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第十六章 最終学年

37、憧れの

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櫻は偶然というか、父のお使いで大杉の家に行くことになった。

「櫻、用事をいってすまないね。」
「いえ、でも私が娘ってご存知なんですか?」
「ああ、大杉さんのご主人は外遊していた時に友達になったんだ。ちょうど、長女と大杉さんのところ緑くんが同い年で家族で付き合ってたんだよ。」
「そんな家族ぐるみだったのに私が行っていいんでしょうか?」
「実は次女が亡くなってからね、会いに行きにくかったんだ。」
「え?」
「でも、今日の商談が急に入ってね。電話で櫻のことは伝えてある。だから、届けて欲しいんだ。」


そう申しつかって、櫻は電車に乗って大杉家に向かった。
「あの、佐藤の家のものです。」
大杉家で挨拶をした。

出てきたのは父の友人であろう、初老の男性だった。
「ああ、君が櫻くんだね。さあ、入って。」
「はい。」

客間に通された。
とても洋風で素敵な部屋だった。
「すみません、父が来られなくて。」
「いいんだよ。櫻くんに会いたいと私から言ったんだ。」
「でも、どうして、私のことを?」
「私はねこう見えても弁護士でね。辻百貨店の関係のことは全部しているんだ。それで、今回、養女の件を相談されてね。」
「ああ、そうだったんですか。その節はご不便をかけまして。」
「いやいや、佐藤くんもご執心だったから、どんな子なのかと気になっていてね。」
「どうですか?」
「率直にいうよ。」
「はい。」
「君はおそれを知らないね。」
「え?」
「君と同じ目をもったものを知っているんだ。」
「誰ですか?」
「息子だよ。」
「息子さん?」
「うちの放蕩息子がいてね。最近、子供がいるってのに、妻と別れてね。」
「残念ですね。」
「でもね、あいつは信念があるらしいんだ。」
「私も少し、存じてます。」
「知ってる?」
「あの、随筆を拝見して。」
「ああ、主義主張ってやつだね。」
「はい。」
「どう思った?」
「正直に言っていいですか?」
「どうぞ。」
「大杉緑さんの主張は間違ってないです。」
「おお。そうきたか。」
「何か間違ってましたか?」
「君も危ない橋を渡ってはいけないよ。」
「え?」
「この目を持つと、勇気と引き換えに、危ない目にも遭う。」
「でも、間違ってないのに。」
「君は魅力的な少女だ。だから、間違ってはいけない。佐藤くんも悲しむ。」
「もちろん、そうします。でも。」
「でも?」
「緑さんはすごかったです。演説も。」
「うちの息子のことを褒めてくれてありがたいけど、だけど、ダメだよ。」
「え?」
「君の道を変えることになるからね。」
「それって?」
「ああ、今は聞き流してくれていいんだ。さあ、クッキーがあるんだ。召し上がれ。」
大杉はそのあとは女学校のことや他愛もない面白い会話をしてくれた。
なぜ、緑に関してあそこまで強く主張したのか櫻はわからなかった。
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