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第三章 愛の確認

16、尊敬するアグリ先生

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櫻は店で書類整理をしながら、自分のことを考えていた。
心の中で辻がどんどん大きくなるにつれ、がむしゃらに生きていた野心が少しずつ少なくなっているということに。
それはいいことかもしれない。でも、成長もしないのではないかと反省していた。

大久保と事務室で二人で作業中にアグリが入ってきた。
「ごめんなさいね、まだ営業中なのに。ちょっと帳簿を確認したくて。大久保さん、先月の帳簿出してくださる?」
「はい、こちらです。」
素早く、大久保はアグリに帳簿を渡す。パラパラとその帳簿に目を落とすアグリ。
「うーん。今月の分は江藤さんが今処理してるわよね?そちらもくれる?」
「はい、こちらでよろしいですか?」
「うん、これでいいわ。」
そうすると、今度、アグリは今月の帳簿を微妙な目線で見始めた。

「あなた達には気がついていた?」
「なんですか?」
大久保が答える。
「実はね、今月の売り上げが下がってきてるのよ。お客様が少ないなとは感じていたんだけど、これまで落ちているとわね。」
うーんと考える表情をアグリはしている。
「ちょっと、若林さん呼んできて。事務室で話があるからってね。」
若林は一番の古株で、アグリが不在の場合は店を取り仕切っている。1番新参者の櫻が店まで呼びにいくのが礼儀であるが、女学校の人がいるとも限らないので、大久保が呼んできてくれることになった。
「大久保さん、ありがとうございます。」
「いいのよ、江藤さん。知り合いに仕事場であるのは一人前になってからじゃないと恥ずかしいものよね。」
大久保が深くは考えない裏表のない人物で良かったと改めて思った。

早速呼ばれた若林が大久保と一緒に事務室に入ってきた。
「先生、どうかなさいましたか?」
「若林さん、今月の売上に関してちょっと疑問に思わなかった?」
「先生、私、自分だけ感じてるのかと思って話に出さなかったんです。山川洋装店が銀座に2号店をだしてから、お客様が減っていると。」
「若林さんもそう思っていたのね。今まで通りで営業していても、お客様を取られたままになるかもしれないわね。」
「でも先生、何を変えようっていうですか?」
「うーん、ここは間違ってもいいわ。新鮮な意見を聞きたいから江藤さん、どんな洋装店だったら入りたい?」
「私、本当にこちらのお店は夢のような空間だと思うのです。その代わり、選ばれた人しか入れないです。もちろん、洋装をするのはステータスの一つなので仕方ありません。その方達は、舞踏会などにいくドレスをこちらで作っていると思うのですが、西洋の貴婦人が着るようなおめかし着があってもその階層の人たちに受けるんではないでしょうか?」
「そうね。それも一つ言える。大久保さんは?」
「江藤さんと少し似ているところもあるかもしれませんが、もっと若い女性が入れるサンプルなどを飾ったり、生活に洋服を取り入れられるような服を作ってもいいと思うんです。」

その会話を聞いた若林とアグリは、早速仕事に取り掛かった。次の日には店頭に新しい女性のファッションが並び、次の月の女性誌の特集を組まれるようになったのだ。



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