超短編小説集 4.5.6月

いとくめ

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2023.5月

わかっていること

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 あれが最後だったのかと思うと、ずいぶんひどいさよならをしたものだ。

 わたしのことなどとっくの昔に忘れ、別の誰かを大切にして生きているのか。
 それとも、毎日のようにわたしのことを思い出して心の中でなぶり殺しにしているのか。

 どちらにせよ、もう会えないのは同じこと。

 なのにたまに無性に会いたくなる。
 思ったことを話したくなる。
 わたしにだけ向けた優しげな眼で、またみつめてほしいと思ってしまう。

 まったくあきれるくらいに身勝手だ。

 やり直す方法を幾通りも考えてはみたが、どれも現実的ではない。
 仮に何かの間違いで再び会うようなことがあったとしても、互いに気づくことはないだろう。

 なぜならわたしたちをかたち作っていたものは、すでにあの頃とはすっかり別のものに変わっているのだから。

 わかっているのに想い続けるのをやめられず、ついには新たな登場人物による新たな世界を作っているような気さえしてくる。

 そのほうがいいかもしれない。

 そこでは誰もわたしたちの過ちや後悔を知らないのだから。
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