛で……なんとお痛ましい……!!」

 いや、まぁキッカケではあったね。同じ浮気現場の遭遇っていう。


「旦那様も奥様も非常に心配されてましたよ。お会いになりますか?」

 すぐに会うのはまだちょっと……メンタル整えてからじゃないと。

「いえ……まだ少し街でのことで混乱していて……食事も今日は部屋でとって、明日会おうかしら」
 口調がまだ上手く出来ず、最後にオホホと足しておく。

「お嬢様……わかりました。お伝えしておきますね」
 私の言動が婚約者の浮気を見てしまったことから混乱していると勘違いしているマリーは、心配そうにしながらも職務に戻っていった。


 うーん。どうしよう……とりあえず、口調はメイリーナの記憶を思い出して頑張ろう。状況も整理しよう。



 メイリーナと婚約者は、メイリーナが八歳のときに婚約者が結ばれた。相手はクリス。同格の侯爵家の次男で、歳はメイリーナの二つ上。
 お互いが小さい時はそれぞれの家で家族を交えてお茶会するなど、仲が良かったみたいだ。

 だけど、クリスが学園に入学してから手紙のやり取りは途絶えがちで、お茶会も無くなり交流が減った。
 寂しく感じたメイリーナだったが、学園に会えたらまた前のような関係に戻れることを励みに、家での勉強を頑張った。
 半年前、ようやく年齢的に学園に入学出来たメイリーナ。
 しかし、望んでいたようなクリスの対応は無く、教室に行っても冷たくあしらわれ、さらにクリスの周りを固める上級生の令嬢からは笑われたり嫌味を言われてもクリスは見て見ぬふり。



 いや、婚約者最悪じゃん。無いわー。 
 記憶の中のメイリーナは健気にクッキーを焼いて持って行ったり、話しかけに行き、冷たい対応のクリスと彼の周りからの冷笑に行くたびに気落ちしていたようだ。

 明日両親に会って、婚約破棄をお願いしなきゃ。あっちの有責にするためにも、破棄の前にクリスの素行調査してもらおう。

 それからもう一つ重要なことが……私は自分の手のひらを見つめた。なんだか前より魔力が格段に上がってない?もともとメイリーナは魔力が多かったみたいだけどこれは……? 記憶が蘇ったことで何か変化があったのかな……教会に行って確認したいけど……

 この世界では魔力が強いことは貴族令嬢にとって大事な武器だ。強ければ強いだけ良い縁談に恵まれる。
 クリスやその家族が、私の魔力を欲して婚約破棄に頷いてくれなくなったら困ってしまうから、破棄が終わってから教会に行って鑑定してもらおう。
 
 
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