8 / 19
8.涙
しおりを挟む
玄関口まで来ると、文恵さんも仕事が終わって帰ってきていることがわかった。掃除機をかけている。
文恵さんは毎日掃除機をかける。ストレスを発散するかのように、必ず掃除機をかける。
私は少し大きな声で「ただいま」と言う。
「一人で大丈夫だった?」
文恵さんは心配そうに訊ねる。
「リハビリ、リハビリ」
借りてきたCDをテーブルに置く。
「そういえば、さっき先ちゃんから連絡来た。お見舞いに来たいって」
よかったね、と文恵さんが微笑む。
「歩も嬉しいでしょ」
「何かお茶菓子用意しないとね」
「家族や医者以外と会うのは、いつ以来だろうね。世の中は、別に一人いなくても、変わりなく回っていくんだよなあ」
文恵さんは掃除機を持ったまま、黙ってきいている。
小腹が空いたので、キッチンからカップ麺を持ってくる。ウォーターサーバーのお湯をカップ麺に注ぐ。
「あつっぅ」という言葉と共に、カップ麺がまるごと床に飛び散る。
掃除機を片付けた文恵さんが急いで駆けつける。
「大丈夫?私に言ってくれたらいいのに」
文恵さんは黙々とカップ麺の残骸を片付ける。
キッチンの水道水で手を冷やしていると、何だか涙が出てきた。これは一体何の涙だ。自分でもよくわからないけど、涙が出てくる。
その日は寝付けなかった。唯一、睡眠だけが、安住のときだった。睡眠時だけは、脳が右を向けという指令をやめる。したがって、眠りについていないと、いくら横になっても、頭は右にひっぱられる。
不規則に左右に寝返りを打ちながら、私は呻く。
文恵さんは、仕事で疲れてるのだろう。熟睡中だ。むしろ、しっかり寝てくれた方が私も気が楽だ。私は明日も明後日も、ずっと寝坊できるのだ。文恵さんに体調を崩されたら本当に困る。今や文恵さんは一家の大黒柱で、松坂家の家計を支えている。情けない。ずっとこのまま病気が治らなかったら、一体どうすればいいのだろうか。急に焦燥感に駆られる。
リビングへ行き、今日借りてきたCDを流す。ラジカセから音楽が流れてくる。ジャズなんて聴いたこともないのに、なぜ借りたんだろうか。
私はまた泣いた。やがて嗚咽に変わっていた。
文恵さんは毎日掃除機をかける。ストレスを発散するかのように、必ず掃除機をかける。
私は少し大きな声で「ただいま」と言う。
「一人で大丈夫だった?」
文恵さんは心配そうに訊ねる。
「リハビリ、リハビリ」
借りてきたCDをテーブルに置く。
「そういえば、さっき先ちゃんから連絡来た。お見舞いに来たいって」
よかったね、と文恵さんが微笑む。
「歩も嬉しいでしょ」
「何かお茶菓子用意しないとね」
「家族や医者以外と会うのは、いつ以来だろうね。世の中は、別に一人いなくても、変わりなく回っていくんだよなあ」
文恵さんは掃除機を持ったまま、黙ってきいている。
小腹が空いたので、キッチンからカップ麺を持ってくる。ウォーターサーバーのお湯をカップ麺に注ぐ。
「あつっぅ」という言葉と共に、カップ麺がまるごと床に飛び散る。
掃除機を片付けた文恵さんが急いで駆けつける。
「大丈夫?私に言ってくれたらいいのに」
文恵さんは黙々とカップ麺の残骸を片付ける。
キッチンの水道水で手を冷やしていると、何だか涙が出てきた。これは一体何の涙だ。自分でもよくわからないけど、涙が出てくる。
その日は寝付けなかった。唯一、睡眠だけが、安住のときだった。睡眠時だけは、脳が右を向けという指令をやめる。したがって、眠りについていないと、いくら横になっても、頭は右にひっぱられる。
不規則に左右に寝返りを打ちながら、私は呻く。
文恵さんは、仕事で疲れてるのだろう。熟睡中だ。むしろ、しっかり寝てくれた方が私も気が楽だ。私は明日も明後日も、ずっと寝坊できるのだ。文恵さんに体調を崩されたら本当に困る。今や文恵さんは一家の大黒柱で、松坂家の家計を支えている。情けない。ずっとこのまま病気が治らなかったら、一体どうすればいいのだろうか。急に焦燥感に駆られる。
リビングへ行き、今日借りてきたCDを流す。ラジカセから音楽が流れてくる。ジャズなんて聴いたこともないのに、なぜ借りたんだろうか。
私はまた泣いた。やがて嗚咽に変わっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる