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別れ
しおりを挟む森の中で走るバンビに、運良く獣は着いて来なかった。
暫く走ると、バギーを見つけ、ほっと胸をなで下ろした。
バギーに何か武器になるような物は無いかと、備え付けられていた箱を漁った。ロウソクが入ったランプと、ライターを見つけ、獣は火を恐れるんじゃないかと、ランプに火を入れ、乾いた枯れ木を集め、たき火を用意した。それだけでは不安で、サバイバルナイフも胸の前で握りしめた。バンビの手は、ガタガタと震えている。
「……早く誰か戻ってきてよ」
一人で居ると、怖くて堪らなかった。
キボコと土竜が戦っているのか、獣の咆哮が聞こえる。発砲音も轟く。
置いてきた心苦しさで、唇を噛みしめた。
「もしかしたら、アイツも……そうだったのかな」
母を置き去りにした、ヘビを思い出した。そして、様子のおかしくなった母に思いを馳せた。
「母さん……」
バンビの母の様相は、別れた日から何も変わってなかった。
ガサガサ、と物音がした。
「誰⁉ キボコ? 土竜? フクロウなの?」
バンビは、ナイフを突き出した。
「……あ……か、母さん!」
バンビの母が立っていた。
バンビの母の仕事は、森で木の実などの食べられる物を探す仕事だ。
藁人間となった者たちは、刷り込まれた通りに動く。今日は、まだ何も見つけられていない彼女は、何かを手にするまで、ずっと探し続ける。真冬の何も無い季節でさえ。
バンビの前に現れたのも、偶然に過ぎない。
「母さん、ごめん、ごめんなさい」
バンビは、ナイフを放り出し、母の胸に抱きついた。
「……」
「怖くなって、逃げちゃってごめんね。も、もう怖く無いよ。母さんは、どんな姿になっても、母さんだから……」
バンビは、母の手を取り、愛おしそうに撫でた。
擦り切れた皮膚の隙間から覗く藁が、チクチクしてバンビの手が痛む。
「ねぇ、母さん。一緒に帰ろう」
「悪いが、それは無理だなぁ」
「フクロウ、ヘビ! ど、どうしてだよ!」
やって来たフクロウは、直ぐにバギーのエンジンをかけた。
「人間じゃない。もう、お前の母ちゃんは、死んだんだ。俺達と共存はできない」
フクロウの口調は、優しかったが、ハッキリと言葉にした。
「じゃあ、良いよ! 俺は母さんと、此処に残る!」
「おいおい、気持ちは分かるけどな」
「……良いんじゃないか」
「お、お前、ヘビ! 何言ってんだよ」
「俺も、此処に残る」
「はぁ⁉」
フクロウだけではなく、バンビも驚き、母から腕を離し、ヘビに歩み寄った。
「あいつの為?」
「いや、俺がそうしたいから、するだけだ。俺は、ラブを誘ってみる」
「ちょっと待って、ちょっと待って。なに、デートに誘うくらいの感じで言ってるんだ。え、ちょっと、ヘビさん本気ですか? コロニーは?」
フクロウは、ヘビの前でせわしなく腕を動かした。
「コロニーには戻らない。アイツは、外で暮らしたいと言っていた」
「えー、ま、まじか……」
「俺は、アダムのような、あいつの求める完璧な未来を提供できないと考えていた。だが、こんなの間違っている。あいつは、きっと望んでいない。フクロウ、お前が言っていた、衝動を今とても感じている。俺は、アダムにラブを渡さない。俺は、アイツと居たい」
「でもさ、あんな獣だらけの所に行ったら、今度こそ殺されるかもよ」
「構わない」
ヘビは、腕輪を外し、フクロウに渡した。
生まれた時から、ずっと腕に填まっていたソレが無くなると、解放され、心も軽くなった気がした。
「嘘だろ……」
「大丈夫だ。これからのコロニーは、戦闘の時代だ。フクロウが得意で、好きな事だ。襲い来る獣、敵、全て倒す。お前がしたいから、できる」
「か、勝手に決めないでぇ」
情けない顔をしたフクロウに、ヘビが笑った。
「すまない、勝手なことを言っている」
「えー、そんな顔で言われたら、無理だろ。はいはい、おじさんが何とかします。ただ、奇跡的に上手いこと行ったら……顔出せよ。待ってる。……どうしたのってくらい繁殖して、十人くらい子供つくって帰ってこいよ」
フクロウが、ヘビの肩を強く叩いた。
「子供の前で下世話な話をするな」
「……マジか」
「あー、何て言うか、さっさと行けば?」
バンビが言った。
「ああ」
ヘビは、きびすを返し、目に入ったバンビの母に深く頭を下げて、走り去った。
「で、お前はどうすんの?」
「なんか、大人の勝手な行動見て、正気に戻った」
バンビは、バギーからフクロウの物を拝借して、母親に駆け寄り、その手を取った。
「母さん、また会いに来るね。いつか、きっと俺が母さんを解放するから。それまで待ってて」
バンビは、ささくれだった母の手にグローブをはめた。
「……」
「じゃあ、いってきます」
バンビは、涙が零れないよう、上を向いて走り出した。
「お前、良い男になりそうだな。どうだ、次期コロニーの指導者」
隣に乗り込んだバンビを、フクロウが肘で突いた。
「良いよ。なっても。でも、藁人間と同居が条件だよ」
「マジか……どいつもこいつも勝手だ。やっぱり一番まともで頼りになるのは、クイナだよなぁ」
「キボコと、土竜はどうするの?」
「もう一台のバギー、鍵付きで置いて行く。生きてりゃ帰って来るだろう」
二人を乗せたバギーが走り出した。
バンビの母は、グローブのはめられた手をジッと見つめていた。
命じられた仕事も忘れ――長い間ずっと。
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