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第1章 聖女である少女は
第12話 カコ ノ ハナシ
しおりを挟むシロン様を初めて見たのは、私が本当にちっちゃい時だった。
3歳の、物心つく頃っていうのかな。だからほとんどのことを覚えてはいないんだけど。
シロン様を見つけたことは、私の中で特別なことだったから忘れられない。
私は正直、もっとキラキラしたお仕事がしたいと思っていた。アクセサリー屋さんとかお洋服屋さんとか、楽しそうなお仕事。
だってそうでしょ?幽霊相手なんて暗いし、ただ天に還すだけのお仕事なんかつまらなそうだし。
ほとんどの人には出来ない、でも自分にはできること。なんてすごいと周りに言われても、みえるものはいいものでもないんだから嬉しいわけがないじゃない。
それにかわいいものが好きなのに、宝石とかアクセサリーとかも付けちゃいけないなんて。
だから嫌だった。家を離れた、コールス家での生活は絶対に面倒でつまらないものだと思っていて、まあ、実際は歳の近い女の子がいっぱいいて結構楽しかったんだけど。
コールス邸に行って。何となくしか覚えてないけど、それから毎日お勉強することになったことだけは思い出さなくても覚えてる。
そうして私がまだちっちゃかった頃。
4歳くらいの時だったかな?誕生日を迎えてすぐだったからたぶんその頃。私たちの過ごす棟で、動くお人形さんを見たのは。
その時は自由時間で、私は誕生日にお母さんから届いた人形を抱いて、友だちにそれを自慢していた。そしたらね。ちょこんと中庭で椅子に座っているお人形さんが見えて、私は視線を止めた。
庭の、あの屋根がついてて風通しがいい小さな建物。その屋根で出来た影に隠れるように、そのお人形さんは何かを見ていた。
色とりどりの花に囲まれた庭園のど真ん中。まるでそこだけドールハウスのようだった。風は吹いていたからそう感じたのは一瞬だったけど、髪が絹のように揺れるのに変な感じがしたくらい。
しばらくポカンとその風景を見ていた。少し離れた距離から。友だちのことも忘れて。
「ーーぇ、ねえったら!」
友だちに肩を叩かれるまで気づかなかった。私驚いて振り返ってね、お人形さんがいるのって友だちに言ったんだけど、「そうだね」とだけ言われて腕を引っ張られた。
「違うよ、そうじゃなくてお庭の方。大きいお人形さんが……ってあれ?」
「……お庭に誰もいないよ?」
もしかして幽霊?その時は友だちも私もそう思ったんだけど。
それから数日後、今度は屋敷内の教会にお人形さんはいた。
コールス家って貴族の中でも上流階級らしくて、お城並みに、は言い過ぎだけど屋敷が広いんだ。
玄関に入ると広い空間があって、奥の扉から中庭を挟んだ向こう側には教会と、当主さまたちが暮らす場所がある。右と左は聖女になるための子たちがいる、みたいな構造で地下には使用人たちが住み込みでいた。講師さまたちは屋敷の外からの通い。
私は気になっていた。お人形さんが幽霊だったのか人だったのか、文字通りお人形だったのか。数日考えても分からなかったから一人で調べることにした。
その時はもう夜だったし誰もいないはずなんだけど、そのお人形さんは教会の暗い椅子に座ってまた同じようにどこかを見ていた。ステンドグラスから月明かりが入ってきているだけの明かり具合なのに、その姿は目を奪われるものだった。だってお人形さんの周りは浮かぶ魂が幾つもあって淡く光っていたから。
その姿は精霊みたいだった。この世のものではない空想世界の。
その時気付いたの。お人形さんはその灯りと話をしているんだってことに。それは言葉の通りで、お人形さんは口を開き、機械にしては流暢にその身を動かしていた。
お人形さんのような幽霊のような、不思議な女の子、感覚。物珍しさだけじゃない。その姿かたちに、いつの間にか心を奪われていた。
その時も同じようにずっと見とれた。今度は一人だったし、もしかしたらそのお人形さんがそこを去るまでそうしていたかもしれない。だけど見張りの使用人にたしなまれて私は部屋へと帰ることになった。
機械仕掛けのお人形ではなかった。だけど幽霊なのか人なのか、もしかしたら精霊さんかもしれないから区別がまだつかなくて。
視界の隅でお人形さんを見た時、彼女はもうそこにはいなかった。
それからは。普段は私たちのいる棟にいないけど。時々、そして度々。その姿を見かけては何かに取り憑かれたように彼女をみて、何かがその見つめる先を遮るまでそれをやめなかった。
時には陰で本を読む姿だったり、最初に見つけた時に見ていた紙ーーたぶん手紙だと思うけどーーを庭園で見ている姿だったり。何をしていても様になっていた。どうしてこんなに惹かれてしまうのだろうと思った。
そうして二年くらいが経った頃、私はようやく彼女と出会った。
庭で走っていたら当主さまの娘であるお嬢様にぶつかってしまったという、あまり思い出したくはない出来事から始まるんだけど。
お嬢様は私よりちっちゃかった。だから泣いてしまって、でもこんなとこ当主さまにでも見られたりしたら完全に怒られるだけじゃすまない。だっていつも怖い顔してる。私は当主さまが何となく嫌いだった。
ごめんね、ごめんねって謝ったんだけど中々泣き止まなくて、私まで泣きたくなった。この頃はまだ6歳にもなってなかったし。
そうして少しべそをかいていたら、ふわりと音が聞こえそうな柔らかな髪と服を揺らして、どこかでかいだことのある花の香りを連れて、何かが私の前に現れた。
「お嬢様」
鳥か宝石が、しゃべったのかと思ったの。それくらいあまりにも綺麗な声だった。
怪我がないことを確かめて、私を見たその瞳はどんな宝石よりも惹かれる色をしていた。深くも淡くもない、光もない、瞳だったけど。私は強く惹かれた。後でそれが一目惚れだということを知った。
彼女はお人形でも妖精でもない。とても綺麗な女の子だと言うことも。
「怪我はありませんか」
また見とれてしまった私に声がかかる。落ち着いた心地の良い綺麗な声が今度は私に向いているのだということに気づくのに数秒かかった。おかげで私にとっての妖精さまはどこか怪我でもしたのかと勘違いしたらしく、ハンカチを差し出してくれた。お嬢様にも一枚出したからその日二枚目の。
「すみませんが、講師さまがいらっしゃる前にここを離れた方が良いです」
それだけ言うと彼女はお嬢様に向き直った。私、どうしたらいいか分からなくて混乱して、でも講師さまが視界に入った途端身体は自然と逃げ出してた。講師さまは怒ると怖いから。
角を曲がって彼女をみたらいつもはもう見えないはずなのにまだそこにいて、講師さまと話していた。聞こえなかったけど、講師さまの怖い顔だけは見えた。
それからしばらくは彼女を見かけなかった。もとから現れたり消えたりだったんだけど、ずっとそれが私のせいじゃないのかってすごく、モヤモヤしてた。
だから半年くらい経った頃に彼女を再び見た時は良かったってすごくほっとして。ありがとうとかごめんねとかを言いに行こうとしたんだけど。
「あのっ!」
「白の聖女」
タイミングが悪かった。講師さまが呼んで、彼女が振り返ったから。彼女は返事をして講師さまと一緒に去って行っちゃった。
今度会った時は何とか話しかけれたんだけどね。
「あの!先輩聖女さま!この間のことですが、覚えていますか!?私、その!あ、待っててください!」
時間経ってたからさ、ハンカチを出せば一発だと思って取りに行こうとした……んだけど。
「白の聖女」
また呼ばれた。彼女は私を一瞥してすみませんとあやまると返事をして講師さまと去って行った。
何度かそれの繰り返しだった。だけどそのうちシロンさまは現れなくなって。
ただ私は知らなかったんだけど白の聖女はすごい霊力が高いだとか、覚えもいいとか先輩聖女たちがうわさしていたんだって。
それを知れたのは数え年で8歳以上の子たちが生活を送る西棟へ移動してからのことだった。
学び舎では3歳から7歳の子は東棟、8歳になると卒業まで過ごす西棟へ移動する仕組みがずっとされていた。だから4つ違いの私は8歳になる年でようやくシロンさまと同じ棟に来れて。と言っても、シロンさまは当主さまの姪に当たるから学びに来る時だけ棟に来てたんだろうけど。
そして最後に見たのはシロンさまが学び舎を発つ日だった。
聖女として旅に出る前に卒業式があって。友達とかとのお別れパーティーみたいなものだけど、そこには年齢関係なく参加可能で、私は毎年こっそりシロンさまの姿を探してた。
その年はシロンさまがいた。聖女の衣装は大人びたような幼いような、整いすぎるその顔にとてもよく似合っていて、その場の誰よりも様になっていた。
友達にも言ったよ。そしたら本当にお人形みたいって見とれてた。周りを見ると、シロンさまは隅にいたのに何人かがその姿に目を奪われていた。私、少し誇らしかったなぁ。話したことあるの!って自慢していたら、シロンさまは私を見て近付いてきた。
びっくりしたよ!それはもうー!
「すみません。度々お話しがあると言っていましたが。忘れてしまいましたか」
ずっと講師さまに邪魔されていて二年もすれ違いだった。
「……!覚えてる!覚えていて、くれたんですね!あのね、お礼を、言いたかったんです!ありがとうございました!」
ハンカチは新しいのを買って渡した。彼女はいえ、と言って少し遠慮しつつも受け取ってくれて。その声は変わらず綺麗な声で、自分に向けられたその言葉にすっごく胸がドキドキした。
聞けばシロンさまはずっと私を探してくれていたみたい。コールス家の姪だから最後の一年はより忙しくしていたらしいけど。
もう、いなくなってしまったのかと思ってた。だからそうしてお話が出来て、とても、嬉しかったんだ。
☆☆☆☆☆☆
「ねぇねぇ、シロン様はその時のこと、覚えていますか?」
「はい」
「え」
ラスティが驚いた声を上げ、一同が視線を向ける。一通り話が終わった直後、考えながらのことだったから、思った以上に声が出てしまっていた。
「……いや。そんな風には見えなかったから……本当か?」
「はい、覚えています。先程は抱きつかれていたので顔は見えませんでしたが、四年前のことなので声も髪色も。名前は聞けなかったので知りかねませんが」
「そうなんだよねー。卒業式でのあの後、シロン様また呼ばれて行っちゃったしそれっきり。」
通りで出会った時から馴れ馴れしい訳だ。 ロレッタからしたら彼女は憧れで親しい先輩と言える位置にいるのだろう。
だがそれにしても。
(……白の聖女。遮るかのような行動をとる講師……)
ロレッタは気付いていないようだったが、講師の行動は意図的にマリアナを御しているように感じた。それは話を聞き感じただけで事実かどうかは分からないが。
だが彼女への呼び名にしろ、四年前城で出会った時の親族の態度にしろ、彼女を取り巻く環境は明らかにおかしい。
「そういえば噂は本当だったんですか?霊力が高くて優秀だったって。」
何やら話しをしていた中でロレッタがそう口にする。
「霊力は人より高いとは聞きましたが、優秀かどうかは他者からの評価ですので私からはどうとも言えません。ですが」
最もらしいことを言ってマリアナは一度区切る。表情からは何も読み取れなかった。だけど何か。
「私はロレッタが言うような。そんなに良い子ではありませんよ」
(……何か)
「えーお転婆だったんですか?あ、夜抜け出してたりしてたから?」
(……違うだろ)
ラスティは心の中で否定する。彼女からしたら鈍感なロレッタによって濁せるからいいが、俺からしたら聞いていいものなのか逡巡する葛藤に、イライラが増してしまう。
彼女の「良い子」とは何に対してなのだろう。
それに「ありませんよ」とは。「でした」ではなく?
ロレッタの話にも彼女の返答にも違和感がある。少なくとも彼女の母が旅に出る時に見た子どもらしさはここでは感じられなかった。ロレッタが4歳、つまり彼女が8歳になるより前に何かがあったんだ。それが「良い子ではない」という言葉に隠されている気がする。
会話の様子をみた。ノアは話が始まる前に部屋から出て行ったためいないが、ユノはロレッタと共に盛り上がっているし、ドルチェは笑みと、時々挟む言葉を絶やさずに時々こちらを見ている。
ただ当の本人だけは。
(……リア)
会話が次々と続く中、不気味なほどに彼女の表情は変わらなかった。
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