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プロローグ

「大胆に結論しようではないか。人間は機械である」 ド・ラ・メトリ

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「大胆に結論しようではないか。人間は機械である」

                           ド・ラ・メトリ







 プロローグ



 リンダは、警察の取り調べに素直に応じている。

 弁護士は国選弁護人が選ばれた。人間であれば、精神鑑定が行われるところだが、リンダには適用されない。リンダには、医師ではなく、工学博士が判断を下すこととなった。  

 責任能力の有無をどのように判断するかがポイントとなる。

「リンダ、本当に君が彼を殺したのか?」

 鑑定した工学博士によれば、リンダは有罪になる可能性が高いという。

 なぜならば「アンドロイドは嘘をつかない」ように設計されているからだ。

「アンドロイドは嘘をつけない」のだ。

 それにも関わらず、リンダは自らの意志で人を殺めたことになる。

 なぜ、このようなことが起きてしまったのか?単なる誤作動なのか?アンドロイドが自らの意志で行動したのか?

 旧時代の偉大なる小説家アイザック・アシモフのロボット三原則はロボット工学において、あまりに有名だ。アンドロイドを製造する上での厳格な法律の根底にロボット三原則があるのは間違いない。

 世界共通のアンドロイド製造のルールでは、「アンドロイドは人間に危害を加えてはならず、またその危険を看過することによって、人間に危害を及ぼさないように設計すること。人間からあたえられた命令に絶対服従するように設計しなければならない」など細かく定められている。

 人工知能の急速な発展により、人類は人間に近いアンドロイドを完成させた。人間にできることは、アンドロイドが簡単に行い、人間にできないこともアンドロイドは十分にこなした。アンドロイドが世の中に普及していくのは必然であった。

 リンダのようなアンドロイドが社会進出する前は、「不気味の谷」という現象が出現したという。アンドロイドが人に近付けば近づくほど、人間が抱く親近感は高まっていく。ところが、ついには人間と見分けがつかなくなるほど近くなると、親近感が急降下するのだ。しかし、社会がアンドロイドを必要とし、普及が進むにつれて、そのような問題は飛躍的に解消された。人型のロボット、人間と共存するアンドロイドが増えたのだ。アンドロイドに関係する学問領域も広がっていった。「アンドロイド心理学」「アンドロイド社会学」「アンドロイド工学」「アンドロイド法学」などあらゆる分野でアンドロイドを研究対象とした学問が派生していった。

 大学では、アンドロイドに関する研究が進み、今や社会の一員と言える存在にまでアンドロイドは進化した。今回このような事件が起きてしまったのはようやく市民権を得ようかという時であった。

 連日、リンダに関する報道は過熱している。人型アンドロイド廃絶を求める団体の抗議も日に日に強さを増している。

「所詮、アンドロイドは機械だ。人工知能が高度に発達したと言ったって、誤作動は発生する。人間とは違うのだ」

「いくら人間と同じ様に生活させても、現実世界は例外や偶然に満ちている。アンドロイドが完全にこの世界に対応できるはずがない」

「まだまだアンドロイドの思考回路はブラックボックスだ」

「我々はアンドロイドを知悉したように思い込んでいるだけだ。そもそも我々は人間すら理解できていないのだから、人間のまがいものであるアンドロイドならなおさらだ」

 科学者たちは、人間とは何かを知るためにアンドロイドを作ってきた。人間とアンドロイドの境界はどこにあるのだろうか。ある科学者は言った。

「人間とアンドロイドには明確な境界はない」

 もはや、その段階まで来ている。リンダは人間と同様、警察に捕まった。これからは裁判にもかけられる。おそらく、リンダは初めて裁かれるアンドロイドになるだろう。

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