よし、良い結果だ。

いんげん

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中編

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「…なぜだ…全然つかまらない。話しかけられない…」
相変わらずケインは、シュヴァルツを見つめ続けて居る。

そんなケインをアークが見詰め続けていた。

しかし、アークが何度ケインに話しかけようとしても、うまく避けられてしまって、つかまらなかった。

「…はぁ……ケイン…なぜ私を避ける…」

アークは訓練後、兵舎の裏でため息をついた。
彼は、基礎体力づくりの訓練は好きだった。それは、美しい体作りには最適だからだ。仕事時間の中で出来るなんて、その点は騎士団万歳と考えて居た。
しかし、実践練習や剣の打ち合いは大っ嫌いだった。痛い、汗臭い、怖い、怪我をする、が理由だ。
彼は気がついていないが、アークの見た目と貴族出身という事を慮って、周囲は彼に怪我をさせないように気を遣っているが…。

「……恋煩いか…お前の頭の中は、見た目通りお花畑だな…」
「シュ…シュヴァルツ団長!」

アークの背後にシュヴァルツが立っていた。
まったく気がつかなかったアークは驚いた。

「…騎士団の風紀を乱すな」
「……え?」
(ま…まさか…私がケインを好きだと勘違いをして、ケインを盗られないように牽制しているのだろうか……まずい!それは駄目だ…騎士団長の邪魔者になったら、最前線に送られて盾にされて死ぬ!!)
アークは焦った。
どうすれば、この誤解が解けるかと無い頭で真剣に考えた。自らの命を守るために。

「ここは騎士団だ…色恋沙汰を持ち込むな…」
「も…申し訳ありません……でも、誤解です……私がお慕いしているのは、ケインではありません……」
アークは必死になった。シュヴァルツの恋敵になんてなってたまるものかと…。
今この瞬間に、自分の命が掛かっていると感じた。

「……では、誰だ…」
アークは悩んだ。
「……それは……い…言えません……ご本人になんて……」
嘘がばれないように、アークはギュッと目を瞑り俯いた。
戦場で殺されるかも知れないと思うと手が、ガタガタと震えた。

「……ア……アーク・トライユ……お前……」
「なっ、何も言わないで下さい!ケインとは同じ思いを抱いていると感じて仲良くしたかっただけなのです!決して、騎士団の風紀を乱すつもりなどありませんでした……もちろん、この思いは一生胸にしまっておきます!」
(前線は嫌だ。この綺麗な体が五体満足で、平和に面白おかしく暮らしたいんだ!)
アークは手を握りしめ、必死に神に祈った。

「……ケインと同じ思いとはどういう事だ……」
シュヴァルツの雰囲気が凍った。
「……ケインも……私と同じように……シュヴァルツ団長をずっと見つめて居ました……だから…ケインは、団長の事をお慕いしているのかと…」
(ごめん…ケイン…君の気持ちをばらしてしまって……でも、これで二人はきっと両思いに…)
アークは硬く瞑っていた目を開けて、チラリと団長を見た。
シュヴァルツの顔は、アークが見続けていた硬い表情ではなく、初めてみる…真っ赤になって照れている顔をしていた。

(シュ…シュヴァルツ団長でも…こんな恋する乙女みたいな可愛い顔をするのか!!良かったなケイン…やっぱり二人は両思いだ!)
アークは自分の予想が合っていたことに満足して笑った。

すると、アークの視線の端にケインが写った。
凄く、張り詰めた顔をしている。

そして、その手には短刀が握られていた。

「…アーク・トライユ……いや、アーク……君の気持ちを聞いて…」
アークにはシュヴァルツの声が耳に入ってこない。
短刀を手にしたケインが走ってくる。
「えっ…」

(ど…どうしたケイン!私が君の気持ちをばらして怒っているのか!まて、まて!君の気持ちは、そんなに罪じゃ無い!しかも両思いなんだ大丈夫だ!落ち着け!)
アークは焦って声も出ない。

そして素早さが売りのケインが音も無く、シュヴァルツに近づいた。
その動作は、暗殺者として、よく訓練された動きだった。

普段であれば、直ぐに気がつき、対処をするはずのシュヴァルツ団長は、気づかなかった。
彼は、今…生涯で一番動揺していたのだ。

「ケインやめてくれ!」
自分が刺されると思ったアークは、逃げた。騎士にあるまじき事だが、恐怖で目を瞑り、シュヴァルツの方へ飛び退いた。

「っ!何故!!」
「アーク!!」

(いっ…痛い!!!)

ケインの構えた短刀は、アークの右手に刺さった。
アークが反動で後ろに倒れ、その体を支えたシュヴァルツが剣を抜いてケインに斬りかかった。
ケインは避けなかった。

「団長!大丈夫ですか!」
騒ぎを聞きつけたローゼオが駆け寄ってきた。

「アーク!しっかりしろ!大丈夫か!」
「……っう……痛い……うぅ…」
シュヴァルツがアークを膝の上に載せた。
アークの腕に刺さる短剣を注意深く見つめ、痛みで動こうとするアークをギュッと抱いて押さえた。

「ローゼオ!毒が塗られている…解毒薬を探せ!」
「はい!」

「ど…どくぅ……いっ…いたい……うぅ……私は……どう…なる……うぅ…」
刺されただけでも恐ろしいのに、毒が塗られていると聞いて驚き、アークは目を開けて自分の腕をみた。しかし、自分の腕に刺さる短剣に気が遠くなり、再び目を瞑る。

「…ありません…」
「くそっ!とにかく、医務室に急ぐ。お前はソイツの兵舎も調べさせろ!!」
シュヴァルツがアークを抱いて走り出した。

シュヴァルツは、できるだけ傷に響かないように運ぼうと思うが、焦る心が止まらない。
騎士にしては細いアークの腕から滴り落ちる血が、二人の服を赤く染めていく。

シュヴァルツの中に、自分を責める後悔の念が沸き起こる。彼はいつだって命を狙われているが、こんな失態を犯したことは無い。
ケインの視線にも早々に気がついていた。尻尾を出すまで泳がせていたが、そんなケインにアークが近づいて焦った。まさか…アークが自分を慕い、そんな勘違いをしているとは思わなかった。

シュヴァルツは、アークの事が好きだった。

「…だ…団長……私は…死ぬんですか…うっ!痛い!」
アークは恐怖に襲われ、抱かれているシュヴァルツの胸に縋り付いた。
腕に刺さったままの短剣が動いて痛む。
「腕を動かすな!大丈夫だ…必ず助ける……お前は…なぜ…俺を助けたんだ……」
シュヴァルツには、ケインの短刀からアークが自分の身を挺して守ったように見えていた。
「そっ…そんなんじゃ…ないです……ちょっと……間違ったほうに……逃げただけで…ぐぅ……うう…」
「馬鹿なことを……すまない……アーク…」
アークは真実を語ったが、シュヴァルツには、自分を責めないように嘯いたように見えた。
そんなに自分を愛してくれていたのかと…胸が痛んだ。

「団長!」
シュヴァルツが騎士団の医務室に着くと、話を聞いていた医師と助手が待ち構えていた。
診察台の上にそっとアークが横たえられる。
手早く処置が始まり、数人がアークを診察台の上に取り押さえた。
「あっ…うぅ…まさか……えっ…うわぁぁ…ちょっと…うぅぅ」
短剣が抜かれることに気がついたアークが逃げようともがくが、痛いばかりで押さえ込む手は、外れることは無かった。
「…すまない…アーク…大丈夫だ…」
泣きそうな顔をしたシュヴァルツが、アークを励まそうと笑い、彼を抱きしめるように覆い被さった。
「団長、毒が塗られてます」
「ああ」
「……どうしますか…場合によっては…切り…」
シュヴァルツが抱きしめているので何も見えないが、アークの周りで不穏な会話が交わされ、ますますアークが怯えて震えた。
「だ…だんちょ……ま…まさか……嫌です!腕切られるくらいなら…そっと安らかに逝かせてくださいぃぃ」
シュヴァルツの腕の中でアークが泣き出した。

アークが哀れで心配で、シュヴァルツの胸は潰れそうだった。

「駄目だ。死ぬことは許さない!ローゼオはまだか!」
シュヴァルツがアークの頭を抱きしめた。

「…団長…あまり待てません…このまま全身に毒が回るまえに……」
「…っく……くそぉ!!……仕方ない…」
シュヴァルツがアークの顔の横で叫び、拳を台に叩きつけた。
彼は、騎士団長として戦地に何度も立ち、人の命が簡単に失われる事を知っている。
時には、非常な決断を必要とされ、誰かがソレを実行しなければならないことも。

「うわあああ!やだ!嫌です!!やめて!」
シュヴァルツがアークから離れ、剣を抜いた。
どんな戦場でも怯まないシュヴァルツの切っ先が震えている。
同じような場面は、これまでもあった。しかし…こんなに動揺しているのは初めてだった。

「……アーク…生きて、俺を恨んでくれ…」
決断が鈍りそうで、シュヴァルツはアークの目が見られなかった。
深く息を吐いて、自分を律する。
アークは、診察台から逃れようと藻掻いたが、乗り上げたシュヴァルツの体は動かない

「やめてください!!死んで見守りますから!嫌だ!」
アークの言葉を聞いたシュヴァルツが、目を見開き覚悟を決めた顔をした。
じっとアークの目を見つめた。

その瞳の強さに、気圧されたアークが言葉を失った。
シュヴァルツの剣がアークの肩関節に狙いを定めた。

その時…

「お待ち下さい!!あり…ありました!解毒薬…ありました!!……はぁ…はぁ」
ローゼオが息を切らせて診察室に駆け込んできた。
崩れ落ちたローゼオの手には、握りしめた薬の瓶が輝いている。

「急げ!!」
瓶を受け取った医師達が再びバタバタと動き出した。

(うぅ…よ…よかった…よかったよぉ……これで腕とおさらばしないですむ……これで……大丈夫…)

「うっ…ひっく……うぅ…」
さめざめと涙を流すアークに、剣を投げ捨て脱力した、シュヴァルツが抱きついた。
彼の目からも一粒の涙が流れ、アークの頬を濡らした。
「…あっ…」
そして、アークは気がついた。

まだ短剣が抜かれていない事に。
叫ぼうと思い空気をすったアークの唇を、シュヴァルツが塞いだ。

「……っん…んぁ…んんん!」
痛みと酸欠と、精神的な疲れでアークの意識は薄れていった。



□□□

目が覚めた時には、アークは医務室ではない豪華な部屋に寝かされていた。

「……こ…ここは…」
いつもより嗄れた声がでた。
(見たこと無い天蓋だ…見たこと無い部屋だし…何処だ?)
アークがキョロキョロと周りを見回すと、ベッドサイドの椅子に腰掛けて寝ているシュヴァルツに気がついた。

いつも完璧に装い、オーラを放つシュヴァルツだが、この数日間、ほとんど寝ることも無くアークに付き添い、目の下には隈ができ、心労でやつれていた。いつもは綺麗に撫でつけられている黒髪も乱れハラハラと顔に掛かっていた。

解毒薬は手に入ったが、怪我からの出血も多く、傷による発熱も高かった。

アークの腕は、日常生活で大きな支障は無い程度には回復するが、何本もの腱が切断され神経にも傷がついた。騎士として剣を振るうことも、弓を構えることも難しいと診断された。
利き手を負傷したために、書き物や力仕事が多い内勤としての仕事も難しい…。

そして、更に…高熱の影響と毒の影響で、種なしになったのではないかと…。

シュヴァルツは、時間が戻る事があれば、自分が刺されたいと切に願った。
自分が油断したばかりに、アークの将来を全て奪ってしまったのだ。

シュヴァルツは、アークの汗を拭き、朦朧とする彼に水を与え、その涙に口付け…ただ、祈り続けた…アークが目覚める事を。
例え、目が覚めて残酷な現実に向き合い、自分の事を嫌いになり恨んでもいい。生きて元気な姿が見たい。


「団長……っう…」
(…よ…よかった…腕、凄く痛いけど、付いているし、感覚がある……初めて痛くてよかったと思っている…)
アークは包帯でグルグル巻きにされた自らの腕を見て、ほっとしていた。
すると、アークの動く気配でシュヴァルツの目が覚めた。

「…アーク!目が覚めたのか!」
シュヴァルツがアークの負傷していない左手をギュッと握りしめた。
「は、はい…あの…団長…ここは…」
「私の屋敷だ。アーク、気分はどうだ?直ぐに医者を呼ぼう!」
「まってください!えっと…痛いしクラクラするけれど、大丈夫です…」
アークは今にも走り去りそうなシュヴァルツを、腕を握って引き留めた。

「そうか…」
シュヴァルツが再び椅子に腰を下ろした。
「なぜ…騎士団の医務室でなく、団長のお屋敷に?それに…ケインは…どうなりました?」
(団長への愛故に、私を刺したケインのことは許せないが、団長に斬りつけられているのを見てしまった…流石に可哀想だ…)

「生きてます…よね……?死んだりしてませんよね?」
「お前は…そうか…勘違いをしていたんだったな…」
シュヴァルツがアークの手を離し、はだけた掛け布を胸まで上げ、額に手を当てて熱を測った。
その甘い雰囲気に、アークの体がブルブルと震えた。

「…寒いか?」
シュヴァルツは自分の上着を脱いで、アークの体に掛けた。
(だ…団長…何だか雰囲気がいつもと違い過ぎる……それに勘違いとは…)

「本当はあの場で殺したかったが、聴取することがある。ケインは生きて収監されている……それと、アイツが私を好きだというのは、アークの勘違いだ」
「えっ…でも、ケインはいつも、シュヴァルツ団長のことを見つめてましたよ…」
「アーク、君が私を思ってくれる感情とは違う……ケインは暗殺者だ」
「んん!っう……痛っ…いてて」
驚いて思わず腕を動かそうとしたアークが痛みに呻く。
シュヴァルツは立ち上がり、アークの右手側にまわると、包帯から覗く彼の指を撫でた。
少しでも痛みがましになるように祈りながら。

「私を好いていたわけではない。殺すタイミングを探っていたに過ぎない……申し訳ない。分かっていながら背後を探ろうと泳がせていた…そのせいで、君をこんな目に遭わせてしまった……」
シュヴァルツが、床に膝をついて頭を下げた。
「団長!頭を上げて下さい!これは別に貴方のせいではないですし…」

(何だか話がややこしい事になっている気がする。ケインが団長を好きじゃ無い…そして…団長もケインを好きじゃ無い。さらに…団長は…私が団長の事を好きだと信じている……この状況は…どうしたら良い?)
アークの頭は混乱している。熱の後だという事もあり、ズキズキと痛み始めた…。

「アーク、大丈夫か?頭が痛いのか?」
「えぇ…ちょっと…」
シュヴァルツが立ち上がり、アークの頭を撫でた。
それは、それは優しく、心配そうに。

(…団長…なんだか様子がおかしくないか……まるで…私の事が凄く大切な人みたいじゃないか……)

アークは、いつもは氷のように冷たく厳しいシュヴァルツの様子とは、あまりに違って戸惑う。
ふっと思い出される、シュヴァルツ男色家説。

「…君のことは…私が生涯、責任を持って面倒をみる……」
シュヴァルツの顔がアークにゆっくりと近づき、唇を重ねた。
「……っ!な…だ…団長……なぜ…」
アークは思わぬ事態に、更にズキズキと頭痛に襲われた。
「私も…君のことが好きだ」
シュヴァルツは、アークを見つめて甘く微笑んだ。

(……私…も!私もと言ったぞ!!いや、私は、団長を好きじゃ無い。好きという事にしていただけで、好きじゃ無い!だが……これは、これで良かったのか?気に入られるどころか、好きになられているし……恩を売ることができたのか?これこそ…怪我の功名というやつだろうか…これで目出度く内勤に?)

予想だにしない展開に、アークは驚いて口をパクパクさせ、シュヴァルツを見つめ続けた。

「今、こんな事を言われても君も困るだろう…君がこんな目に遭ったのは紛れもなく私のせいだ…恨まれてもいい…ただ、せめて、君が回復するまでは此処で面倒をみさせて欲しい…心配で仕方ない…」
シュヴァルツの懇願に、特に異論がないアークは、コクンと頷いた。












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