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第三章 愛の確認

3、望月家の優しさ

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「あら辻さん、こんなお時間に御用で?」
先ほど、櫻を田中家に送った辻は帰り道に望月家に寄った。夜7時はまわっている。
「早くお話ししたい用事でね。望月はいるかい?」
「ごめんなさい。あいにくあの人、今日は弟の勇蔵さんと飲みに行くっておりませんの。」
「ああ、勇蔵くんは東工大の学生だったね。実家の土建屋のために設計を学ぶ予定が違う夢ができたとか。」
「そうなの。でも、こうやって私が東京に出てきてしまっているから、困ったなあって言いながら、ヨウスケさん、どうにかなるよなんてね。」
「それは同意だよ。世襲制なんて旧態依然な法律だよ。親のエゴだね。そう、立ち話もなんだから家に入れてくれないか?」
「私ですむお話しですの?」
「オフコース。もちろんですよ。では失敬。」

さっとズカズカ上がり込むのは辻の常套であるが、アグリはまたこの人はと急いで
「しずかさん、来客室に辻さんが来ているので、お茶をお願い。」
と弟子に指示をした。

辻とアグリで来客室で話をし始めた。
「さてさて、今日は君にちょいとお願いがありましてね。」
「私わかりますよ。櫻さんのことでしょう?」
「ご名答!流石はアグリ嬢!少し困ったことがおきましてね。夏休みに櫻さんを奪われそうなんですよ、実家に。」
「ご実家に帰るだけならいいんじゃないですの?」
「いやはや、櫻くんはねある男の許嫁なんだよ。もう結納もすませてある。だから帰ってしまったらもう、結婚する運命なんだ。」
「私のようね。」
「君は望月くんという自由な風船と出会えたから良かったじゃないか。」
「自由な風船ね。そうね。そのおかげでは私も自由だし。でも、結婚してしまったら、あなた方の自由恋愛が終わってしまうわね。」
「そこでお願いがあるんだ。近日中にでも学校が夏休みに入る前、なるべく早く、君の家に櫻くんを置いて欲しいんだ。」
「まあ、突然だこと!もう、櫻さんにはいってあるの?」
「アグリくんがノウとは言わないのはわかっているからね。」
「私も辻さんには借りがあるからしょうがないわ。でも、うちでおくだけで良いの?」
「田中家の手前、僕は理由を付けて櫻くんを連れてこなければならない。だから、百貨店の修行から洋装店の助手に手伝うことになったと伝えるよ。もちろん、百貨店の人間からね。君の2号店は辻百貨店の群馬店で盛況じゃないか。だから、百貨店からということと、その給金を田中家に入れることを条件にアグリくんの家に丁稚奉公すること、学校に通うことを認めてもらおうと思ってね。」
「辻さんて本当悪知恵が働くのね。では、本当に仕事を覚えてもらうことを前提に櫻さんにはうちに住んでもらうわよ。」
「ああ、ありがとう。ただし、銀上女学校の生徒ということは伏せてもらいたいんだ。」
「ここの弟子はみんな口が硬いの。安心なさって。でも、女学校の生徒ってだけみんなには伝えるわ。」
「いやあ、本当にありがたい。君がいて良かったよ。」
「私、辻さんのそういう無茶なところ、みてみたかったのよ。だから、逆に新鮮だわ。」
「僕もね、実際のところ、こんなに混乱してる自分がわからないよ。」
「年下の私がみても可愛く見えるんだから、恋人の櫻さんからしたら、辻さんにベタなのかもしれませんね。」
「おちょくらないでくれ。。。ハハハハハハハハハ。いやはや、本当に助かった。いつから連れてきていい?」
「うちはいつでも大丈夫ですよ。」
「ではアグリくん、二、三日うちに。」
「了解いたしました。」

二人はニコッと笑った。
そして、ひらりと辻は帰って行った。
アグリの弟子たちも辻を見て、騒いでいたが、そんな辻の心の中は櫻でいっぱいなのであった。



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