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日下の記憶

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俺は最低な男だ。

芽生に罪悪感を抱きながらも、俺の存在意義を与えてくれる芽生を再び抱いた。芽生が俺を受け入れてくれることで俺の虚無感は緩む。芽生の好意を利用したのだ。

だからだろうか、芽生は何も言わない俺に不信感を抱いたのだろう。

「私は日下さんが好きですけど、だからといって不倫はしたくありません。奥様を大事にしてください。もう絶対流されません」

涙を堪えた芽生の顔が頭に張りついて忘れられない。
俺は何をしているんだろう。
何をしたいんだろう。

結婚指輪をはめることで会社での自分の立場を明確にしてきた。俺は結婚しているから余計な誘いはお断りだ。家庭があるから飲み会などイベント事を欠席したって仕方がないねで済まされる。

その反面、家に帰るとどうしようもない虚無感に襲われてどうにかして香苗との想いを断ち切ろうとした。指輪を見ると嫌でも香苗を思い出す。だから家では指輪を外す。

完全に内と外での感情を切り分けた。
こんな生活をもう一年も続けている。
いい加減、矛盾した自分の態度に辟易する。

そして芽生を傷つけた。

もう、彼女には関わらない方がいい。
それが芽生のためだろう。

そう決意した矢先のことだった。芽生に金木犀へ行こうと誘われたのだ。正直、咎められるんだろうなと思った。
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