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贈り物
しおりを挟む林は、ヘビの言う通り、遠かった。
風のように駆け抜けた白馬では、一瞬のように感じたが、ロバでは、近くに来るまで一時間かかった。
「この辺りで、アダムは、動物のお肉が落ちてるって言ってた……」
ラブは、ロバから降りて辺りを見回した。
「曖昧な表現だな。野生の動物なのか……」
驢馬なのか、ヘビはラブに気を遣ったのか、言葉を不自然に飲み込んだ。
辺りを二人で捜索し始めると、ロバは周囲の草を食べ始めた。
「何も見当たらないね」
「そうだな」
林の茂みを棒で掻き分けるラブと、足でなぎ払うヘビ。
「あっ、キノコ生えてるよ」
ラブが見つけたキノコに手を伸ばすと、ヘビがその腕を掴んだ。
「おい、外で暮らすようになったら、何でも手に取るなよ」
「どうして?」
「どうしてって……触れるだけでかぶれるものもある、口にすれば毒になるものもある。植物だって生きるために進化している。外で暮らしていた人類が滅亡して長い。何がどんな進化をしているか分からない」
「へぇ~、面白そうだね」
「面白がるな。警戒心を持て。好奇心旺盛な動物は早死にするぞ」
「まぁ、早く死にたくないけど、私の死は終わりじゃないよ。意味がある」
「どういう意味だ?」
ヘビは、掴んでいたラブの腕を引き寄せた。
「どうって、人間は死んだら土に還って木になるでしょ、その木がまた命を育むんだよ」
「まぁ……そうだな。コロニーでも堆肥にされたりする」
「でしょ」
「ああ……とにかく、気をつけろ、植物の中には、肉食植物もあったらしいぞ」
「えー! だって、木には歯がないでしょ!」
「歯のような棘で檻のように囲んだり、酵素で溶かしたり色々仕組みはあったらしいぞ」
「うえー」
ラブは、ぶるると震えて、すっぱい顔をした。
「今からでも、考え直したらどうだ?」
ヘビの腕は離れたが、ラブに触れない所で留まった。
「……アダムに連れてってもらった楽園。この先にあったけど、悔しいくらい、嫌になっちゃうくらい、ラブの思い描いていた所だった」
ラブは、目をギュッと瞑って笑った。
「どんな所だ」
「自然が一杯で、動物も沢山居たよ。木のお家が建てられてて、中心には、ラブの実がなる大きな木が立ってた」
「そうか。だが、馬も居て数時間で戻って来られるなら……そこまで住むことにこだわらなくても……」
良いのでは無いか、ヘビの言葉は続かなかった。
木の枝に引っかかった、腕輪が目に入った。
「ヘビ?」
「待て、振り向くな」
もしも、近くに驢馬であった何かが有ったら、ヘビはラブをそっと押しのけて、木に近づいた。枝に引っかかった腕輪は、乾いた血が乾いて張り付いているが、周囲には何も見当たらない。
「それ、驢馬の? 木に食べられちゃったの?」
「そんな訳あるか。やはり、驢馬は獣にやられたのかも知れないな……バンビの母も、腕輪と衣服の端切れだけが残っていた」
ヘビは、驢馬の腕輪を手に取った。
「そっか……」
ラブは、不謹慎だがホッとした。アダムが、驢馬の死や失踪に関与しているのではないかと、少し疑っていた。
「誰と連絡を取っていたんだ」
ヘビが、カチカチと腕輪を操作した。
『くそぉ、おい! 鳩、聞いてるか! 今からコロニーの出口まで来い、わかったか⁉』
驢馬の残された送信メッセージに、二人が目を見合わせた。
「憂さ晴らしに呼び出されたのか?」
「どうして、黙ってたんだろう」
「疑われるからだろう。問題は、会いに行ったのか、行っていないのか。鳩は、驢馬の死に関与しているのかだ」
「……そうだね」
ラブは、息苦しくて、大きく息を吸って溜め息を付いた。
「帰ろう」
「うん」
ヘビは、腕輪を仕舞い、ラブを促して歩き出した。
「沢山、人間が居るのは賑やかだし、面白いけど……大変なんだね。色んな事が起きる」
「ああ」
「ヘビは、大変じゃないの? 皆のリーダー役」
「生まれた時から、決まっていたからな……俺も、お前の運命っていう言葉、馬鹿にするような資格は無かったな。そうなる、そうすべきだ。疑いもなかったし、信じきっていた」
歩き続けるヘビが、何処か遠くを見ている。
「一緒だね」
「どうだろうな。俺は、最近、反抗期だ」
「え?」
「ハジメのやり方に疑問や不満がある。このままで良いのか、悩み出した」
「一緒だよ。私も……モヤモヤ、ぐるぐる悩んでる。反抗期っていうのか」
「反抗期は冗談だが、何に悩んでいるんだ?」
ヘビの視線が、ラブに戻ってきた。
「教えない。良いの。私は悩んでるけど、この頭の中の煙、全部蹴散らして行くのが正解なの」
「そうか。お前の方が大人だな。俺は、正解を変えたい」
そう言って苦笑するヘビを、ラブは眩しくて、遠く感じた。
「すごいなぁ、ヘビは」
「別に、普通だ。最近、とくに思い知らされた。今までは、何処か驕っていた」
「ヘビは、凄いよ。本当だよ」
ラブが、ニコニコ微笑んでいると、ヘビがコートの中を漁り始めた。
「思い出した」
「何?」
「ほら、お前がいつも腹が減ったばかり言っていたから、つい持ってきた」
ヘビの手がラブの目の前に差し出された。
以前貰ったのと同じ、小さな麻袋だった。
「貰って良いの!」
「もう、必要ないって理解していたはずなのにな……」
「必要あるよ、ありがとう!」
ラブは、麻袋を受け取って、中から一つ、赤い飴玉を取り出して口に入れた。
「美味しいよ」
「味はしないんだろう?」
「いーの、嬉しい気持ちを食べてるの」
「意味がわからない」
文句をいうヘビは、微笑んでいた。ラブは、袋を握り、これがきっと最後の贈り物だから、大切に食べようと思った。
コロニーまで戻ってくると、ロバは、一人でカポカポ歩き出し、山の方へと消えていった。
「ねぇ、ヘビ。私が鳩に聞いてみようか?」
「いいや、危険だ。もし鳩に後ろめたいところがあれば、何をするか分からない」
「でも、それってヘビも危なく無い?」
「大丈夫だ。フクロウと行く」
「そっか、気をつけてね」
「ああ」
ヘビが、出入り口のロックを解除し、二人は中へ入った。エアーシャワーを通り、居住区の方へ向かうと、騒がしい声が聞こえてきた。
「何かあったのかな?」
二人は、駆け足で向かった。
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