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第十一章 櫻の冬休み

7、女学校の同窓生との遭遇

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その日は仕事始めの前日だったので、キヨと神社にお参りすることにした。
初詣はすでに済ませていたのだが、キヨが東京の神社にも行きたいと言ったので同行した。

神社は3日ということなのに、混んでいた。夕方の時刻なので空いていると考えていたがそれは甘かった。

遠くにクラスメイトたちを櫻は見つけた。
何も後ろめたいことはない。しかし、職業婦人の見習いをしていることを明かしていない。
キヨとの関係を問われた時に、困ったと思った。

「ねえ、櫻さんどうしたの?」
「えっと、同窓生が。」
「あら、声をかけなくていいの?」
「その逆です。」
「どういうこと?」

櫻はキヨを引っ張って、脇道に入った。
「あの、キヨさんに言いますけど、私、学校では仕事をしていることは秘密なんです。」
「え?そうだったの?」
「今更なんですけど、銀上女学校と言って。」
「あの、銀上?」
「そうです。」
「だから、私は事務仕事で接客もしてないのもあるんです。」
「そうだったんだ。じゃあ、違う神社にしよう。」
「嫌じゃないですか?」
「え?何が?」
「私、今まで秘密にしてきたの。」
「ううん。逆にちゃんと教えてくれてありがとう。勇気いったでしょ。」

キヨは本当に信頼できると思った。
「ねえ、櫻さん、私、銀上の女学生の会話聞いてみたいけど、ちょっと別行動しない?」
「え?」
「私、将来のお客様になるかもでしょ。」
「でも、キヨさんと離れるのは怖いです。」
「あ、もう帰ってていいわよ。私、お参りしたらすぐ帰るから。」

と言って、キヨはお参りに行ってしまった。櫻は怖さもあったので、すぐに駅へ向かった。

望月家に帰ってから、しばらくしてキヨが帰ってきた。
「あー。すごい人だった。」
「大丈夫でした?」
「うん。なんだかスパイみたいで面白かった。」
「私はハラハラしましたよ。」
「来たら絶対遭遇してたから、良かったわね。」
「本当ドキドキでした。」
「私ね、銀上の女学生の会話を聞いていて、ちょっと思ったわ。」
「何をですか?」
「あの子たち、すごく窮屈な将来なのね。」
「それって?」
「嫁入りのことばかり話してるの。お嫁に行くことは悪いことじゃないわ。でも、夢を持つこと自体、心の中にないのかもしれないわね。」

キヨに言われてそう確信した。
自分は境遇には恵まれていない。しかし、大きな夢がある。

「櫻さん、あなた、本当に不思議な人ね。」
「どうしてですか?」
「あんな人たちに囲まれて、夢を持つことができるって本当に強いってこと。」

嬉しかった。キヨの言葉が。
櫻は冬休みは続くが、明日は望月洋装店の仕事始めだ。午前中は事務仕事をすることになっている。そんな自分も幸せだなと思う、櫻だった。
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