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20巻
20-3
「そう。君のことも剣術の才能があると、いつも褒めているよ。忠義に篤い性格だとも」
忠義に篤いと言われ、カイルは嬉しそうな顔をした。
それに反して眉を顰めたのは、デュラント先輩だ。
「セオドア兄様。前にフィル君と話したって……。フィル君たちにいったい何を話しているの?」
その声のトーンの低さに、セオドア殿下はしまったという顔をする。
「グレスハートに行った時、ちょっとライオネルの話になっただけだよ。ライオネルだって、フィル君たちのことを話題にしていたんだから、おあいこだろう?」
「それはそうだけど……」
そう言いながら、デュラント先輩はチラッと俺たちを見る。
デュラント先輩の、こんな気恥ずかしそうな表情は見たことがない。
いつもクールに見える彼が、なんか可愛いぞ。
珍しく思ってジッと見つめ返すと、デュラント先輩は小さく咳払いした。
「お祖母様、立ち話もなんですから座って話しませんか?」
あ、話をそらした。
テレーゼ女王陛下は孫の意図を察したのか、クスクス笑う。
「そうね。まずは座って、お茶を飲みながらお話をしましょう」
セオドア殿下に促されて、奥からカイル、俺、マクベアー先輩の順で長椅子につく。
対面する長椅子には、真ん中にテレーズ女王陛下が、右隣にマイラス皇太子とアンヌ皇太子妃、左隣にセオドア殿下とイグナシス殿下が腰掛けた。
もう一人座れそうだったけれど、デュラント先輩はマクベアー先輩の隣に座る。
皆が着席すると、マイラス皇太子がベルを鳴らした。
それを合図に、給仕のメイドが入ってきて、テーブルにお茶の準備を始めた。
待つ間、俺は改めて部屋の中を見回す。
ステア王家の家族の間は、暖炉があるほうの壁以外は全て本棚になっていた。
窓は長方形のものが、暖炉側の壁の足下に四つあるだけ。
だからか、昼間だというのに、部屋の中はランプがいくつも灯っている。
グレスハートの図書室の窓が、こんな感じだったなぁ。
太陽の光で、本を傷めないための工夫だと思われる。
新しいデザインの本もあるけど、古い装丁の本もあるもんね。
天井近くにある金色の縁の分厚い本なんか、特に古くて貴重そうだ。
王城の中には図書室がいくつもあるとか、女王陛下の執務室にも書庫があるとか聞いていたけど、家族の間もほぼ図書室だよね。
さすが学問の国と呼ばれる、ステア王国の王室だ。
俺が感心しているうちに、準備が整ったらしい。
メイドさんたちが部屋を退出して、俺たちだけになった。
テレーズ女王陛下はこちらに向かって微笑む。
「まずは、お茶とお菓子をどうぞ召し上がって」
ちょうど喉が渇いていたところだったんだよね。
「「「ありがとうございます」」」
俺とカイルとマクベアー先輩は、お礼を言ってお茶をいただく。
夏のハーブティーには、フレッシュミントが入っていることが多い。このお茶もそうだった。
フレッシュミントは乾燥しているミントより、主張が強くなくて好きだ。
喉にちょうどいい清涼感を感じる。
喉が潤ったところで、焼き菓子を摘まんでみる。
これは、ステア王国伝統のお菓子。
ポルポルという名前の、一口サイズのキューブ状のクッキーだ。
ナッツとドライフルーツと砕いた押し麦などが入っている。
寝食を惜しんで研究に没頭する研究者たちが、手軽に食べられる栄養のあるお菓子として流行ったものらしい。
言わば、栄養補助食品である。
甘くて食べ応えがあって、とても美味しい。これで栄養も補えるのって便利だよね。
まぁ、開発された経緯を考えると、ちょっと研究者さんたちの食生活が心配になっちゃうけど。
補うだけならいいけど、中にはこれだけって人もいるらしいもんなぁ。
研究で忙しいだろうが、できればいろんなものをバランスよく食べてほしい。
すると、マイラス皇太子が俺とカイルを見つめ、微笑んでいることに気がついた。
俺は咀嚼していたポルポルを、ゴクンと呑み込む。
あたたかな眼差しではあるが、どうしてそんなに見てくるんだろう。
アンヌ皇太子妃もそれに気づいたようで、優しく夫を窘める。
「殿下、そう見つめられては、お茶が飲みにくいですわ」
その言葉に、マイラス皇太子はハッとした。
「あぁ、すまない。対抗戦の選手として活躍していた君たちが、グレスハートのフィル殿下とその従者なのかと思ってね。以前君たちと挨拶した時は知らなかったから、今回本当に驚いたんだよ」
そう言って、感心した様子で俺たちを見つめてくる。
今回、アルメテロス探索の件を王家の皆さんに説明する時、俺たちの事情は事前に伝えていた。
俺がグレスハートの第三王子であることや、精霊のヒスイと召喚契約をしていること、カイルが俺の従者で獣人であることを、だ。
どこまで話すかは、ちょっと迷ったけど。
俺がグレスハートの王子であることをテレーズ女王陛下はすでにご存じだったし、第三王子の従者が獣人であるという話は他国に知られていることだ。
それに、アルメテロスのいた扉は精霊でなければ開けられないのは、ステア王家の人間は皆知っている。だから、ヒスイの説明は避けられない。
そこで、これらのことをすべて話してしまおうと思ったのだ。
そうかぁ。前回マイラス皇太子にお会いした時、もしかして俺の素性を知っているのかなと思ってビクビクしていたのだが、あの時はまだ知らなかったのか。
「陛下も教えてくださればよかったのに……」
マイラス皇太子が小さく息を吐くと、テレーズ女王陛下はいたずらっぽく笑う。
「グレスハートのマティアス国王から、『普通の生徒のように静かに過ごさせてあげてほしい』という希望があってね。事情を知る人間は、極力少ないほうがいいと思ったのよ」
父さんは入学する前から、テレーズ女王陛下に俺やカイルのことについて、手紙で伝えてくれていたらしいもんなぁ。
ありがとう。父さん。
俺は頭に父さんを思い浮かべ、感謝する。
すると、隣に座るマクベアー先輩が覗き込んできた。
「普通の生徒として過ごす……か。グレスハート国王陛下の願い、いつか叶えてあげられるといいな。フィル」
ポンと肩を叩かれ、俺は目を大きく見開く。
「え! もう叶えていませんか!?」
普通の生徒として過ごしてきたつもりなんだけど!
俺の反応に、マクベアー先輩とデュラント先輩は困り顔で顔を見合わせた。
「フィルは何かと注目されているしなぁ。一般的な普通の生徒とは違うような気がする」
「全てにおいて能力値が高いから、私をはじめ、皆から頼られているしね」
その言葉に、セオドア殿下はしみじみと呟く。
「アルフォンス先輩とは違った意味で、フィル君は目立つよねぇ」
そりゃあ、学校内で頼まれごとをしたり、面倒ごとに巻き込まれたりはしている。
そのせいで目立つ時があることも認める。
だけど、それ以外は大人しく過ごしているよ?
アルフォンス兄さんとは、比べられるまでもないはず。
俺の心の声を読んだかのように、カイルが顔を寄せ、真剣な顔で言う。
「フィル様。一瞬の、平穏では、叶ったことにはならないんですよ」
ひとつひとつ言葉を句切って、言い聞かせるように言わなくても。
そんな俺たちの会話が聞こえたらしいテレーズ女王は、クスクスと笑う。
……女王陛下に笑われてしまった。
小さくショックを受ける俺に、テレーズ女王陛下は気がついたようだ。
「あぁ、笑ってごめんなさい。入学する前のお手紙で、マティアス国王から『規格外なことをする子だから、あまり驚かないでください』と書いてあったのを思い出してしまってね」
父さん、さっきした感謝を、撤回してもいいだろうか。
そんなことまで、テレーズ女王陛下に伝えなくていいじゃないかぁ。
「あの時は驚いてしまったものだけど。心配するのも当然なのかもしれないわね。最年少で対抗戦のメンバーになったり、コタツやカレーを開発したり、本当にびっくりすることが多かったもの。マティアス王の言葉に嘘はなかったと、納得してしまったくらいよ」
テレーズ女王は口元に手を添えて、優雅に笑う。
……納得してしまわれましたか。
俺、そんなに規格外なことしているかなぁ。
しょんぼりしていると、マクベアー先輩が大きな手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「フィルといると驚かされる時も多いが、何が起こるかわからないから面白いぞ。はっはっは!」
快活に笑うマクベアー先輩の言葉に、デュラント先輩も微笑んで同意する。
「確かに、そうだね。フィル君のおかげで、学生生活は素晴らしい思い出ばかりだ。寮の沐浴場をオフロに改装したのも楽しかったし、冬には雪釜の中でコタツに入ったこともあったね」
マクベアー先輩とカイルが、コクコクと頷く。
すると、セオドア殿下は羨ましそうな顔をした。
「フィル君と過ごす日々は楽しそうだなぁ。僕はアルフォンス先輩とルーゼリアの板挟みで、苦労した思い出ばかりだよ」
ため息を吐くセオドア殿下に、イグナシス殿下が言う。
「学生の頃、僕にはセオドア兄様が活き活きしているように見えたけどね」
それを聞いたセオドア殿下は、信じられないと大きく目を見開いた。
「活き活きだって? 確かに、アルフォンス先輩の能力の高さや発想力は素晴らしいと思っているし、尊敬もしている。クラブ活動だって、やり甲斐を感じていたよ。でも、それと同じくらい、頭を抱えることが多かったんだけど!」
自分がいかに大変だったか、セオドア殿下は強く訴えた。
以前彼から、アルフォンス兄さんの学生時代の話を聞いたことがある。
なんでも、ルーゼリア義姉さんがアルフォンス兄さんに毎日のように勝負を挑みに来るから、そのたびにセオドア殿下は審判をさせられていたそうなんだよね。
多分、他にもいろいろあったんだろうなぁ。
セオドア殿下は当時を思い出しているのか、額を押さえながら「あの時もそうだし、あの時も……」とブツブツ呟いている。
イグナシス殿下はクスクスと笑う。
「そうなの? だけど、僕は羨ましかったよ。僕の在学時には、周りにアルフォンス殿下やフィル君のような生徒はいなかったからなぁ。アルフォンス殿下が在学中は中等部だったし、フィル君が入学してきた時は高等部を卒業していたしね」
それを言ったらデュラント先輩も、体の弱さで入学が遅れなければ、俺と中等部の在籍期間がかぶることはなかったんだよね。
運命の巡り合わせは不思議だ。
しみじみと考えていた俺に、イグナシス殿下が尋ねる。
「ねぇ、フィル君。グレスハート王国には、僕に近い年齢のヒューバート殿下がいらっしゃるけど……彼はステアに留学する気持ちはなかったの?」
年の近いヒューバート兄さんがステアに留学していれば、自分もそんな学生生活が送れたかもとでも考えたのだろうか。
ヒューバート兄さんがもしステアに来ていたら……か。
そもそもステア王立学校は大陸でもトップレベルの学力。
難関校の入学試験に、勉強嫌いのヒューバート兄さんが合格できるかなぁ。
グレスハートでも家庭教師から逃げ、課題を投げ出し、密かに街に繰り出しては父さんに怒られていた人である。
仮にステア王立学校に合格し、入学したとて、授業や課題の多さに三日でギブアップするのではなかろうか。
よくよく考えた俺は、イグナシス殿下に微笑んで答える。
「留学の気持ちはなかったと思います。ヒューバート兄さまは昔から、早く軍に入って経験を積みたいと言っていました。小さい頃から『ゆくゆくは自分が立派な将軍となり、アルフォンス兄上を支える』と決めていたそうです」
「ヒューバート殿下は、しっかりとした目標があるんだね」
イグナシス殿下が相槌を打つと、テレーズ女王やアンヌ皇太子妃、マイラス皇太子も感心した様子だ。
「素晴らしい目標だわ」
「兄君を支えるため、努力されているのね」
「グレスハート王国は、兄弟の仲がいいんだね」
微笑む三人に、セオドア殿下は大きく頷いてみせる。
「ええ、とても仲がいいです。特に兄姉たちの、フィル君の溺愛っぷりはすごいんですよ。僕がステアに帰る時も、一緒についてきそうな勢いでしたからね」
「セオドア殿下、バラさないでください!」
身内のブラコンぶりを暴露されて、俺は羞恥で顔が熱くなった。
イグナシス殿下は興味深そうに尋ねる。
「アルフォンス殿下が弟君を溺愛されているのは学校でも有名な話だったけれど、他のご兄姉もそうなのかぁ」
「え! そんなに有名だったんですか?」
当時中等部に在学していたイグナシス殿下まで噂が届いているって、相当じゃない?
驚く俺に、イグナシス殿下とセオドア殿下がさらに続ける。
「うん、かなり有名だったよ」
「そうだね。クラブの名前がアルメテロスクラブになっても、クラブ活動の主軸である、『弟に尊敬される兄になる』って部分は譲らなかったから」
アルフォンス兄さんが立ち上げたクラブは、アルメテロスクラブという名前に決まる前、兄クラブと名づけるつもりだったらしいんだよね。
名前が変わっても、活動内容が変わらなきゃそうなるか。
納得したが、恥ずかしいんだけど!
俺が顔を覆うと、デュラント先輩は小さく笑う。
「でも、兄弟仲がいいのは素敵なことだよ」
デュラント先輩に慰められ、俺は顔を覆っていた手をそっと下ろした。
……うん。仲が悪いよりかはいいよね。
王族ともなれば、王位を巡って兄弟間で争う場合だってある。
そう考えると、ステア王家の兄弟も仲良しだ。
俺はデュラント先輩とセオドア殿下とイグナシス殿下の顔を見回した。
「皆さんも仲がいいですよね。以前、セオドア殿下から甘い薬湯作りの話を聞きました」
デュラント先輩が幼い頃、苦い薬ばかり飲んでいるのが可哀想で、セオドア殿下とイグナシス殿下と王宮薬師で甘い薬湯作りに挑戦したんだそうだ。
結局、甘くてまずい薬湯が出来上がってしまったそうだけど、デュラント先輩は頑張って飲んでくれたんだって。
話を聞いた時、なんていいご兄弟なんだろうと思った。
しかし、その話をすると、イグナシス殿下が額を押さえる。
「あぁ、あったね。僕にとって、それは黒歴史だよ。よく効く薬っていうのは、苦いか渋いことが多いんだよね」
「今のイグナシス兄様が作ってくれる熱冷ましはよく効くよ」
デュラント先輩の言葉に、イグナシス殿下は苦笑する。
「あれは、グレスハートのマクリナの効能が素晴らしいからだよ。僕の功績とは言えない」
そのやり取りを聞いて、俺は驚く。
「イグナシス殿下は、薬の調合ができるんですか?」
薬の調合はほんの少しのさじ加減で、効果が変わるものだ。
場合によっては、人体に悪影響を及ぼす時もある。
俺の問いに、イグナシス殿下は頷く。
「王宮薬師と一緒に、ライオネルが飲む薬の調合だけ関わらせてもらっている。他には、新薬の研究もしているよ。ライオネルの体質が良くなればと、いろいろな薬草の文献を漁っているうちに、新しい薬の開発に興味を持ったんだ」
その話に続いて、マイラス皇太子も教えてくれる。
「マクリナを使ったイグナシスの新薬は、とてもよく効くんだよ。いずれ平民でも使えるようにしたいと思っていて、グレスハートのマティアス国王陛下にも話をしているところなんだ。両国で協力して薬を作っていけたらいいとね」
「そうなんですか。実現したら、とても素晴らしいですね」
そんな話が進んでいるなんて、全然知らなかったな。
だけど、平民に広く使ってもらうためには、マクリナもたくさん必要になるもんね。
生産国であるグレスハートに話を通しておくのも頷ける。
「マクリナはいろいろな病に効くし、副作用もない。乾燥した葉をお湯でふやかして飲めば、予防薬にもなるっていうんだから。本当にすごい薬草だよ。さっきも言ったように、いろいろな文献を読み漁っているんだけど、その中にマクリナはなかった」
イグナシス殿下の言葉に、俺は微笑む。
「文献がないのも、仕方ないかもしれませんね。うちの王室でも、マクリナの存在がわかったのは数年前なんです。グレスハートの小さな村でしか使われていない、マイナーな薬草だったんですよ」
「そのマイナーな薬草を見つけて、自生していたものを繁殖させたんだ?」
イグナシス殿下の質問に、俺はコクリと頷く。
「はい。もともとは森に近い川辺に生えている薬草です。グレスハートでは、他国から仕入れている薬草が高騰した時期がありました。自国の薬草でどうにかならないかと思案している時、マクリナの存在を知り、繁殖を試みたんです」
俺の説明に、皆は感嘆の息を吐く。
「確かに、一時期薬草の値が高騰していたことがあったわね」
テレーズ女王陛下が呟き、マイラス皇太子やアンヌ皇太子妃が表情を曇らせる。
「うちの国は、代わりとなる薬草があったからどうにか堪えられたが、そうでない国は苦労をしたと聞く」
「国民の健康に関わることですものね」
「植物を繁殖させていくのはとても難しい。成し遂げるなんてすごいよ」
感心しているデュラント先輩に、俺はにこっと笑う。
「グレスハート王宮の温室管理を担当しているサルマン親子が、とても優秀なんです。ステアから分けていただいたカンカン草も、彼らが管理しています」
カンカン草というのはステア王国の固有種で、水に反応して熱を発する変わった特性を持つ草だ。
一束の発する熱量が決まっているため、カンカン草の量を調節すれば、ちょうどいい温度のお湯を作り出すことができる。大量のお湯をためるには、必須のアイテムだ。
学生寮でお風呂を作る時に知った草だったのだけど、グレスハートに共同浴場を作りたくて、父さん経由でテレーズ女王にお願いして苗を譲ってもらったんだよね。
一応外来種になるので、あちらでは温室と共同浴場とにそれぞれ管理人を配置している。
「大事に育てたものは、グレスハートの共同浴場で活用させていただいています」
俺がそう言うと、テレーズ女王陛下は嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ。役に立っているようで、嬉しいわ」
「グレスハートの共同浴場の素晴らしさは、セオドアから聞いておりますわ」
アンヌ皇太子妃の言葉に、セオドア殿下が身を乗り出して語る。
「見学させていただきましたが、本当にすごい場所なんです。あの施設のお湯を作るのに我が国の植物が使われているなんて、誇らしい気持ちでした。共同浴場だけでなく、ホテルも劇場も楽しくて。正直帰りたくない気持ちになりましたよ」
一気に言い切ったセオドア殿下は、深いため息を吐く。
心底残念だという思いが伝わってくる語りぶりだ。
「もしや、予定より帰国を遅らせたのはそのためか?」
マイラス皇太子の指摘に、セオドア殿下は視線をそらした。
図星だったらしい。
「僕もグレスハートに行ってみたいなぁ」
イグナシス殿下がポツリと呟くと、俺とカイル以外の全員が「え!」と声を揃えて驚いた。
「イグナシス、グレスハートに行ってみたいって言った?」
セオドア殿下が聞き返し、マイラス皇太子も信じられないという顔をする。
「グレスハートまでは距離があるぞ。海を渡ることになるが、いいのか……?」
二人の問いかけに、イグナシス殿下はコクリと頷く。
「マクリナの例もあるからね。文献を読むだけじゃなく、実際に現地に行って自分の目で確かめることも必要なのかなって思っていたところだったんだよ」
その言葉に、セオドア殿下とマイラス皇太子が「おぉ」と感嘆した。
他国に行くと言っただけで、なんなんだこの反応。
俺とカイルが首を傾げていると、デュラント先輩が小声で教えてくれる。
「イグナシス兄様は、家族の中で最も研究者気質でね。ほぼ城にこもりっきりなんだよ。薬草などの必要なものは城の薬草園や業者から手に入るから、外出しなくても事足りるんだ。学生の頃はまだよかったんだけどね。今はシエナ先生より部屋から出ないよ」
そう言って、困り顔で笑う。
「シエナ先生よりもってすごいですね」
「それ、相当ですよね」
思わず本音がこぼれてしまい、俺とカイルは慌てて口を押さえた。
そうか。イグナシス殿下も部屋にこもるのが大好きなのか。
まぁ、王子という身分なら、こもっていたほうが身の安全は保障されるけど。
俺だって、触り心地のいいふわふわなベッドに、動物がいっぱいいる部屋があったら、外に出たくなくなる可能性がある。
「イグナシス殿下のお部屋は、とてつもなく居心地がいいのかも」
俺の呟きが聞こえたのか、マクベアー先輩が難しい顔で唸る。
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