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王都断罪編①
モノ好きアレク
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「やめろ…………ッ!」
ファウストは全身を震わせ、抱きついてくる“妹の姿”を強く突き飛ばす。
そして、胸の奥から込み上げる激情に駆られるように、呪文を唱えた――。
「ゲート、宝物庫。ヴァルグリムッ!」
ファウストが低く呪文を唱えると、空気が濁りはじめ、黒い霧がその場に湧き上がった。
霧の中で何かが蠢き、やがて鉄製の重厚な扉がひとつ、ひんやりとした存在感を伴って現れる。
ファウストは無言で手を翳した。
ギギギギィッ―――。
錆びた軋む音が一帯に響き、扉がゆっくりと開く。
内部からは禍々しい光が漏れ、ファウストはその影の中から一本の魔剣を引き抜いた。
剣身は黒曜のように深く、刃の周囲からは不穏な気配がうごめいている。
黒い剣身が空気を切り裂いた瞬間、店内にいた客たちの肌が一斉に粟立った。
誰もが息を呑み、思わず後ずさる。
その剣に触れただけで魂を削られるような錯覚を覚え、視線を向けることすら恐ろしい。
ざわめきは広がり、数人のインキュバスは本能的に距離を取った。
「お前っ! 魔剣を取り出すなんて卑怯じゃねぇか!」
「イリスには許可を取ってある。宝物庫のものは好きにしていいってな」
ファウストは剣を握り、最終警告を告げるかのように剣先をアレクへと向けた。
剣先に映るのは、氷のように冷えた決意。
「さっさとその変身魔法を解け。これ以上その姿でおかしなことをするなら――その大事な顔を斬り落とす」
「なんでそんなに怒ってんだよ! わかったっ、わかったから、元の姿に戻るってば……」
アレクの声は急にか細くなり、しぶしぶ手をひらつかせる。
だが、その動きに店内の空気はまだ震えていた。
「ったく……これでいいだろ?」
アレクは深くため息をつきながら、渋々と元の姿へ戻した。
「……次は無いからな」
ファウストの声音は低く、剣先はまだ揺るがない。
その冷たい眼差しに射抜かれ、アレクは苦笑を浮かべながら一歩、二歩と後ずさった。
黒い魔剣が放つ禍々しい気配に、部屋の空気はしばし張り詰めたまま。
やがてファウストは静かに剣を下ろし、霧の中の扉へと収めていった。
ファウストに執拗に迫るこの男――アレク。
この繁華街をローザと共に取り仕切る、インキュバス族の長である。
通常、サキュバスやインキュバスは「自分が気に入った精気」を狙い、その味を貪るものだが、アレクは違った。
好みなど一切関係なく、ありとあらゆる精気を集めては喜ぶ。
いわば“精気コレクター”であり、その偏執的な収集癖から『モノ好きアレク』などと揶揄されている。
そんな彼にとって、元大英雄ファウストの精気は垂涎の的だった。
どんな味がするのか。
その興味を抑えきれるはずがない。
喉から手が出るほど欲していたアレクは、ファウストの周囲を常に嗅ぎ回り、今のように「少しでもいいから」と縋りつくのが日常茶飯事となっていた。
これまでに数々の迷惑を被ってきたファウストの我慢も、とうに限界に達していた。
だが、相手は繁華街の長を務めるインキュバスの頂点。
そう易々と排除することもできず、鬱憤を抱え続けていたのである。
店内の客たちは、好奇心に駆られて騒動の中心へと群がり始めていた。
「おい見ろ、あの剣……!」
「魔王の宝物庫から出されたって噂の……」
「本物の英雄はやっぱり格が違うな」
野次馬の輪は狭まり、熱気と冷気が入り混じり、空気は一触即発の緊張に包まれていく。
そのとき。
「……店の中で揉めるなんて、営業妨害で訴えてもいいのよ?」
低く艶のある声が割って入り、場の熱を一瞬で冷ました。
振り返れば、飽きれ顔のローザが腰に手を当てて立っていた。
彼女が姿を現すと同時に、場にいたサキュバスたちが一斉に背筋を伸ばす。
インキュバスたちも思わず視線を逸らし、空気が一段落ち着く。
艶やかでありながらも容赦のない支配力。
繁華街が彼女の掌の上にあることを、誰もが思い出す瞬間だった。
ローザの登場に、アレクは面倒くさそうに眉をしかめる。
「アレク。大通りの一部の店の売上が落ちてる件。見直せって言ったわよね? 確か今日、その報告を聞けるはずだったと思うんだけど?」
「……あ。やべ」
肩をすくめるアレクに、周囲のサキュバスたちからくすくすと笑いが漏れる。
「ファウスト」
今度はローザがファウストへ視線を向けた。
「依頼されていた薬、出来てるわよ。子供の相手なんてしていられないから……早く主人を連れて帰ってちょうだい」
「……あぁ。今回も急な依頼をして悪かった」
「本当よ。この魔界で、急な調薬で私を振り回せるのは、アナタだけなんだから」
ファウストは受け取った小瓶を手に取り、薬代を支払おうと腰の袋に手を伸ばす。
だが、その手をローザがすっと制した。
「今回の支払いは要らないわ。その代わり、次に私がアナタにお願いしたことは、絶対に受けてもらう」
「…………それは、絶対にか?」
「えぇ。絶対によ」
ファウストには、それが厄介ごとに違いないと分かっていた。
しかし今回の騒ぎでローザに迷惑をかけたのも事実。
「分かった」
「近いうちにお城にお邪魔するわ」
借りを作ったまま背を向けることはできず、渋々頷くしかなかった。
そうしてファウストはイリスを連れ、騒がしい繁華街を後にした。
ファウストは全身を震わせ、抱きついてくる“妹の姿”を強く突き飛ばす。
そして、胸の奥から込み上げる激情に駆られるように、呪文を唱えた――。
「ゲート、宝物庫。ヴァルグリムッ!」
ファウストが低く呪文を唱えると、空気が濁りはじめ、黒い霧がその場に湧き上がった。
霧の中で何かが蠢き、やがて鉄製の重厚な扉がひとつ、ひんやりとした存在感を伴って現れる。
ファウストは無言で手を翳した。
ギギギギィッ―――。
錆びた軋む音が一帯に響き、扉がゆっくりと開く。
内部からは禍々しい光が漏れ、ファウストはその影の中から一本の魔剣を引き抜いた。
剣身は黒曜のように深く、刃の周囲からは不穏な気配がうごめいている。
黒い剣身が空気を切り裂いた瞬間、店内にいた客たちの肌が一斉に粟立った。
誰もが息を呑み、思わず後ずさる。
その剣に触れただけで魂を削られるような錯覚を覚え、視線を向けることすら恐ろしい。
ざわめきは広がり、数人のインキュバスは本能的に距離を取った。
「お前っ! 魔剣を取り出すなんて卑怯じゃねぇか!」
「イリスには許可を取ってある。宝物庫のものは好きにしていいってな」
ファウストは剣を握り、最終警告を告げるかのように剣先をアレクへと向けた。
剣先に映るのは、氷のように冷えた決意。
「さっさとその変身魔法を解け。これ以上その姿でおかしなことをするなら――その大事な顔を斬り落とす」
「なんでそんなに怒ってんだよ! わかったっ、わかったから、元の姿に戻るってば……」
アレクの声は急にか細くなり、しぶしぶ手をひらつかせる。
だが、その動きに店内の空気はまだ震えていた。
「ったく……これでいいだろ?」
アレクは深くため息をつきながら、渋々と元の姿へ戻した。
「……次は無いからな」
ファウストの声音は低く、剣先はまだ揺るがない。
その冷たい眼差しに射抜かれ、アレクは苦笑を浮かべながら一歩、二歩と後ずさった。
黒い魔剣が放つ禍々しい気配に、部屋の空気はしばし張り詰めたまま。
やがてファウストは静かに剣を下ろし、霧の中の扉へと収めていった。
ファウストに執拗に迫るこの男――アレク。
この繁華街をローザと共に取り仕切る、インキュバス族の長である。
通常、サキュバスやインキュバスは「自分が気に入った精気」を狙い、その味を貪るものだが、アレクは違った。
好みなど一切関係なく、ありとあらゆる精気を集めては喜ぶ。
いわば“精気コレクター”であり、その偏執的な収集癖から『モノ好きアレク』などと揶揄されている。
そんな彼にとって、元大英雄ファウストの精気は垂涎の的だった。
どんな味がするのか。
その興味を抑えきれるはずがない。
喉から手が出るほど欲していたアレクは、ファウストの周囲を常に嗅ぎ回り、今のように「少しでもいいから」と縋りつくのが日常茶飯事となっていた。
これまでに数々の迷惑を被ってきたファウストの我慢も、とうに限界に達していた。
だが、相手は繁華街の長を務めるインキュバスの頂点。
そう易々と排除することもできず、鬱憤を抱え続けていたのである。
店内の客たちは、好奇心に駆られて騒動の中心へと群がり始めていた。
「おい見ろ、あの剣……!」
「魔王の宝物庫から出されたって噂の……」
「本物の英雄はやっぱり格が違うな」
野次馬の輪は狭まり、熱気と冷気が入り混じり、空気は一触即発の緊張に包まれていく。
そのとき。
「……店の中で揉めるなんて、営業妨害で訴えてもいいのよ?」
低く艶のある声が割って入り、場の熱を一瞬で冷ました。
振り返れば、飽きれ顔のローザが腰に手を当てて立っていた。
彼女が姿を現すと同時に、場にいたサキュバスたちが一斉に背筋を伸ばす。
インキュバスたちも思わず視線を逸らし、空気が一段落ち着く。
艶やかでありながらも容赦のない支配力。
繁華街が彼女の掌の上にあることを、誰もが思い出す瞬間だった。
ローザの登場に、アレクは面倒くさそうに眉をしかめる。
「アレク。大通りの一部の店の売上が落ちてる件。見直せって言ったわよね? 確か今日、その報告を聞けるはずだったと思うんだけど?」
「……あ。やべ」
肩をすくめるアレクに、周囲のサキュバスたちからくすくすと笑いが漏れる。
「ファウスト」
今度はローザがファウストへ視線を向けた。
「依頼されていた薬、出来てるわよ。子供の相手なんてしていられないから……早く主人を連れて帰ってちょうだい」
「……あぁ。今回も急な依頼をして悪かった」
「本当よ。この魔界で、急な調薬で私を振り回せるのは、アナタだけなんだから」
ファウストは受け取った小瓶を手に取り、薬代を支払おうと腰の袋に手を伸ばす。
だが、その手をローザがすっと制した。
「今回の支払いは要らないわ。その代わり、次に私がアナタにお願いしたことは、絶対に受けてもらう」
「…………それは、絶対にか?」
「えぇ。絶対によ」
ファウストには、それが厄介ごとに違いないと分かっていた。
しかし今回の騒ぎでローザに迷惑をかけたのも事実。
「分かった」
「近いうちにお城にお邪魔するわ」
借りを作ったまま背を向けることはできず、渋々頷くしかなかった。
そうしてファウストはイリスを連れ、騒がしい繁華街を後にした。
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