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第一章『野生の勇者』
北へ向かおう
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俺達は戦闘が終わった後、ジェイムとレーンに賊が残した武器や防具を身に付けるように指示を出した。
彼らは俺が用意した衣服を身につけているために、会った時に着ていたボロ切れのようなものから比べれば、確実に良い物に袖を通している。
だがそんな高級そうな衣類も、いざ戦闘になれば、仕立ての良い服という一点では優れているが、防御面や動きやすさを考えれば、全く優れているとは言えなかった。それに武器が無いというのは致命的だった。
ジェイムは指示を出されると、太めの長剣と革の盾を見つけて装備し、鎧に関してはサイズが合うものが少なく、皮の厚い腰巻や、毛皮の肩当てを身につけるだけにとどまった。
ジェイムの様相を側から見れば、完全にゲームや漫画で出てくる野蛮なオーガのそれだ。だからこそ喋った時に感じる知的な雰囲気と、丁寧な口調には違和感しか感じない。
対してレーンは細いダガーを装備し、皮の肩当てに鉄製の胸当と、比較的に軽装のように見える。しかし鉄製の胸当てに関しては、元々が男物だったという事か、サイズが合わず、非常にぶかぶかなように見える。まぁ、男物だから仕方ないのかな。
レーンに関しては装備が汗臭いとボヤいているが、背に腹は変えられない、少しは我慢してもらう事にしよう。
そうして装備を見繕った後は、賊達の亡骸や焼け焦げた跡地から目を背けるように、直ぐに北へと出発した。
目的は北にある廃墟を奪い、物資や自分達の拠点を確保するためだった。
俺と黒谷からすれば、別に元々賊達の住処だった場所を拠点にする必要はなく、何処か遠く離れた街や村を転々としながら生きていく方法もある。それに黒谷は俺とどこかの街や、観光のできる場所を目指して、旅行ついでに飛び回る気満々だった。
しかしそれではジェイムとレーンを突き放す事になる。
俺はジェイムとレーンが、俺と黒谷をカップルや夫婦と勘違いした事、そして俺達の関係を応援しているという事を交渉材料に、黒谷が北の廃墟を奪い取る事に協力するように頼り、そして協力に漕ぎ着けた。
「もぉ、ジェイムとレーンがそこまで私と花尾くんの事を思って、応援してくれているなんて、ほんと恥ずかしい。まぁ、旅行のためにこの世界を巡りたいと言っても、急ぎでもないし、それに疲れた時に定住できる実家のような場所があっても良いと思っていたから、まぁ、私達を襲った賊達を懲らしめるためにも、手を貸してあげるよ。」
上機嫌にそう話した黒谷に、俺達3人はホッと胸を撫で下ろした。
ジェイムとレーンは黒谷の力を見せつけられてか、憧れというか畏怖というか、尊敬の念を抱いているようで、2人とも「呼び捨てで構わないです」とか、「フランクに接してもらって構わないです」とか言っている。なのに2人が黒谷に喋りかける際は、目をキラキラとさせながら恭しい口調になっている。
というのも、獣人を含め、魔族や魔物の上下関係というのは力量の大小で決まる事が多いらしいのだ。獣人の王が治る国では、王位継承の際には、継承権の持つ者同士の決闘で決まるくらいには脳筋のようだ。
「黒谷さんは本当にお強いですね。どこでそのようなお力を手に入れられたのですか?」
「そうです。そうです。こんなに強い人間は初めて見ました。」
2人は興味深々にそう尋ねるが、黒谷はうっとりとした目で俺を見た後、誇らしげに2人に告げた。
「2人とも見る目が浅いなぁ。花尾くんはもっと凄くて、もっと強いんだよ。なんたって勇者様なんだから。ねぇ、花尾くん。」
あっ、そうだった。俺が勇者だって事をすっかり忘れていた。
なんでって考えてみて欲しい、確かにフューエンシュルツでは「勇者様、勇者様」って黄色い声援を浴びていて、少しは鼻が伸びていたのは認める。
だが、こうやって超人的、いや人間の枠を超えるような強さを、黒谷からまざまざと見せつけられた後では、自分が強いなんて露程も感じられない。
ていうか、目の前のこいつが強すぎる。
あの婚約の儀に、バーエンと戦っていた時の光景なんて、この世のものとは思えなかった。俺はある意味手を抜いていた時のバーエンに、ようやく一本を入れられる位の能力しかないのだ。
それでも、俺が勇者である事を急に知らされたジェイムとレーンの2人は、目が飛び出してしまうほどに驚いた表情を浮かべ、油のきれたブリキの人形のように、ぎこちない動作でこちらに振り返った。
「あー、いや、ごめん。今まで黙っていたけど、実は俺、別世界から召喚された勇者なんだよ。」
「ゆ、ゆゆ、勇者って、あの人間族のゆ、勇者様!?な、なんでこんな所に!?」
レーンはめちゃくちゃ動揺したようで、耳も尻尾もピンと空へと突き立てている。
「まさか、花尾さんが勇者だとは、ここまでお強い黒谷さんが一目置く存在なのですから、勇者様と言われても疑いようがありません。。」
レーンもジェイムも驚いたような表情を浮かべているが、その心のうちに秘める警戒心が、ヒシヒシと伝わってきてしまう。
それは当たり前の事だ。
勇者とは元来、人間族の最高戦力である。他種族間の戦争では、人間からすれば敵側にあたる獣人や魔物、魔族を冷徹にあの世へ葬り去る存在である。
俺だって召喚された目的は同じだ。
フュロートエリアの話に聞いたが、俺はフューエンシュルツと対立する国家、種族を相手取り、この世界の混乱を鎮め、統一するために呼ばれた存在なのだ。
だからこそ、獣人や魔物、魔族からすれば、トラウマ満載の宿敵に当たる訳なのだ。
だからこそ、感じる本能的な不安を解消してやるべく、あっけらかんに言葉を返す。
「まぁ、俺を呼び出したフューエンシュルツとは敵対?しているようなものだから、そこまで警戒する事はないよ。なんたってこの黒谷があの国の騎士団長や騎士達をほとんど倒してしまったし、城の一部まで破壊しちゃったんだよ。それでここまで一緒に逃げ出してきたようなものなんだ。」
「ふふ、そうですね。あれは少しやりすぎちゃったかな。花尾くんに会えるという気持ちで焦っていた所に、うるさい人達が邪魔をしてきたんだから、仕方がないでしょ?」
俺と黒谷が当たり前だろうと話した内容に、2人はポカンとした表情のまま、数秒間お互いを見つめ合い、再びこちらに目を向けると、苦笑いを浮かべながら首を弱々しく上下させた。
「ニャーー、あ、あのー、お2人が獣人や魔族に対して偏見がないのも分かっていますし、そんな御伽話のような出来事を信じてしまうほどにお強いというのは分かりましたが、ニャーー、えっと、これからの目的はニャんでしょう?」
レーンは動揺しているようで、ドギマギしながら、所々に猫特有な言葉を挟みつつそう尋ねた。
「ん?目的?それってこれから北にある廃墟に行って、私達を襲った相手を懲らしめることじゃなくて?」
それに対してジェイムが、恐る恐る質問を続けた。
「えっと、その後の事ですね。花尾さんと黒谷さんがしたい事といいますか、何かしたい事があるのかなという意味でして。」
その質問に黒谷は楽しそうな笑みを浮かべて返答した。
「うん、やっぱり色々な所に旅をしたいっていうのもあるし、2人でどこか、そうだなー、お城みたいな綺麗な場所でゆっくり過ごしたいなっていうのもあるかな。まぁ、一番したい事は、花尾くんがしたいって言った事だけどね。」
黒谷はそう言って俺に笑いかけた。お城に住みたいというのは、少々物騒に聞こえるが、旅行ならば平和そうだし、まだ俺達の顔が世間一般に広まっていない事からも可能だろう。
そしてそんな回答を聞いて、さらに苦笑いを浮かべながら、「す、すごいです。」と2人とも呟いていた。
大丈夫、俺だって同じような気持ちだ。
そのような会話を続けながら、レーンの案内をもとに北へ歩いていった。
すると、あと1時間程で日が落ち始めるだろうという時、木々の奥から、空へと昇る細い煙がいくつか見えてきた。
そこには、10棟近くの比較的新しめな木造の住居が立ち並んでいた。そして、それらは崖に囲まれるように配置されており、周りを簡素な柵で囲っていた。
元々そこは100年近く前に廃坑となった鉱山だったようで、全盛期は坑夫達が一時的に住むための住居が崖に沿うように立ち並んでいたらしい。
しかし、今では見る影もなく撤収され、そして何のためか改めて建て直された住居がいくつも並んでいる状況だ。
そして大層な事に、物見のための塔が2つほど建てられている。
遠くからなので正確には分からないが、物見で待機する賊達も含め、少なくとも30人近くはいるようだった。
「ここが言っていた賊達の拠点です。なるべく気づかれないように身を屈めてください。」
ジェイムの言葉に緊張が走る。
廃墟と聞いていたので、もっとボロボロな物を想像していたが、綺麗な住居とはお世辞には言えないものの、それなりに立派な拠点であった。
「これだけの拠点なのに、フューエンシュルツの騎士達や警備隊が気付いていないのはおかしくないか?」
俺の率直な意見に黒谷は神妙な顔で答えた。
「多分、先程襲ってきた奴らの中に、貴族の手下だとか言っていた奴もいたし、どこかの貴族と関係があって、見逃してもらっている可能性もあるね。」
「確かにそうですね。ここは崖に囲まれており、立地としては最高であるのは間違いないでしょうが、それにしてもここまで大規模になるまで放置されているのも不可解かもしれません。」
「うん、黒谷の言うように、何か裏があるのは間違いないかもしれない。そう考えると、ここを拠点に身を固めるのも危険な気がする。」
そう俺がにわかに諦めるかというニュアンスの含んだ言葉を発したところ、レーンが慌てたように言葉を発した。
「そっ、その、多分ここの拠点には、輸送途中の奴隷達が保管されていると思うんです。だから、もしそうなら、助けてあげたいなって思うんです。」
するとレーンの言葉を補足するようにジェイムが続ける。
「ここの拠点は、奴隷のように国によっては違法となる商品を輸送する際に、中継とするための非合法的な拠点になっていると考えているのです。実は私達も奴隷だった時、輸送途中に休憩のため、ここに数日滞在した事があるのです。それに、この前この拠点を再び見かけた際、奴隷を運んでいるであろう馬車がここへ入っていくのを偶然見かけてしまったのです。その、ここを拠点にするのは難しいかもしれませんが、せめて物資を奪い、奴隷を解放するためにも、ここの賊達を取り除いて欲しいと、私も考えています。大変身勝手な願いとは存じております。しかし、どうかお願いしたく存じます。」
ジェイムが真剣にそう打ち明けた。
彼らは元々奴隷であった。だからこそ同じような境遇にあっている者を見捨てる事は難しいのかもしれない。
俺は奴隷になったことなどもちろんない。この状況で2人に、諦めて欲しいと言うのも簡単な事かもしれない。しかし今、自分の事のように苦痛で顔を歪ませる2人を見てしまえば、そう簡単に否定する事もできなかった。
俺はどうするべきか、深く考えていた。
だが、そんな悩みなどバカらしいというように、黒谷は安心するような笑顔とともに、2人に言い放った。
「心配しないで大丈夫。私が花尾くんのため、そして2人のため、絶対にこの拠点にいる奴らを全員殺してあげる。なんたって私達カップルの事を応援してくれていて、それにジェイムは私たちの事を夫婦だなんて言ってくれたんだもん。」
黒谷は顔を赤く染めながらそう言った。
そして、軽く胸を叩き、ドヤ顔を決めながら続けて言い放った。
「私に任せない!」
黒谷にとって、俺との関係が夫婦に見えたという言葉が、これほどまでに効果的になるとは思いもしなかった。
だが、俺もそれと同時に決意を決めた。
今回は逃げない、戦ってみせると。
彼らは俺が用意した衣服を身につけているために、会った時に着ていたボロ切れのようなものから比べれば、確実に良い物に袖を通している。
だがそんな高級そうな衣類も、いざ戦闘になれば、仕立ての良い服という一点では優れているが、防御面や動きやすさを考えれば、全く優れているとは言えなかった。それに武器が無いというのは致命的だった。
ジェイムは指示を出されると、太めの長剣と革の盾を見つけて装備し、鎧に関してはサイズが合うものが少なく、皮の厚い腰巻や、毛皮の肩当てを身につけるだけにとどまった。
ジェイムの様相を側から見れば、完全にゲームや漫画で出てくる野蛮なオーガのそれだ。だからこそ喋った時に感じる知的な雰囲気と、丁寧な口調には違和感しか感じない。
対してレーンは細いダガーを装備し、皮の肩当てに鉄製の胸当と、比較的に軽装のように見える。しかし鉄製の胸当てに関しては、元々が男物だったという事か、サイズが合わず、非常にぶかぶかなように見える。まぁ、男物だから仕方ないのかな。
レーンに関しては装備が汗臭いとボヤいているが、背に腹は変えられない、少しは我慢してもらう事にしよう。
そうして装備を見繕った後は、賊達の亡骸や焼け焦げた跡地から目を背けるように、直ぐに北へと出発した。
目的は北にある廃墟を奪い、物資や自分達の拠点を確保するためだった。
俺と黒谷からすれば、別に元々賊達の住処だった場所を拠点にする必要はなく、何処か遠く離れた街や村を転々としながら生きていく方法もある。それに黒谷は俺とどこかの街や、観光のできる場所を目指して、旅行ついでに飛び回る気満々だった。
しかしそれではジェイムとレーンを突き放す事になる。
俺はジェイムとレーンが、俺と黒谷をカップルや夫婦と勘違いした事、そして俺達の関係を応援しているという事を交渉材料に、黒谷が北の廃墟を奪い取る事に協力するように頼り、そして協力に漕ぎ着けた。
「もぉ、ジェイムとレーンがそこまで私と花尾くんの事を思って、応援してくれているなんて、ほんと恥ずかしい。まぁ、旅行のためにこの世界を巡りたいと言っても、急ぎでもないし、それに疲れた時に定住できる実家のような場所があっても良いと思っていたから、まぁ、私達を襲った賊達を懲らしめるためにも、手を貸してあげるよ。」
上機嫌にそう話した黒谷に、俺達3人はホッと胸を撫で下ろした。
ジェイムとレーンは黒谷の力を見せつけられてか、憧れというか畏怖というか、尊敬の念を抱いているようで、2人とも「呼び捨てで構わないです」とか、「フランクに接してもらって構わないです」とか言っている。なのに2人が黒谷に喋りかける際は、目をキラキラとさせながら恭しい口調になっている。
というのも、獣人を含め、魔族や魔物の上下関係というのは力量の大小で決まる事が多いらしいのだ。獣人の王が治る国では、王位継承の際には、継承権の持つ者同士の決闘で決まるくらいには脳筋のようだ。
「黒谷さんは本当にお強いですね。どこでそのようなお力を手に入れられたのですか?」
「そうです。そうです。こんなに強い人間は初めて見ました。」
2人は興味深々にそう尋ねるが、黒谷はうっとりとした目で俺を見た後、誇らしげに2人に告げた。
「2人とも見る目が浅いなぁ。花尾くんはもっと凄くて、もっと強いんだよ。なんたって勇者様なんだから。ねぇ、花尾くん。」
あっ、そうだった。俺が勇者だって事をすっかり忘れていた。
なんでって考えてみて欲しい、確かにフューエンシュルツでは「勇者様、勇者様」って黄色い声援を浴びていて、少しは鼻が伸びていたのは認める。
だが、こうやって超人的、いや人間の枠を超えるような強さを、黒谷からまざまざと見せつけられた後では、自分が強いなんて露程も感じられない。
ていうか、目の前のこいつが強すぎる。
あの婚約の儀に、バーエンと戦っていた時の光景なんて、この世のものとは思えなかった。俺はある意味手を抜いていた時のバーエンに、ようやく一本を入れられる位の能力しかないのだ。
それでも、俺が勇者である事を急に知らされたジェイムとレーンの2人は、目が飛び出してしまうほどに驚いた表情を浮かべ、油のきれたブリキの人形のように、ぎこちない動作でこちらに振り返った。
「あー、いや、ごめん。今まで黙っていたけど、実は俺、別世界から召喚された勇者なんだよ。」
「ゆ、ゆゆ、勇者って、あの人間族のゆ、勇者様!?な、なんでこんな所に!?」
レーンはめちゃくちゃ動揺したようで、耳も尻尾もピンと空へと突き立てている。
「まさか、花尾さんが勇者だとは、ここまでお強い黒谷さんが一目置く存在なのですから、勇者様と言われても疑いようがありません。。」
レーンもジェイムも驚いたような表情を浮かべているが、その心のうちに秘める警戒心が、ヒシヒシと伝わってきてしまう。
それは当たり前の事だ。
勇者とは元来、人間族の最高戦力である。他種族間の戦争では、人間からすれば敵側にあたる獣人や魔物、魔族を冷徹にあの世へ葬り去る存在である。
俺だって召喚された目的は同じだ。
フュロートエリアの話に聞いたが、俺はフューエンシュルツと対立する国家、種族を相手取り、この世界の混乱を鎮め、統一するために呼ばれた存在なのだ。
だからこそ、獣人や魔物、魔族からすれば、トラウマ満載の宿敵に当たる訳なのだ。
だからこそ、感じる本能的な不安を解消してやるべく、あっけらかんに言葉を返す。
「まぁ、俺を呼び出したフューエンシュルツとは敵対?しているようなものだから、そこまで警戒する事はないよ。なんたってこの黒谷があの国の騎士団長や騎士達をほとんど倒してしまったし、城の一部まで破壊しちゃったんだよ。それでここまで一緒に逃げ出してきたようなものなんだ。」
「ふふ、そうですね。あれは少しやりすぎちゃったかな。花尾くんに会えるという気持ちで焦っていた所に、うるさい人達が邪魔をしてきたんだから、仕方がないでしょ?」
俺と黒谷が当たり前だろうと話した内容に、2人はポカンとした表情のまま、数秒間お互いを見つめ合い、再びこちらに目を向けると、苦笑いを浮かべながら首を弱々しく上下させた。
「ニャーー、あ、あのー、お2人が獣人や魔族に対して偏見がないのも分かっていますし、そんな御伽話のような出来事を信じてしまうほどにお強いというのは分かりましたが、ニャーー、えっと、これからの目的はニャんでしょう?」
レーンは動揺しているようで、ドギマギしながら、所々に猫特有な言葉を挟みつつそう尋ねた。
「ん?目的?それってこれから北にある廃墟に行って、私達を襲った相手を懲らしめることじゃなくて?」
それに対してジェイムが、恐る恐る質問を続けた。
「えっと、その後の事ですね。花尾さんと黒谷さんがしたい事といいますか、何かしたい事があるのかなという意味でして。」
その質問に黒谷は楽しそうな笑みを浮かべて返答した。
「うん、やっぱり色々な所に旅をしたいっていうのもあるし、2人でどこか、そうだなー、お城みたいな綺麗な場所でゆっくり過ごしたいなっていうのもあるかな。まぁ、一番したい事は、花尾くんがしたいって言った事だけどね。」
黒谷はそう言って俺に笑いかけた。お城に住みたいというのは、少々物騒に聞こえるが、旅行ならば平和そうだし、まだ俺達の顔が世間一般に広まっていない事からも可能だろう。
そしてそんな回答を聞いて、さらに苦笑いを浮かべながら、「す、すごいです。」と2人とも呟いていた。
大丈夫、俺だって同じような気持ちだ。
そのような会話を続けながら、レーンの案内をもとに北へ歩いていった。
すると、あと1時間程で日が落ち始めるだろうという時、木々の奥から、空へと昇る細い煙がいくつか見えてきた。
そこには、10棟近くの比較的新しめな木造の住居が立ち並んでいた。そして、それらは崖に囲まれるように配置されており、周りを簡素な柵で囲っていた。
元々そこは100年近く前に廃坑となった鉱山だったようで、全盛期は坑夫達が一時的に住むための住居が崖に沿うように立ち並んでいたらしい。
しかし、今では見る影もなく撤収され、そして何のためか改めて建て直された住居がいくつも並んでいる状況だ。
そして大層な事に、物見のための塔が2つほど建てられている。
遠くからなので正確には分からないが、物見で待機する賊達も含め、少なくとも30人近くはいるようだった。
「ここが言っていた賊達の拠点です。なるべく気づかれないように身を屈めてください。」
ジェイムの言葉に緊張が走る。
廃墟と聞いていたので、もっとボロボロな物を想像していたが、綺麗な住居とはお世辞には言えないものの、それなりに立派な拠点であった。
「これだけの拠点なのに、フューエンシュルツの騎士達や警備隊が気付いていないのはおかしくないか?」
俺の率直な意見に黒谷は神妙な顔で答えた。
「多分、先程襲ってきた奴らの中に、貴族の手下だとか言っていた奴もいたし、どこかの貴族と関係があって、見逃してもらっている可能性もあるね。」
「確かにそうですね。ここは崖に囲まれており、立地としては最高であるのは間違いないでしょうが、それにしてもここまで大規模になるまで放置されているのも不可解かもしれません。」
「うん、黒谷の言うように、何か裏があるのは間違いないかもしれない。そう考えると、ここを拠点に身を固めるのも危険な気がする。」
そう俺がにわかに諦めるかというニュアンスの含んだ言葉を発したところ、レーンが慌てたように言葉を発した。
「そっ、その、多分ここの拠点には、輸送途中の奴隷達が保管されていると思うんです。だから、もしそうなら、助けてあげたいなって思うんです。」
するとレーンの言葉を補足するようにジェイムが続ける。
「ここの拠点は、奴隷のように国によっては違法となる商品を輸送する際に、中継とするための非合法的な拠点になっていると考えているのです。実は私達も奴隷だった時、輸送途中に休憩のため、ここに数日滞在した事があるのです。それに、この前この拠点を再び見かけた際、奴隷を運んでいるであろう馬車がここへ入っていくのを偶然見かけてしまったのです。その、ここを拠点にするのは難しいかもしれませんが、せめて物資を奪い、奴隷を解放するためにも、ここの賊達を取り除いて欲しいと、私も考えています。大変身勝手な願いとは存じております。しかし、どうかお願いしたく存じます。」
ジェイムが真剣にそう打ち明けた。
彼らは元々奴隷であった。だからこそ同じような境遇にあっている者を見捨てる事は難しいのかもしれない。
俺は奴隷になったことなどもちろんない。この状況で2人に、諦めて欲しいと言うのも簡単な事かもしれない。しかし今、自分の事のように苦痛で顔を歪ませる2人を見てしまえば、そう簡単に否定する事もできなかった。
俺はどうするべきか、深く考えていた。
だが、そんな悩みなどバカらしいというように、黒谷は安心するような笑顔とともに、2人に言い放った。
「心配しないで大丈夫。私が花尾くんのため、そして2人のため、絶対にこの拠点にいる奴らを全員殺してあげる。なんたって私達カップルの事を応援してくれていて、それにジェイムは私たちの事を夫婦だなんて言ってくれたんだもん。」
黒谷は顔を赤く染めながらそう言った。
そして、軽く胸を叩き、ドヤ顔を決めながら続けて言い放った。
「私に任せない!」
黒谷にとって、俺との関係が夫婦に見えたという言葉が、これほどまでに効果的になるとは思いもしなかった。
だが、俺もそれと同時に決意を決めた。
今回は逃げない、戦ってみせると。
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