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第二十九話 今後

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 数日後、寧々は一通のメールを待っていた。
「来た!」
 リビングでノートパソコンに向かい、待ちに待ったメールを開く。
 採用試験の結果だ。
寧々は、SDI内で、通訳の仕事に応募した。数カ国の軍人と、その家族、島の中で働く現地の人々が暮らすSDIでは、多言語を話す通訳やアドバイザーが重宝される。翻訳アプリや機械も痒いところまでは届かない。
「やった……合格した」
 メールの内容が英語だったので、そのまま詠臣のスマホに転送した。
 (こんなの良くないって分かってる。それに、自分の希望だけを思えば、詠臣さんが軍を辞めて、平和に二人で暮らすのは嬉しい。でも……それで、十年、二十年経って……愛が冷めた時、私が死んだときに……自分がやりたい仕事を諦めたことを後悔してほしくない。詠臣さんの決断を、考えを否定するのは心苦しいけれど)
 
 詠臣は、勤務が終わりスマホの電源を入れ、寧々からのメールを見て驚愕した。
「……」
 まさか、寧々がソコまでするとは思わなかった。彼女は、基本的に大人しくて控えめな性格だが、時々思いもよらない大胆なことする。それは、いつも自分の為ではなく、他人の為だった。
 彼女が読み取った、軍で仕事をしたいという詠臣の心も真実だ。
 詠臣は、自分がSDIに行かない場合の人事を聞いて調べたが、とてもじゃないが……隊員が無事に帰ってこれるような能力は、感じられなかった。その点での心苦しさは感じている。しかし彼女の命と、数人の部下の命を天秤に掛けたら……罪悪感はあるが、彼の中では彼女が勝った。
 詠臣は、寧々をSDIには行かせたくないかった。緊張を強いられる生活を送ることで、寧々の体調が悪化する不安。医療面での不安。現地の治安、海竜の襲撃……それに、あそこに居る、葉鳥 匠の存在。
 彼女が、葉鳥 匠に会いたくてSDIに行きたい、と言っているなんて本気では思っていない。ただ、感情は別だ。不安は常に付きまとう。
 詠臣は、上官の下へと向かった。
 自分がSDIへ行く代わりに、寧々を採用しないように、手を回して貰えるように……。

「わかった、君の条件を呑む」
 難しい表情をした上官が、詠臣に向かって頷いた。彼は、つい先日、詠臣に退職する予定だと話を聞かされて、頭を痛めていた。上からは、何としても引き留めてSDIに派遣しろと言われていたので、彼は安堵した。
「では、任期も」
「ああ、君がそう出来るならば」
 何よりもまず、上官にとっては、詠臣が退職を考え直し、派遣に応じてくれることが重要だ。多少のことはどうにでもなるだろう。上官は胸をなで下ろした。この、一際優秀で完璧な部下は、意思が強く、退職の話を聞いたときは、もう終わった……と絶望したものだ。
「はい、必ず」
 十年は長い。詠臣は、二、三年で部下達だけでやっていけるようにすることを条件に、内容を変更させた。
寧々のメールに返事はしなかった。初めて家に帰る足が重くなった。
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