華族の悪役夫人に転生。復讐されないよう、家庭円満を目指します。

いんげん

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犬死にしました。

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「なんたる、犬死いぬじに……」

足がすべった。歩道橋の階段で。

「ん? 犬のために死んだから、違う意味で犬死にかな」

私は、うまいこと言って満足し、その時のことを思い出した。
 
あれは仕事帰り、22時、駅へ向かう道。
勤務先の塾から解き放たれ、足早に家路を急いでいた。
外の空気は新鮮で、自分が更新される気がする。
 
途中、出くわした生徒たちに「寄り道しないで帰るのよ~」と歌うように注意した。
 
「でた、また歌ってる」
「先生、姉妹風のピンクの芸人さんに似てるよね。もっと若いけどさ」
「光栄です~♪」
「あー、先生!おごって、お腹すいた。肉まん!」
「アメリカンドック!」
女子高生たちの生命力は夜でもまぶしくきらめいている。
長くなりそうな予感に「あー、財布が軽くて飛んでしまいそう」と優雅にかわした。

私の担当は小学生。
女子高生となった元生徒たちに声をかけて貰えるのは、ちょっと嬉しい。

「よし」
  
普段は遠い横断歩道を渡るのだが、今日は気分が良くて意気揚々と歩道橋を上った。

階段には、歩道に並ぶ銀杏の葉が舞っている。
三十代、典型的な運動不足。
明日の筋肉痛は不可避、いや、明日来るなら万々歳だろう。

「ふっ」

何でもないことで、思わず笑ってしまった。
さぞ、はたから見たら気持ち悪いことだろう。
でも、今日は、本当に上機嫌。

何故なら

今日は、推し、いやチョット、私には推しという言葉は若い気がする。
推し、マイスター、御贔屓ごひいき、そう“神”のDVDが届くのだ。
ええ、DVDですよ。
未だに見ますよ、DVD。売り上げの為、買いますよDVD。
やはり、実物があるのが良い。
封を切る瞬間、そして、あのプチプチ付き封筒からお目見えする神に高揚します。

「ふふふ」

この階段の一段、一段すらも喜びの苦行。
年を重ね、時々、ギシギシいう膝に「グルコサミン!」と頭の中で唱えた。

まぁ、ね。
なんだろうね、グルコサミンって。
ヒアルロン酸の方が良いのかな。

なんて考えていたら、階段を上がり切った所に――すーん、すーん、子犬が泣きながら現れた。
 
目も満足に開いてない柴犬の子犬だ。

一生懸命、顔を動かし鼻先を彷徨わせている。
飼われている犬ではないようだ。首輪もしていない。
それに、毛には枯れ葉が巻き付いている。

「だめ、落ちちゃうよ!」口と体は一緒に動いて、駆け寄ろうとしたら、3センチの太いヒールが折れたのだ。
もう、あれは折れたというよりも、靴底ががれた、という表現が近い。
「うっ」
その後は、情けないばかり。

足をくじきき、馬鹿みたいに落ちていく。

転がる私に驚いたワンちゃんは、お利口さんにステイして、私はジエンドした。

くーん

心配そうな声が階段の上から響いている。

うん、ワンちゃんは、無事だ。
あとから来た犬好きそうなオジサンに抱かれていた。
大丈夫、きっと、子犬の事はオジサンが何とかしてくれる。

だって、おじさん、柴犬Tシャツに、柴犬のようなバンダナスカーフで、柴犬二匹連れていた。
その二匹の賢そうなお顔と、毛艶の良さ。

私は、アスファルトに血を広げながら、ワンちゃんに微笑んだ。

家族は居ない。
心残りは……我が神の映画を最後まで見ていないことだ。

見たかったけど、ずっと見られなかった。

ひどい殺され方するって聞いて、怖くて見られなかった。

だけど、ついに心を決めて購入したのだ。
あぁ、もっと早く見ておけば良かった。


END?
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