幸せの翼

悠月かな(ゆづきかな)

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イルファス送還

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 ラフィとアシエルを見送ると、ザキフェル様は安堵の溜息をついた。

「ラフィはもう大丈夫だ。さて…イルファスだが…」

拘束されたイルファスに目を向けると、彼女はうつ伏せで倒れている。
ザキフェル様に続き、私とブランカもイルファスに歩み寄ろうとした。

「私が様子を見る。君達はここで待機するように」

ザキフェル様が、ゆっくりとイルファスに近付く。
そして屈み込むと、彼女を仰向けにし私達を振り返った。

「イルファスは気を失っている。もう大丈夫だ」

私とブランカは顔を見合わせ頷くと、ザキフェル様の隣に屈みイルファスを覗き込む。

「姿が戻っている…」

私は思わず声を漏らした。
不気味な様相だったイルファスは、天使の容姿を取り戻していたのだ。
ザキフェル様は頷くと、彼女に声を掛けた。

「イルファス、イルファス」
「う…ううん…」

彼女は微かにみじろぎをする。

「イルファス…起きるんだ」

ザキフェル様が体を軽く揺すると、ゆっくりと目を開けた。
イルファスは2、3度瞬きを繰り返すと、キョロキョロと辺りを見回す。
そして軽く頭を上げ、ザキフェル様の髪で拘束されている自身の体を目にした。

「これは…一体どういう事ですか?なぜ、私は拘束されているのですか?」
「イルファス…覚えていないのか?」

ザキフェル様の問い掛けに、イルファスは目を閉じて暫し考えた。
そして目を開けると、ザキフェル様を見上げ口を開いた。

「申し訳ありませんが…何も覚えていません…」

私達は驚き顔を見合わせた。

(本当に憶えていないのか…?いや、嘘をついている可能性も否めない…)

ザキフェル様は深く息を吐くと、再度問い掛けた。

「本当に何も覚えていないのか?」
「はい…頭にモヤが掛かっているような感じで何も思い出せません…」
「そうか…君は天使の国を破壊しようとした…誰かに操られてるように見えたが…」

ザキフェル様の言葉に、イルファスは目を見開いた。

「わ…私が…天使の国を破壊…?そ…そんな…あり得ません!」

イルファスはガタガタを震え始めた。

「私は…何も…何も…していない…何も…悪くない…」

彼女はあらぬ方向を見つめ、ブツブツと呟いている。

「私は…私は…サビィ様を…お慕いしているだけ…それなのに…それなのに…皆が邪魔をする…」

イルファスは、目をクワっと見開き私を見た。

「サビィ様…見つけた…」

彼女は、私を見つめニターッと笑った。
背筋に冷たいものが走る。
私が後退りをすると、イルファスは拘束されたまま、体を伸び縮みさせながら、ジリジリと私に近寄ろうとした。

「イルファス、やめなさい!」

ザキフェル様が強い口調でいなすと、ピタリと動きを止めた。

「チッ!」

イルファスは舌打ちをし、ザキフェル様を睨んだ。

「なぜ…私の邪魔をする。私は…サビィ様と幸せになるんだ!邪魔をするなーー!!」
「イルファス!落ち着きない!」
「ウワーッ!サビィ様!サビィ様!サビィ様ーーー!!!」

イルファスは叫びながらバタバタと暴れ、クネクネと動きながら私に近寄ろうとしてきた。
その動きのあまりの不気味さに、私は吐き気を覚えしゃがみ込んだ。

「サビィ!大丈夫?」

ブランカが慌てて私の背中を優しくさする。

「あ…ああ…大丈夫だ…ありがとう…ブランカ…」

その様子を見たイルファスが、突然金切り声を上げた。

「ギャー!!ブランカ…!サビィ様に触るなーーー!」

必死にクネクネと動くイルファス。
その異様な姿に、私とブランカは恐怖を覚え後退りする。

「イルファス!!」

ザキフェル様が一喝し、イルファスの首の後ろに手刀を当てる。

「ウッ!」

彼女は呻き声を上げ動かなくなった。

「興奮状態にあるから気絶させた。今からイルファスを隔離棟に送還する。彼女を治療し、聞き取り調査をするつもりだ。隔離棟から脱出する事は不可能だから安心しなさい」

私は安堵の息を吐いた。

「はい。ありがとうございます」

ブランカも安心した表情を見せていたが、何かを思い出したようにザキフェル様を見た。

「ザキフェル様、子供達は大丈夫ですか?」
「子供達は全員無事だ。幸いな事に、神殿は攻撃を免れているから安心しなさい。しかし、天使の国は修復が必要だ…追って連絡する。それまで2人共ゆっくり休みなさい」

子供達の無事を知り、私とブランカは笑顔で頷いた。

「ザキフェル様、助けて下さりありがとうございました」

私は感謝の意を込めて頭を下げた。

「いや、気にする事はない」

ザキフェル様は答えると、イルファスを隔離棟に運ぶ準備に取り掛かろうとした。
その時ブランカが声を上げた。

「あの!」

ザキフェル様が顔を上げ、ブランカに目を向ける。

「どうした?ブランカ」
「あの…ラフィを…ラフィをお願いします」

彼女は不安げな表情で深くお辞儀をした。

「ブランカ、顔を上げなさい。ラフィは大丈夫だ。ただ…治療に専念させる為、暫くは面会を控えて欲しい。面会可能となり次第、連絡はする」

ブランカは頭を上げ、ザキフェル様を見つめている。
その表情からは、不安や心配だけではなくラフィへの愛しさが溢れ出している。
私は彼女の顔を見る事ができず、そっと目を逸らし痛む胸を抑えた。

「分かりました。連絡…お待ちしています」

 ザキフェル様は軽く手を上げると、イルファスと共にフッと消えた。
ふとブランカを見ると、祈るように胸の前で手を組んでいた。
その美しい儚げな姿に目を奪われ、私は彼女を見つめた。
思わず、ブランカに手を伸ばしそうになる。
既の所で、その想いを胸に閉じ込めた。
その時、春風のような温かく優しい風が通っていった。
破壊された天使の国に吹くそよ風は、小さな希望のように感じる。
私の頬を撫でる優しい風。
そよ風に癒され、ほんの少しだけ胸の痛みが和らいだような気がして、優しい風に心の中で感謝した。

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