超短編小説集 2024

いとくめ

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解放後のこと

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基本的な衣食住がすべての国民に保証されたため、
糧のための労働は無意味なものとなった。

仕事は続けてもかまわないけれど、
その頃にはもう誰もが肉体的にも精神的にも疲れ切っていたから、
労働から解放された人たちは働くことを一斉にやめてしまった。
昼夜を問わない仕事の電話やメール、毎年どんどん上がっていくばかりの達成目標。
競争して勝つことを目標にして走り続けてきたが、もう限界なのはわかっていた。
ゆっくり休んで、失った余裕を取り戻したかった。

その間食べ物の提供、ゴミの回収、病気の治療、
治安を守ることも教育も、全てロボットや人工知能が代わりに行った。
最初のうちはこわごわ任せていたが、人間が担当していた頃よりもずっと安全で間違いがないことがすぐにわかった。

もちろん、休むことに飽きて仕事に戻る人もいた。
働きたくはないけれど退屈な時間をなんとかしたい人向けには、
職業体験を楽しみながら人手の足りない職場を転々とするレジャーが流行した。

労働意欲を失った作家が創作活動を中断して、娯楽の提供が滞り始めたりもしたが、
業を煮やした消費者が作者にかわり創作活動を開始するようになった。

伝統芸能でも医師でもパイロットでも教師でも、
どんな仕事も優秀なロボットや人工知能の補助があるおかげで失敗なくこなすことができた。
さながら世の中は巨大な職業体験レジャー施設のようだった。

誰もが我慢や忍耐から遠くなり、ロボットや人工知能の難しい仕組みを理解し新たな技術を生み出す人間がひとりもいなくなってしまったが、それでも世界は問題なく今日もまわっている。

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