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18・雇い主、家政婦の本業を知る

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洋太郎の来訪は、わたしにふたつの恩恵を与えてくれた。

日当の上乗せはもちろんうれしいが、もうひとつある。
普段光太郎の在宅中には立ち入ることができなかった書庫が、なんとわたしのものになったのだ。

光太郎に雇われて以来、わたしが寝起きしていたのは美咲が使っていた部屋だった。
光太郎の部屋に次いで広々として日当たりも良いので、客人を迎えるのにはぴったりだ。
だから滞在中はそこを洋太郎に使ってもらい、わたしは書庫で寝ることに決めたのだ。

光太郎は申し訳なさそうだったが、わたしはあの空間を独占できることがうれしかった。
読みたい本が山ほどある場所で眠れるなんて夢のようだ。
読書に執筆、どちらもはかどりそうだ。

実は最近ずっと家政婦モードだったから、書く時間が取れないことに内心焦っていたのだ。
ああ早くお金を貯めてわたしも自分の部屋を探したい。
四畳半、いやできれば六畳一間で本にまみれて心ゆくまで仕事する自分を夢想した。

そんなわけで、キッチンでいれたお茶とお菓子をお供に自由時間を過ごそうと上機嫌で書庫に戻ってきたときだ。
書庫のドアの前でうろうろしている光太郎がいた。

「あの、どうかしましたか?」

「いや、本を探しに来たんだが今は君の部屋だから勝手に入るのはどうかと思って」

「どうぞどうぞ遠慮なさらず。何をお探しですか、お手伝いしますよ」

なんて調子よく部屋に招き入れたが、室内を見た光太郎が顔色を変えた。

「これは…ずいぶんくつろいで過ごしているようだな」

「ははは…スミマセン」

わたしが運び込んだ小さなちゃぶ台と布団のまわりには、本や書類が散乱している。
少しでもきれいに見せようと片付けていたら、光太郎が書きかけの企画書を手に取った。

「これは何だ?」

「えーとそれは仕事です」

仕事柄企画書や台本を目にする機会があるのだろう、光太郎は企画書とわたしを交互に見比べ

「君、脚本を書くのか?」

と聞いてきた。

「というか、見習いみたいなもんです」

「なるほど。だから例の偽のなれ初め設定を考えるのも素早かったのか」

光太郎は合点がいったという顔をした。

「いま何か書いているのか?」

「この本で、ドラマの企画書を」

と、一冊のミステリー小説を差し出すと

「ああ、これか」

光太郎も読んだらしく、少し表情を柔らかくした。

「一気読みした」

「ですよね!」

「登場人物が個性的で面白かった。特に探偵が」

「わたしもあの探偵好きです、あと探偵の」

「「探偵の飼い猫が」」

お気に入りキャラについて意見が一致するとは思わなかった。
互いにこれまで見せたなかでいちばんの笑顔で話していた自分に気づき、わたしも光太郎も我に返り黙る。
コホン、と咳払いした光太郎はいつもの気難しい顔に戻って言った。

「あー、だが映像化は難しくないか?」

「ええ。いま映像向きにしようと工夫中です」

「で、どうするつもりだ?」

「え」

珍しく他人のやっていることに興味を示しているようだ。
どうしよう。興味を示す相手にはこっちも話したくなる。
しかし、らしくない自分の言動に気づいたらしい。

「悪い、邪魔したな」

光太郎は本を一冊探し当てると、部屋から出て行った。
興味のあることなら、意外と楽しそうに話す人なんだ。
ふーん、と思ったけど、できればもう少し話したかったかもと思うのはやめておいた。
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