神様のひとさじ

いんげん

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花冠

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二人は、無言で歩き続けた。二人の間には、一定の距離があり、ラブが、何度視線を送っても、ヘビと目が合うことはなかった。

 一見、無視しているように見えるヘビだが、ラブの為に歩きやすい道を選び、背の高い草は、踏みしめて歩き、危険そうな枝は折っては投げ捨てた。

 ヘビは、何度も振り返り、ラブの様子を確認した。

(話がしたいはずなのに、何を、どう話せばいいのか分かんない)

 正体不明の気まずさに支配され、落ち着かない。ラブは、何度もよろけながら、必死でヘビに付いて行った。



「わあぁ!」
 鬱蒼とした木々を抜けた先には、白爪草の群生地だった。小さな白い玉のような花と、鮮やかな緑の絨毯が一面を覆い尽くしている。心地よい風が花を揺らし、春の温かい日差しが二人の気持ちを明るく照らした。

「綺麗だね!」
「……そうだな」
 やっと、ヘビの声が聞けて、ラブはホッとした。二人が微笑んで顔を見合わせた。

「匂いは、あんまりしないね」
 ラブは、地面に膝をついて、犬のように、生えている花の匂いを嗅いだ。
「お前の情緒はどうなっている」
 ヘビが、額に手を当てた。

「え?」
「いや、何でも無い」
 首を振ったヘビは、背負っていたリュックを下ろすと、白爪草を一本引き抜いた。ヘビが持つと、白爪草の花が、とても小さく見えた。ヘビは、それをゆっくり回しながら、観察した。その顔は柔らかく綻んでいた。

「ラ……ラブ、今、情緒を理解したよ! ヘビ、綺麗だね」
「はあ?」
「ねぇ、ヘビ、ちょっと待ってて、今、ヘビに花の冠を作ってあげる!」
「……いや、花の冠は、お前の方が似合うだろう」
「ううん! ぜーったいに、ヘビの方が似合うよ! 待ってて」
 ラブは、白爪草をプチプチと抜いた。

「んー」
 白爪草と真剣に格闘し始めたラブを見て、ヘビがリュックの中を漁った。

「……おい」
 ヘビは取り出した、木の折りたたみ椅子をラブの横に置いた。

「ありがとう、一緒に座る?」
「どう考えても、一人用だろう」
 ヘビが取り出したのは、座面が三十センチ程度の物だ。
「じゃあ、順番で使う?」
「俺は、此処で良い」
 椅子の横に、ヘビが腰を下ろした。ラブも椅子に腰掛け、花冠づくりを再開した。

(あれ? 完成した感じはイメージ出来るのに、作り方知らない)

 ラブは、白爪草の花を二本持って、茎の部分を結んでみた。

(違うなぁ……)

 ソレを解いて、ねじり合わせた。

(んー?)

 首を捻り、ふとヘビの方を向くと、ヘビが上手に花冠を作り始めていた。長い指が器用に動いている。

「なるほど」
 ラブは、ヘビの手元を覗き込むために、彼の肩に頭を寄せて、編み始めた。時々、ヘビが引き抜いた花を奪いながら、見よう見まねで作る。
 蝶が、ヒラヒラと舞い、ラブの髪で羽根を休めている。ヘビが、それを眩しそうに見つめた。

「ヘビ、でっかいミミズだ」
「……ああ」
 ラブが、地面を指さすと、ヘビがラブの反対側に移動した。

「……ヘビ、ミミズ嫌い?」
 ヘビは、キッと鋭い目でラブを睨んだ。

「ヘビが、ミミズの大群に襲われたら、ラブが追い払ってあげるね」
 ラブは、架空のミミズを握りしめて、投げ捨てた。

「その手で触るなよ」
「あはは」



「出来た!」
 ヘビから遅れること数分、ラブの花冠が完成した。
 握りしめ過ぎた花が、少し潰れ、茎が幾つも飛び出ている。お世辞にも上手とは言えない。
 しかし、ラブは満足していた。花冠を掲げ、立ち上がった。

「はい、王様」
 座っているヘビの頭に、そっと冠を載せた。冠は、少し小さく、ヘビの頭にちょこんとのっている。
「可愛いよ、ヘビ」
「……」
 ヘビは、冠を押さえながら立ち上がり、自分が作った綺麗な方を、ラブの頭に載せた。
 それは、すこし大きくてラブのおでこ辺りに収まった。

「似合う?」
「そうだな」
 否定されるか、馬鹿にされると思って聞いたラブは、真剣な顔で肯定されて、心臓がドキリとした。ヘビの顔が見ていられなくて、前髪を弄りながら後ろを向いた。

「どうもありがとう」
 背を向けたまま御礼を言った。

「お前の元いたコロニーは、どんな所だ?」
「元いた、コロニー?」
 ヘビの質問に、ラブは振り返った。

「ああ、お前達は、ソコで暮らしていたんだろう? アダムは、そのコロニーは機能不全に陥ったから破棄したと言っていた。その混乱の間に、お前とはぐれたと」
「んー、んー」
 ラブは、口を尖らせて唸った。

(ラブ、この前生まれたばっかりだよね? なんで、アダムは嘘をついてるのかな? ヘビたちに分かるように話を合わせているだけ?)

「そもそも、はぐれてからどうしていたんだ? 覚えていないのか?」
「覚えていないっていうか、記憶があるわけないっていうか……」
 ラブが複雑な表情で俯くと、ヘビが心配そうな目を向けた。

「記憶が無いなら、アイツが恋人だというのも、どこまで信用出来るかわからないだろ……」
「うーん、それは、間違いないというか、何と言うか。出会ったばかりだけど、アダムは、ラブの男さんなの」
「出会ったばかり? お前の記憶の中では、ということか?」
「うーん、そうかなぁ」
 ラブの返答は、ハッキリせず、ヘビの眉間の皺が深くなる。

「じゃあ、何か? アダムは嘘をついている可能性もあるのか?」
「嘘……嘘なのかなぁ? でも、ラブは、アダムの女さんだし」
「意味が分からない。お前は、新しく出会う男に、次々そんな妄想を押しつけているのか?」
「違うよ! ヘビの時は、間違えちゃっただけで」
「ほう……」
「ご、ごめん」
「まぁ、良い。そうだな、お前達はお似合いだ。出会ったばかりの相手が運命だと言ったり、生き別れた恋人だと言ったり」
 ラブは、居心地の悪さに目が泳ぎ始めた。

「だって……決まってることだから」
「何がだ」
「私が生まれて終わるときまで、運命に従って生きるの。相手の男さんも、これからすることも、全部決まってることだもん。アダムにとっての私も、そうだから」
「お前のコロニーでは、自由恋愛は許されなかったということか?」
「自由恋愛?」
「繁殖相手を自分で選んで良いということだ」
「自分で、選ぶ?」
「そうだ、うちのコロニーでは人類の再びの繁栄を目指しているが、繁殖の強要はしない。ましてや、相手を勝手に選んだりなど言語道断だ。お前も、お前が望む相手を選んで良い」
 ヘビは、ラブのほつれた髪を、優しく指で直した。

「でも、ラブにはアダムしかいないよ。ラブとアダムが思い描く暮らしが同じなの。アダムは、木を育てて、ラブに実を与えてくれるの。コロニーじゃないの。太陽の下で暮らすんだよ」
「太陽の下で暮らす? 正気か? 確かに外の環境は安定したが、なぜ安全で快適に暮らせるコロニーがあるのに外で暮らすんだ?」
「じゃあ、なぜ、外で暮らせるようになったのに、いつまでも埋まってるの? そうしたいからじゃ駄目なの?」
「駄目……ではないが、代替案がある。お前の赤い実を育てに、必要回数訪問し、世話し、採取する。お前が太陽を浴びるために、共に外に出よう。コロニーのほど近くに、家を建てて、宿泊するという手もある」
「どういうこと?」

「全か無かではなくても良いという事だ。お前は、コロニーで生活しながらも、赤い実を手に入れて、外にも出られる。その生活の中で、アダムを選んでも、他の相手を選んでも良い。それが自由恋愛だ」
「でも、それって……アダムに失礼じゃない?」
「何故だ」
「だって、アダムは今まで、ラブの為に木を育ててくれたし、ラブの事を想ってくれている」
「それは、違う。お前がいつも言っているだろう。アダムが、そうしたいから、そうしているだけだ。お前に選ばれる為に。だからといって、お前がアダムを選ばなければならない理由ではない」
「わかるような……わからないような。でも、結局アダムだよ。ラブのためにしたいと思ってくれるのは、アダムだけだよ」
「そう、とは……限らない。それに、お前は、どうしたいんだ? アダムが良いのか? それとも、アダムが提供する生活が良いのか?」
「ラブの相手は、アダムって決まってるの! どうして難しいこと言うの? ラブとアダムが結ばれれば、人類が増えて良い事でしょ? 自由にゼロから見つけないと駄目なの? そもそも、好きじゃないと一緒になったら駄目なの?」
「駄目ではない。確かに、人類の繁栄には正しいかも知れない。俺が繁殖に至らないのは、思考しすぎて何もしないからだ……だが、どうしても考えずには、いられない。好きという気持ちや、恋や愛とは何なのか、分かりやすい定義がなさ過ぎる」
「ラブにも、よく分かんないよ。ヘビとは、一緒に居て楽しかったし、安心した。ヘビのことばっかり考えるし、一緒に居ないと寂しかった。触れあうと嬉しかったし……でも、いつも、お腹空いててひもじいし、土の中は息苦しいよ」
 ラブは、悲しそうに溜め息をついた。

「俺は、お前にイライラしっぱなしだったが、お前を見ると何か言わないと気が済まなかった。存在を無視できない。用もないのに誰かに自分から足を向けるのは、初めてだった。この気持ちが何なのかわからない。ただ、お前が遠くに行ってしまうのは……嫌だ」
 ヘビは、ラブの目を見ながら、そっと手を取った。
 ラブの心が震えた。

「……私達、友達になる?」
「友達?」
「だって、ヘビは、ラビブと繁殖したいとか、コロニーを捨てて、ラブと生きたいわけじゃないでしょ」
「……そう、だな」
 ヘビの手が、ラブから離れた。ヘビが俯くと、花冠が地面に落ちた。二人の視線が注がれる。

「この人と最後まで行くって覚悟が愛なんだって。正直、ラブもアダムと、まだ覚悟無いけど、アダムとなら最後が想像できるから、ラブ、アダムと歩き出してみるよ」
 ラブは、ヘビの花冠を拾い上げて渡した。

「……」
 ヘビは、唇を引き結んで黙った。

「帰ろう」
 ラブは、ヘビの大きな背中に手を添えた。


 辺りを散歩しながら、コロニーに戻った。ヘビは、いつもより言葉少なく、ラブは明るく振る舞った。

「おかえり、ラブ」
 コロニーの入り口では、アダムが待っていた。アダムは、ラブに笑顔で手を振り、ヘビの事は視界に入れていない。
「ただいま、アダム」
「ラブの実、穫ってきたよ。部屋で食べよう」
「……ありがとう」
 アダムが差し出した手を、ラブが握った。ヘビは、無言で二人の横を通り、足早にその場から去って行く。ラブは、ヘビに視線を向けたが、アダムに抱き寄せられた。

「どんな話をしたの?」
 アダムの手が、ラブの花冠を外した。

「間違えてごめんって話と、私は、アダムと生きていくって話かな」
「そう」
 満面の笑みで微笑んだアダムは、花冠をラブに返した。


「じゃあ、行こうか」
「うん」
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