白夜の天-そら-へ導いて

桜月心愛

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プロローグ 交わった黒と白

王にならない王子と笑わない少女

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ーートントン

 ノックの音が耳に届く。

 少年は来客を知らせる声に、お連れしろと短く答えた。

 案内され入って来たのは、教会衣装を纏った男たちと、その一行の中で一際目立つ、大人びた美しい少女。幼い顔立ちなのに子供らしさを感じられない、不思議な雰囲気を纏ったーー

「お初にお目にかかります、ラスティ王子。マリアナ・コールスと申します」

 少年が目を逸らせずにいると、少女は沈黙を破るように自己紹介をした。

 煌びやかに、見えない風に吹かれたように、髪が揺れる。言葉にできない何かを感じた。そんな一瞬の美しさだった。


 その瞬間が、その、時に追い出された一時いっときが、、、

王にならない王子と、
笑わない少女との

出逢いと始まりの時だった。



☆☆☆☆☆



「お初にお目にかかります、ラスティ王子。マリアナ・コールスと申します」

 堅苦しい挨拶。無感情な表情。光のない瞳。
 整った顔で、無機質な精巧人形のような少女を見た時は、正直少しの不気味さを感じた。

 ……珍しい髪色とか、綺麗だとも思ったけれども。

 それでも年相応なのは顔だけで、その佇まいはおよそ12歳の娘とは思えない。

 そんなことを思うのと同時に、この先やって行けるのかという不安が一気に頭をぎり、少々気の毒そうに見てくる彼女の親族に文句をつけたい衝動にさえ駆られた。

 まとめると、彼女の第一印象はあまり良いものではなかった。


「あ、ああ。俺は知っていると思うがグランデア国第二王子ラスティだ。……もう顔を上げていい。」

 少しの間を置いて言った表立った言葉に、少女は素直に従い、言われるまで伏せていた顔を上げた。

 大きな瞳、綺麗な蒼。開いたその蒼は、彼女の色素の薄い髪色によく映えていた。

 そうやって見とれている間も、少女は何も言わず、ただただ真っ直ぐに見据えてきていた。瞬きひとつすらせずに。

(微動だにしないが人形じゃないよな……?さっき動いてたもんな?)

 動揺を表に出さないように、部屋の奥へと彼女を促す。ソファに座るように言うと少女は失礼しますと抑揚のない声で発し、腰を掛けた。

 それとは逆に、彼女の親族らは私たちはこれでと一言口にし、そそくさと応接間を後にする。

 部屋にはラスティと少女、出入口外に沈黙の兵がいるだけで、どこか重い空気で満たされているように感じた。

「……」

 少女は何も話さない。ただ一点を瞬きせず見つめるだけである。
 その姿は絵になるほど美しかったが、部屋隅にある豪華な花の装飾は見てもらえないことに嫉妬して、彼女と仲が良さそうには見えない。

 何から話せばいいのか。こんな微妙な空気を、ましてや表情を伺えない相手にするような話し掛け方を、ラスティはまだ持ち合わせていなかった。


「……何か、いるのか?」

 なんとなく視線が気になって聞いてみる。
 すると一つ瞬きをしながら視線を移した、彼女の蒼い瞳と目が合った。綺麗な、淡い青を含む白い髪が光に反射して揺れる。

「あなたにも見えるのですか?」

 表情にこそ表れないが、声のトーンが少し変わった気がした。会ったばかりなのだから、実際に変わったのかどうかは釈然としないのだが。

「いや、見えない。ただ聖女には見えると聞いたから気になっただけだ。」

「あなたも、人や動物を殺めたことがあるのですか」

 間すら入れずに唇を動かした彼女の質問は、あまりに唐突で衝撃的すぎて、流石に動揺を隠せず、ラスティは表情を歪める。
 初対面の相手に聞く質問にしては、物騒でおかしいもの、だとは思うのだが、

「……」

 しかし彼女の真っ直ぐで見据えてくるような瞳に、ラスティは正直に応えることにする。

「……無い、と言ったら嘘になる。だが好んでやりたいとは思わない。そうは言っても旅を始めれば少なからずそういった場面には会うだろうし、嫌とも言っていられないと思うが。」

 心の中で戸惑いつつ、しかしぼかすことはしなかった。

 少女を見たが、彼女は視線を逸らし、そして目を閉じて言った。

「見えます」

「……は?」

 少し間を入れた言葉に、ラスティは素っ頓狂な声を上げた。……俺には話が見えない。

「たくさんいます。この場にもたくさん。王宮にも主治医のように、聖女が付いていると聞きましたが、今は休んでおられるのですね」

「居る、って霊がか?確かに王族は場合によって恨みを買いやすいが、ここにも居るのか?」

 皮肉めいた言葉に気付いたが、内容が内容なだけに驚いたように問うと、更に初耳の情報を平然と彼女が応える。

「人の霊もいますが、鳥や動物も。私、そういうモノに好かれやすいんです。そのせいかもしれませんが」

 ……頭が追いつかない。鳥?動物?好かれやすい?……彼女は何を言ってるんだ。

 確かに、霊力の高さによって聖女の能力が変わるというのは聞いたことがあった。だが彼女が動物の霊まで見えるというのは今、初めて知った。

 彼女のことに関しては、自分と旅をする相手候補のひとりということ。人と少し違う雰囲気を纏った少女だということ。など、大雑把な情報しか知らない。
 決まり事なのだから、旅相手がどんな人なのか、知ろうとは思わなかったのだ。それに気になっても、知り得る方法が少ない。

 しかし1度だけ、本当に自分が幼かった頃に彼女を見たことがあった。
 その時の彼女は言葉の通り、子供らしかったと記憶しているが。

 頭を整理し、それから、ラスティはもう一つ気になったことを聞いた。

「好かれやすい?」

「聞いていませんか。私、霊力がかなり強いらしいです。だから、コールス家の現当主も私のことを嫌っているのです。見ててお分かりになったでしょう」

 だから親族皆、あんな態度だったのか。当主が嫌っているから、それにならうように皆どこか距離をとっているのだろう。

 だが、なぜ霊力が強いと当主に嫌われるのだろうか?

 この国では霊力を持つことは決して疎まれるようなことではなく、逆に求められ、感謝される存在だ。
 現に王族を護衛につけられるほど、必要不可欠な立場ですらあるのに。

 それとも、他に理由があるのだろうか?

 どちらにしろ、親族にあんな態度を取られている彼女のことが不憫に思えてきた。

 掛ける言葉が分からず黙っていると、沈黙を肯定ととったのか、彼女が話を続ける。

「別に断っていただいても構いません。私一人で十分ですから」

「断るって……」

「私のこと、嫌いになりましたか」

 彼女がまた、突拍子のない事を聞いてくる。会話が噛み合ってないように感じるのも、きっと気のせいではないだろう。

「は?」

「不気味だと思われたでしょう」

「!……」

 第一印象にそう思ってしまったことを素直に打ち明けるように、ラスティはまた沈黙を作ってしまった。それこそ顔には出さないが。

 だが彼女と話をして、そんな考えを持った自分を酷く後悔した。彼女の淡々と自分を語る様子を見て、不気味さより気の毒さが勝ったからだ。

 王族だからと裕福で大事に育てられてきた自分にはわからない。そんな日々を、彼女は過ごしてきたのだろうか。


 ふと肩から落ちた髪を見て、幼き日の少女を思い出す。

 再び旅に出る母に泣きすがっていた少女は溢れる涙を止めることが出来ずに、屋敷のメイドにいさめられていた。

 子供らしく素直な行動に、自分まで、いつか来る誰かとの別れを想像し悲しくなってしまったほどだ。

 だからこそ、今の彼女を見て、本当にこの態度が本来の彼女なのかと疑い、同時にそれだけなのだろうか?と、何かが彼女には欠けている気がしてならなくなった。


「お会いした方、皆さんそう思われます。お気になさらなくてもいいです。本当のことなので」

 表情無しに淋しいことを言う。
 だが先程の親族の様子からすると、彼女にはそれが当たり前で、あまりにも日常的過ぎて、表情に出さないのではなく、本当にそれすら思っていないのだろう。

 そう思うと何故か無性に腹が立った。
 それこそ駄々をこねる子供みたいに、周りのことなんか気にならないくらいに。

「では、私はこれで。王子のお時間を無駄にするわけにはいかなーー」

 ドンっ
   
 マリアナは突然の物音に思わず口を噤む。閉じた目を開け、伏せた顔を上げて、音のした方を見る。

 物音の正体はラスティである。テーブルに手を付き、立ち上がったのだ。

「決めた。」

「……何をですか」

 彼女の声はあまり興味がなさそうに聞こえたが、それでもラスティは答える。

 彼女の親族にも聞かせるかのように、はっきりと。

「俺はお前と旅に出る!」

「……!」

 少女が一瞬目を丸くしたのを俺は見逃さなかった。

 ああ、そうか。

 彼女に感じていた疑問は、この違和感は、きっと彼女の心だ。心からの行動や言語が感じられない。あの時にはあったはずの心からの感情が、今の少女からは感じないのだ。表情がないだけではなく、本当に。

「……」

 そのままテーブル向かいの彼女の近くへ行くと、片足を床に付け、少女と真正面に向かい合う。

 彼女は座ったまま少し後退ったが、ラスティは気にも止めずに片方の手で剣に触れ、決意を込めるように誓いの言葉を口ずさんだ。

「聖女マリアナ、俺は貴女の騎士となり、共に旅をしよう。騎士の名を持ち、またグランデア国第二王子の地位を持って、貴女を守ることを天に誓う。」

 少女に右手を差し出した。そして一言、彼女の戸惑いを無くすために、言葉を口に乗せる。

「マリアナ、一緒に行こう。」

 少女は胸元を握りしめた。
 心做しか手が震えているような気がする。それが恐怖なのか、歓喜なのか、それともまた別のものなのか、会ったばかりのラスティにはまだ分からない。


 少しの間のあと、少女は思っていたよりも冷静に、言葉を返してきた。

「……王子が、お決めになることです。あなたがそれで良いと言うのならば、私に拒否する権利などありません」

 ほっと胸をなで下ろす。聖女側は立場上断ることはできないが、嫌々承諾はさせたくはなかったからだ。

「それは良かった。俺は最初から断るなんて考えはなかったからな。」

 だがそれでも、差し伸べた手に対する返事がこない。まだ心を開いてはいないのだろうか。

「……コールス氏に何か言われたのか?」

 先程嫌われていると言っていた。それを自覚するような出来事があったから、こんなにも頑ななのだろう。それか言われたとしても他言はしたくないのだろうか。

「……」

「言わなくてもいい。今は貴女の意思での答えが聞きたい。一緒に行ってくれるか?」

 少女はまた目を閉じ、沈黙を作る。

 焦る必要はない。旅開始までまだ数ヶ月あるのだから、返事は今じゃなくてもいいのだ。

「無理に今出さなくてもいい。また時間をつくってーー。!」


 細く白いモノが視界に入り、右手に何かが触れる。それを確かめる前に、声が上から降ってきた。

「……はい」

 視線を戻すと、彼女がその視線を受け止める。

 そしてもう一度、はっきりと口にした。

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 状況を把握したラスティはふっと笑い、口元に白いそれを寄せた。そして表情を変えない少女の前で、再び誓いを形に表す。

 そう、少女の手の甲に優しくキスをしたのだった。 
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