君は僕だけの

アラレ

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15時20分

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ドアを閉めたのと同時に、堪えていた涙が流れた


メイクが落ちないようにすぐにハンカチでおさえる







(結希には全然似合わないよ)



そんなの、自分が一番分かってた


だからこそ、その言葉が深く刺さった


つまり、ただの逆ギレ







相手の趣味に合わせて


苦手な服装をして、子供っぽい顔をメイクで誤魔化して




久しぶりだったから

自分でもびっくりした



似合わないって思った







でもこんなに心が痛いのは


傷ついたからじゃない





彼を、傷つけてしまったから





それでも彼は、"待ってる"と言った




「…どうして」





どうしてこんな私なんかに


あなたは何度も、何度も


優しい言葉をくれるの?






私は、最低だ
























ピンポーン





ガチャ






「…遅かったね、入って」




誰か、最低な私の、この足をとめてください









「お久しぶりです、早川さん」




「何か飲む?レモンティ?ワインもあるよ」



そんなおしゃれな飲み物、本当はどっちも好きじゃないです




本当はあなたの嫌いなコーヒーが大好きだし、お酒だって老舗の居酒屋で飲むビールが一番




もうそれも、今さらすぎて言えないけど







「あの、もう呼ばないでください」


のこのこ来たやつが何言ってんだか



ほんとに呆れる






「どうして?」




「いやいや、どうしてって…」






「俺に妻がいたから?」



私は一体この人のどこに惹かれたのか



忘れちゃったけど



たしかに、かけがえのない人だった




依存してたと思う







「大丈夫だよ、今までと何も変わらない
君を愛してる気持ちも変わらない」





こうやってあなたに、抱きしめて、頭を撫でてもらえるのは、私だけだと思ってた




このぬくもりを貰えるのも


私だけだって、ずっと





「無理ですよ、もう」

そんなこと言わないで、と頬に触れる手がたまらなく愛おしい





このまま二人でどこかにで逃げてしまおうか




私達を知っている人が誰もいないところへ


「愛してるよ」

そんな甘い言葉一つで決心が揺らぐ

私はなんて弱い



「…早川さん、離して」


ベットに押し倒されて、無理やり抵抗するほどの意思もない





この人は分かってる


私がこばめないってこと







「大丈夫だって。結希が会社を辞めてくれるんだろ?」




「…え?」



 「そしたらもう誰にも気づかれないよ
むしろ会える時間が増えるって。

上手くやろう、結希」




何言ってるの、この人






その言葉で、完全に目が覚めた



この人は、必要としちゃ行けない人だ





この人のせいで私は何を失った?




裏切られて、傷つけられて



大切な仕事も失った



 

「…辞めてくれるって何?」


私がどれだけ、あの仕事が好きだったか



どれだけ苦労したか





あなたは知ってるはずでしょ?





「…たしかによく働いてたけど、こうなったらしょうがないだろ」






ふと、伊央ならなんて言うかな、なんて思った







「私は、あなたにとって大事なものは、私も大事にしようって思ってた」





「…そういうこと言ってるんじゃないよ」







伊央ならきっと、私の大事なものも、自分のことのように大事にしてくれる








「…早川さん」





私は知ってる





「さようなら」




この人は私を愛してると言うけれど






「大好きでした」






私が離れていっても、追ってはこないということ






この人にとって、私はきっとその程度




でも、私には相応しい






大事にされる資格なんてない




知らなかったにしろ、人の幸せを奪ったのだから






何も言わない彼にもう一度、さようならと告げて



もう二度と会わない




自分に言い聞かせながら、部屋を出た







少し走れば、11時の電車に乗れるはず



でもそんな気力はなくて


下でタクシーをつかまえた






運転手さんとも、出来るだけ話したくなくて


ずっと目をつぶっていた

























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