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王都断罪編①
白翼の来訪者
突如現れた男の姿に、イリスは反射的に身を強張らせる。
その背の翼を見た瞬間、イリスの表情は訝しさと警戒に染まった。
「………アンタ、何者?」
イリスの問いに、男は少しも動じず、静かに声を返す。
「――“三欠の魔王”よ。身勝手な行動は、控えていただきたい」
男の口から出た“その呼び名”に、イリスの瞳がピクリと揺れる。
男はイリスに背を向けると、騒然とする場の空気をものともせず、静かにリュドミラのもとへと歩み寄った。
「その子に……何をするつもり」
イリスの問いに、男は冷ややかな声で言い捨てた。
「……魔族如きが、この方を気安く口にするな」
視線をリュドミラへと落とした男は、焼け焦げ、丸太に繋がれたその小さな身体をじっと見つめる。
「下等な人間風情が……神の子を、よくもこんな姿に」
男はそっとリュドミラの拘束を解き、優しくその身を抱き上げると、傷だらけの頬にそっと手を当てた。
「――私と共に帰りましょう。熾天使の鐘の音《セラフ・アンジェラス》」
その言葉と同時に、男とリュドミラの周囲を暖かな風が包み込む。
風は優しく、聖なる鈴の音のような微かな響きを漂わせながら、二人をやわらかく抱擁するように渦を巻いた。
そしてその風の中で、焼け爛れたリュドミラの肌がゆっくりと再生し始める。
焦げた衣服が癒え、傷ついた肉が神聖な力に浄化されていく。
「……火傷が、消えていく……。あれは……神聖魔法……」
その異様な光景に、イリスは唇をかすかに噛む。
彼女の目は鋭く男を見つめ、低く呟いた。
「……女神族……か」
神の名を冠する者だけが行使を許された“神聖魔法”。
その奇跡を目の当たりにしたイリスは、驚きと戸惑いを隠せなかった。
温かな風が徐々に収まり、静けさが訪れる。
その中心にいたリュドミラの身体には、もはや焼け跡一つ残っていない。
血も、焦げ跡も、痛々しい傷も。
まるで最初から何もなかったかのように、元の姿を取り戻していた。
「……ケホッ」
リュドミラが小さく咳き込むと、抱きかかえていた男は目を細め、やさしく微笑む。
「お目覚めですね。リュドミラ様」
その声は静かで、どこか懐かしい鐘の音のように響いた。
男はリュドミラが目を開けたのを確認すると、背の白い翼をゆったりと広げ、羽をひとふり揺らす。
「あ、あなたは……?」
目覚めたばかりのリュドミラは、まだ混乱している様子で男の顔を見つめ、そして視線を宙に彷徨わせながら辺りを見回した。
「私は、ある御方の命を受け、リュドミラ様を助けに参りました」
静かに語る男の声には、確固たる使命と敬意が込められていた。
「……私を、助けに?」
「ええ。今、リュドミラ様を失うわけにはいきません。天界で、あの御方がお待ちです」
「て、天界……?」
リュドミラの表情に、混乱と不安が色濃く浮かぶ。
あまりに現実離れした出来事の連続に、言葉を紡ぐことすら難しかった。
「な、何を言ってるんですか……? 天界なんて……」
その時だった。
リュドミラの視線が、イリスの腕に静かに抱かれているファウストの姿に気づいた。
「お、お兄ちゃんっ! は、離してください! お兄ちゃんがっ! お兄ちゃんがそこにいるの!」
リュドミラは男の腕の中でもがき、必死にイリスの腕に抱かれて眠るファウストに手を伸ばそうとする。
「……あぁ、アレのことですか」
リュドミラを抱えたまま、男は静かにファウストを一瞥した。
その目に宿るのは、まるで見る価値すらないとでも言いたげな、冷えきった軽蔑の色。
「アレは我々には不要です。穢れた血を抱える存在など、いずれ天の理を乱すだけ」
「お兄ちゃんっ……! お願い、離してっ!」
白い翼の男に抱えられたリュドミラが、眠るファウストへと手を伸ばし叫ぶ。
その目には涙が浮かび、今にも零れ落ちそうだった。
「お願い……お兄ちゃんのそばにいさせて……!」
しかし男はその願いに一切耳を貸すことなく、冷たい声で静かに言った。
「もう戻ることはできません。リュドミラ様の役割は、あのような者の傍にいることではない」
そう言い残すと、男の背にある白い翼がふわりと大きく広がり、リュドミラを抱えたまま空高く舞い上がった。
「グリエスッ! 後を追って!」
イリスは、眠っているファウストをグリエスの背にそっと乗せると、そのままグリエスと共に空へと駆け上がった。
「……リュドミラッ!」
赤髪をなびかせ、イリスが咆哮と共に飛翔する。
風を切り裂きながらリュドミラたちを追うイリス。
その時、天空にまばゆい光が走り、空の一角が裂けるようにして“門”が現れた。
天界と現世を繋ぐその神聖な門からは、柔らかな光が溢れ出し、リュドミラと男の姿を包み込んでいく。
「あと少しっ……! グリエスッ、もっと速く!」
イリスは歯を食いしばり、グリエスに速度を上げさせる。
今まさにその手が、リュドミラに届こうとした、その瞬間。
門が音もなく閉じ、光もろとも男とリュドミラの姿が掻き消えた。
「……っ!」
虚空を切るように伸ばしたイリスの手は、誰にも触れられず空を掴む。
その瞳に浮かんだのは、どうしようもない喪失と悔しさだった。
「っ……なんで、私じゃ……守れないの……!」
ドラゴンの背で風に揺られながら、イリスは両手で顔を覆い、肩を震わせた。
空にはただ一枚、白い羽がひらりと舞い、やがて静かに落ちていった。
その背の翼を見た瞬間、イリスの表情は訝しさと警戒に染まった。
「………アンタ、何者?」
イリスの問いに、男は少しも動じず、静かに声を返す。
「――“三欠の魔王”よ。身勝手な行動は、控えていただきたい」
男の口から出た“その呼び名”に、イリスの瞳がピクリと揺れる。
男はイリスに背を向けると、騒然とする場の空気をものともせず、静かにリュドミラのもとへと歩み寄った。
「その子に……何をするつもり」
イリスの問いに、男は冷ややかな声で言い捨てた。
「……魔族如きが、この方を気安く口にするな」
視線をリュドミラへと落とした男は、焼け焦げ、丸太に繋がれたその小さな身体をじっと見つめる。
「下等な人間風情が……神の子を、よくもこんな姿に」
男はそっとリュドミラの拘束を解き、優しくその身を抱き上げると、傷だらけの頬にそっと手を当てた。
「――私と共に帰りましょう。熾天使の鐘の音《セラフ・アンジェラス》」
その言葉と同時に、男とリュドミラの周囲を暖かな風が包み込む。
風は優しく、聖なる鈴の音のような微かな響きを漂わせながら、二人をやわらかく抱擁するように渦を巻いた。
そしてその風の中で、焼け爛れたリュドミラの肌がゆっくりと再生し始める。
焦げた衣服が癒え、傷ついた肉が神聖な力に浄化されていく。
「……火傷が、消えていく……。あれは……神聖魔法……」
その異様な光景に、イリスは唇をかすかに噛む。
彼女の目は鋭く男を見つめ、低く呟いた。
「……女神族……か」
神の名を冠する者だけが行使を許された“神聖魔法”。
その奇跡を目の当たりにしたイリスは、驚きと戸惑いを隠せなかった。
温かな風が徐々に収まり、静けさが訪れる。
その中心にいたリュドミラの身体には、もはや焼け跡一つ残っていない。
血も、焦げ跡も、痛々しい傷も。
まるで最初から何もなかったかのように、元の姿を取り戻していた。
「……ケホッ」
リュドミラが小さく咳き込むと、抱きかかえていた男は目を細め、やさしく微笑む。
「お目覚めですね。リュドミラ様」
その声は静かで、どこか懐かしい鐘の音のように響いた。
男はリュドミラが目を開けたのを確認すると、背の白い翼をゆったりと広げ、羽をひとふり揺らす。
「あ、あなたは……?」
目覚めたばかりのリュドミラは、まだ混乱している様子で男の顔を見つめ、そして視線を宙に彷徨わせながら辺りを見回した。
「私は、ある御方の命を受け、リュドミラ様を助けに参りました」
静かに語る男の声には、確固たる使命と敬意が込められていた。
「……私を、助けに?」
「ええ。今、リュドミラ様を失うわけにはいきません。天界で、あの御方がお待ちです」
「て、天界……?」
リュドミラの表情に、混乱と不安が色濃く浮かぶ。
あまりに現実離れした出来事の連続に、言葉を紡ぐことすら難しかった。
「な、何を言ってるんですか……? 天界なんて……」
その時だった。
リュドミラの視線が、イリスの腕に静かに抱かれているファウストの姿に気づいた。
「お、お兄ちゃんっ! は、離してください! お兄ちゃんがっ! お兄ちゃんがそこにいるの!」
リュドミラは男の腕の中でもがき、必死にイリスの腕に抱かれて眠るファウストに手を伸ばそうとする。
「……あぁ、アレのことですか」
リュドミラを抱えたまま、男は静かにファウストを一瞥した。
その目に宿るのは、まるで見る価値すらないとでも言いたげな、冷えきった軽蔑の色。
「アレは我々には不要です。穢れた血を抱える存在など、いずれ天の理を乱すだけ」
「お兄ちゃんっ……! お願い、離してっ!」
白い翼の男に抱えられたリュドミラが、眠るファウストへと手を伸ばし叫ぶ。
その目には涙が浮かび、今にも零れ落ちそうだった。
「お願い……お兄ちゃんのそばにいさせて……!」
しかし男はその願いに一切耳を貸すことなく、冷たい声で静かに言った。
「もう戻ることはできません。リュドミラ様の役割は、あのような者の傍にいることではない」
そう言い残すと、男の背にある白い翼がふわりと大きく広がり、リュドミラを抱えたまま空高く舞い上がった。
「グリエスッ! 後を追って!」
イリスは、眠っているファウストをグリエスの背にそっと乗せると、そのままグリエスと共に空へと駆け上がった。
「……リュドミラッ!」
赤髪をなびかせ、イリスが咆哮と共に飛翔する。
風を切り裂きながらリュドミラたちを追うイリス。
その時、天空にまばゆい光が走り、空の一角が裂けるようにして“門”が現れた。
天界と現世を繋ぐその神聖な門からは、柔らかな光が溢れ出し、リュドミラと男の姿を包み込んでいく。
「あと少しっ……! グリエスッ、もっと速く!」
イリスは歯を食いしばり、グリエスに速度を上げさせる。
今まさにその手が、リュドミラに届こうとした、その瞬間。
門が音もなく閉じ、光もろとも男とリュドミラの姿が掻き消えた。
「……っ!」
虚空を切るように伸ばしたイリスの手は、誰にも触れられず空を掴む。
その瞳に浮かんだのは、どうしようもない喪失と悔しさだった。
「っ……なんで、私じゃ……守れないの……!」
ドラゴンの背で風に揺られながら、イリスは両手で顔を覆い、肩を震わせた。
空にはただ一枚、白い羽がひらりと舞い、やがて静かに落ちていった。
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