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日下の記憶

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悶々とした日々の中、また金木犀で彼女の姿を見た。わめきながら何かママに愚痴っているようだ。

離れて座ろうとしたところを、ママに手招きされて初めて彼女の隣に座った。

「ああ、彼女ね、彼氏にフラれちゃったんだって。暁ちゃん慰めてあげてよ」

面倒くさいことを振ってくるママに俺は顔をしかめた。

「日下さん?!」

彼女は俺を見るとすっとんきょうな声を出し、同時に椅子から転げ落ちた。
途端に走馬灯のようによみがえる思い出がある。

──ここいいですか?
──あ、はいどうぞ。ひえっ!日下くん!

俺を見るなり驚いた顔で椅子から転げ落ちた香苗。あの時とそっくりな状況が目の前で繰り広げられている。

同じシチュエーションが信じられなかった。

彼女は香苗なんじゃないか。
そんなわけあるはずないのに、一瞬過った。
そしてそのまま告白される。

「日下さん好きです!」

──日下くん、好きです

香苗の姿がダブって見える。

何でだよ。
そんなところまで一緒にしなくてもいいだろ。

香苗への想いが溢れそうになった。
この子は香苗じゃないんだよ。
わかっているけど香苗の面影がちらつく。

「芽生」

名前を呼ぶと動揺して顔が赤くなった。

「俺と寝てみる?」

これは酔っているせいだ。
酔っているから思考がおかしいんだ。

芽生に香苗を重ねてしまう。
芽生を抱いたら、香苗が戻ってくるんじゃないか、そんな幻想まで抱いてしまう。
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