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重い事実

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無言が緊張を高めていく。
ドキドキしながら日下さんの回答を待つ時間がものすごく長く感じられた。

ママが日下さんの前にグラスを差し出す。
カウンターの奥へ下がった頃合いで、日下さんの口が開いた。

「……いいよ」

やった、嬉しいと思った。
けれどすぐに次の言葉が紡がれる。

「でも悪いけど俺は誰とも付き合う気はないから」

高まった気持ちが一瞬にして突き落とされ、ずきりと胸が痛んだ。飄々とした態度の日下さんはグラスに視線を落とす。氷がカランと小さな音を立てた。

「じゃあどうして私のこと、その、……抱いてくださったんですか。慰めですか?性欲の捌け口ですか?」

「ただの気まぐれ。悪かったよ。俺は最低な男だから」

視線をグラスに落としたまま、日下さんは淡々と述べる。
日下さんに優しくされた思い出が走馬灯のようによみがえり、悔しくて唇を噛みしめた。
私は目の前のお酒をぐっと飲み干し気合いを入れる。

「私はセフレになるつもりはありません」

「別に望んでないよ」

「私は絶対に日下さんを笑わせます。そして絶対に振り向かせてみせます」

「いや、だから……」

物言いたげな日下さんに、私は宣戦布告かのごとくビシッと指を突きつけた。

「覚悟してくださいね!」

「……」

「ママ、おかわりっ。日下さんの分も」

ママにおかわりを頼み、日下さんにも飲んでと促す。

「はい、じゃあ乾杯!」

日下さんのグラスに強引にカチンとぶつけると、私はガバガバとお酒を煽った。半ばやけくそだったけれど、妙にすっきりした気分でもあった。
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