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第13章 偽りの聖女と、王都に響く希望の歌
英雄たちの孤立と、仕組まれた罠
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疫病は、緩やかに、しかし、確実に王都を蝕んでいく。
それは、魂の風邪とでも言うべき、奇妙な病だった。
身体を蝕むのではない。
人々の心から、活力を、希望を、そして、他者を信じる気持ちを、静かに奪っていく。
僕たちが開発した薬も、エミ-リアの癒やしも、なぜか思うように効果を発揮しない。
それどころか、僕たちが救いの手を差し伸べようとすると、民衆から、冷たい視線を向けられることすらあった。
「結構です。あなたたちの、得体の知れない薬など、必要ありません」
「我々には、セレーネ様がついている」
「あなたたちの力は、もう必要ない」
かつて、僕たちを英雄と讃えたその口が、今、僕たちを拒絶する。
その現実に、少女たちの心は、じりじりと削られていった。
工房の空気は、鉛のように重い。
窓の外からは、復興が進む街の、活気ある喧騒が聞こえてくる。
だが、その音は、もはや僕たちの心には届かない。
僕たちの工房だけが、この王都から切り離された、孤島のようだった。
「どうして…私たちは、みんなのために戦ってきたのに…」
リゼットの悲痛な声が、工房に虚しく響く。
彼女は、ソファに深くうずくまり、その顔を、膝に埋めていた。
もう、何日も、彼女の、太陽のような笑顔を見ていない。
「…論理的に、説明がつかないわ。民衆の感情というものは、これほどまでに、脆く、移ろいやすいものだったというの…?」
クラウディアが、窓辺に立ち、腕を組んで、静かに呟く。
その声は、いつもと同じ、冷静な響きを装っている。
だが、その握りしめられた拳が、微かに震えているのを、僕は見逃さなかった。
「わたくしたちの、想いが、足りないのでしょうか…。もっと、強く、皆さんのことを信じなければ…」
エミリアが、祈るように、胸の前で手を組む。
その翠の瞳は、悲しみの雨に濡れていた。
誰よりも、人々の心を信じていた彼女が、今、一番、傷ついているのかもしれない。
「…斬る」。
菖蒲が、ただ一言、冷たく呟いた。
その手には、手入れの行き届いた小太刀が握られている。
「主殿と、皆様を、侮辱する者…たとえ、民であろうと、拙者が、この刃で…」。
「やめろ、菖蒲君」
僕が、静かに制止する。
「それは、カイザーの思う壺だ」
「そうよ。ここで私たちが暴れたら、それこそ、あの聖女様の言った通り、『不浄な存在』だって、証明することになるじゃない」
ルージュが、やれやれと溜め息をついた。
その瞳には、いつものような、からかうような色はない。
ただ、深い、深い疲労と、悪意への、冷めた怒りだけがあった。
僕たちは、袋小路に迷い込んでいた。
動けば動くほど、カイザーの敷いたレールの上を、走らされるだけ。
だが、何もしなければ、王都は、偽りの聖女の、狂信的な信仰に、完全に飲み込まれてしまう。
そして、運命の式典当日が、やってきた。
◇
王都大聖堂は、聖女を一目見ようと、溢れんばかりの民衆で埋め尽くされていた。
その熱気は、もはや、異常なレベルに達していた。
誰もが、その目に、狂信的な光を宿し、まだ姿を見せぬ聖女の名を、祈るように、繰り返し唱えている。
僕たちプリズム・ナイツは、国王の勅命により、その警護という、なんとも皮肉な任務についていた。
大聖堂の入り口、その両脇に、僕たちは、まるで罪人のように、静かに佇んでいる。
「…見て。プリズム・ナイ-ツよ」
「まだ、いたのね、あんな人たち」
「聖女様に、何か、よからぬことを企んでいるのかしら…」
僕たちの耳に、民衆の、ひそひそとした声が、容赦なく突き刺さる。
リゼットが、悔しさに、ぐっと唇を噛みしめる。
その肩を、クラウディアが、そっと、無言で支えた。
ファンファーレが、高らかに鳴り響く。
そして、ついに、彼女が、姿を現した。
純白の、光り輝くような法衣に身を包んだ、聖女セレーネ。
銀色の髪が、ステンドグラスから差し込む光を反射して、後光のように輝いている。
その神々しい姿に、民衆は、熱狂の頂点に達した。
「セレーネ様!」「我らが聖女様!」
地鳴りのような歓声が、大聖堂を揺るがす。
祭壇に立つセレーネの神々しい姿に、民衆は熱狂し、祈りを捧げる。
その光景は、もはや、一つの巨大な宗教儀式のようだった。
彼女は、その慈愛に満ちた微笑みを、民衆に向け、そして、ゆっくりと、その腕を広げた。
「愛しき、王都の子羊たちよ。今、この地は、悲しみの闇に覆われています。
ですが、恐れることはありません。信じるのです。光は、必ずや、闇を打ち払うと」
その、透き通るような声が、拡声の魔法によって、広場の隅々にまで、響き渡る。
人々は、涙を流し、その言葉に、聞き入っていた。
だが、僕は、その言葉の中に、巧妙に隠された、毒の存在に気づいていた。
彼女は、決して、「誰が」闇を打ち払うとは、言わない。
ただ、「信じること」の重要性だけを、繰り返し説く。
それは、裏を返せば、「信じない者」を、異端として、排除するための、巧みな布石だった。
そして、その、熱狂の頂点で、カイザーは、次なる駒を動かす。
セレーネが、祝福の祈りの、最後の言葉を、紡ぎ終えた、まさに、その瞬間だった。
「う…ぐ…ああ…っ!」
広場の、最前列にいた、一人の男が、突然、喉を押さえて、その場に崩れ落ちた。
その顔は、土気色に変色し、その瞳は、苦痛に見開かれている。
疫病が、一気に牙を剥いたのだ。
それを皮切りに、悪夢は、連鎖した。
一人、また一人と、広場に集う人々が、次々と、同じ症状を訴えて、苦しみだし、倒れていったのだ。
歓声は、悲鳴に変わる。
祝福の祈りは、断末魔の叫びに、塗り替えられる。
平和だったはずの広場は、一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄へと、その姿を変えた。
カイザーの、悪辣な脚本の、第二幕が、今、上がったのだ。
それは、魂の風邪とでも言うべき、奇妙な病だった。
身体を蝕むのではない。
人々の心から、活力を、希望を、そして、他者を信じる気持ちを、静かに奪っていく。
僕たちが開発した薬も、エミ-リアの癒やしも、なぜか思うように効果を発揮しない。
それどころか、僕たちが救いの手を差し伸べようとすると、民衆から、冷たい視線を向けられることすらあった。
「結構です。あなたたちの、得体の知れない薬など、必要ありません」
「我々には、セレーネ様がついている」
「あなたたちの力は、もう必要ない」
かつて、僕たちを英雄と讃えたその口が、今、僕たちを拒絶する。
その現実に、少女たちの心は、じりじりと削られていった。
工房の空気は、鉛のように重い。
窓の外からは、復興が進む街の、活気ある喧騒が聞こえてくる。
だが、その音は、もはや僕たちの心には届かない。
僕たちの工房だけが、この王都から切り離された、孤島のようだった。
「どうして…私たちは、みんなのために戦ってきたのに…」
リゼットの悲痛な声が、工房に虚しく響く。
彼女は、ソファに深くうずくまり、その顔を、膝に埋めていた。
もう、何日も、彼女の、太陽のような笑顔を見ていない。
「…論理的に、説明がつかないわ。民衆の感情というものは、これほどまでに、脆く、移ろいやすいものだったというの…?」
クラウディアが、窓辺に立ち、腕を組んで、静かに呟く。
その声は、いつもと同じ、冷静な響きを装っている。
だが、その握りしめられた拳が、微かに震えているのを、僕は見逃さなかった。
「わたくしたちの、想いが、足りないのでしょうか…。もっと、強く、皆さんのことを信じなければ…」
エミリアが、祈るように、胸の前で手を組む。
その翠の瞳は、悲しみの雨に濡れていた。
誰よりも、人々の心を信じていた彼女が、今、一番、傷ついているのかもしれない。
「…斬る」。
菖蒲が、ただ一言、冷たく呟いた。
その手には、手入れの行き届いた小太刀が握られている。
「主殿と、皆様を、侮辱する者…たとえ、民であろうと、拙者が、この刃で…」。
「やめろ、菖蒲君」
僕が、静かに制止する。
「それは、カイザーの思う壺だ」
「そうよ。ここで私たちが暴れたら、それこそ、あの聖女様の言った通り、『不浄な存在』だって、証明することになるじゃない」
ルージュが、やれやれと溜め息をついた。
その瞳には、いつものような、からかうような色はない。
ただ、深い、深い疲労と、悪意への、冷めた怒りだけがあった。
僕たちは、袋小路に迷い込んでいた。
動けば動くほど、カイザーの敷いたレールの上を、走らされるだけ。
だが、何もしなければ、王都は、偽りの聖女の、狂信的な信仰に、完全に飲み込まれてしまう。
そして、運命の式典当日が、やってきた。
◇
王都大聖堂は、聖女を一目見ようと、溢れんばかりの民衆で埋め尽くされていた。
その熱気は、もはや、異常なレベルに達していた。
誰もが、その目に、狂信的な光を宿し、まだ姿を見せぬ聖女の名を、祈るように、繰り返し唱えている。
僕たちプリズム・ナイツは、国王の勅命により、その警護という、なんとも皮肉な任務についていた。
大聖堂の入り口、その両脇に、僕たちは、まるで罪人のように、静かに佇んでいる。
「…見て。プリズム・ナイ-ツよ」
「まだ、いたのね、あんな人たち」
「聖女様に、何か、よからぬことを企んでいるのかしら…」
僕たちの耳に、民衆の、ひそひそとした声が、容赦なく突き刺さる。
リゼットが、悔しさに、ぐっと唇を噛みしめる。
その肩を、クラウディアが、そっと、無言で支えた。
ファンファーレが、高らかに鳴り響く。
そして、ついに、彼女が、姿を現した。
純白の、光り輝くような法衣に身を包んだ、聖女セレーネ。
銀色の髪が、ステンドグラスから差し込む光を反射して、後光のように輝いている。
その神々しい姿に、民衆は、熱狂の頂点に達した。
「セレーネ様!」「我らが聖女様!」
地鳴りのような歓声が、大聖堂を揺るがす。
祭壇に立つセレーネの神々しい姿に、民衆は熱狂し、祈りを捧げる。
その光景は、もはや、一つの巨大な宗教儀式のようだった。
彼女は、その慈愛に満ちた微笑みを、民衆に向け、そして、ゆっくりと、その腕を広げた。
「愛しき、王都の子羊たちよ。今、この地は、悲しみの闇に覆われています。
ですが、恐れることはありません。信じるのです。光は、必ずや、闇を打ち払うと」
その、透き通るような声が、拡声の魔法によって、広場の隅々にまで、響き渡る。
人々は、涙を流し、その言葉に、聞き入っていた。
だが、僕は、その言葉の中に、巧妙に隠された、毒の存在に気づいていた。
彼女は、決して、「誰が」闇を打ち払うとは、言わない。
ただ、「信じること」の重要性だけを、繰り返し説く。
それは、裏を返せば、「信じない者」を、異端として、排除するための、巧みな布石だった。
そして、その、熱狂の頂点で、カイザーは、次なる駒を動かす。
セレーネが、祝福の祈りの、最後の言葉を、紡ぎ終えた、まさに、その瞬間だった。
「う…ぐ…ああ…っ!」
広場の、最前列にいた、一人の男が、突然、喉を押さえて、その場に崩れ落ちた。
その顔は、土気色に変色し、その瞳は、苦痛に見開かれている。
疫病が、一気に牙を剥いたのだ。
それを皮切りに、悪夢は、連鎖した。
一人、また一人と、広場に集う人々が、次々と、同じ症状を訴えて、苦しみだし、倒れていったのだ。
歓声は、悲鳴に変わる。
祝福の祈りは、断末魔の叫びに、塗り替えられる。
平和だったはずの広場は、一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄へと、その姿を変えた。
カイザーの、悪辣な脚本の、第二幕が、今、上がったのだ。
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