【動画あり】白い檻

Comjoyこむじょい

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10話

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「〝先生〟、これは一体──」
「それは、君の患者のものだよ」
〝先生〟は、私が手にしたカルテを指差した。

「私の……? まさか。彼らの主治医は、貴方で──」
「違う。僕の患者は、君一人だよ」
〝先生〟はきっぱりと答えると、まだ疑わしそうにしている私に向かってくるくると指を向けてきた。

「簡単に言えば、こうゆうことさ。僕の患者は君。そして君の患者は、この閉鎖病棟にいる全ての者。つまり君は僕の患者にして、彼らの主治医だったんだよ」
喉がかさかさに乾いていて、私は言葉を発することさえ時間がいった。

「私が医者……?」
「正確に言えば、僕の助手だ。君の頭脳は、患者として埋れさせるには惜しかった。だから、僕が君を助手として育て上げ、研究に協力してもらっていたのさ。君は快く従ってくれた。なんせこの研究が進めば、君の病気の治癒にも役立つからね」
「私の病気に……? 一体、その研究って……」
「その前に、君の過去について話しておこうか」

〝先生〟は、物語を読み上げるようにゆっくりと語り始めた。

「研修医である僕と君が出会ったのは、君がまだ十代前半の少年の頃。その年にして君は、この精神病院一の長期入院患者であった。それもそのはず。君がここに来たのは、わずか三歳の時。生まれた時から感情というものを持たなかった子どもに君の両親は恐れをなし、君をここに預けた。いや、捨てたと言った方が正しいかな。その後、彼らは行方をくらませ、二度と戻ってくることはなかったからね。さて、どう感じる? 自分が、実の親に捨てられたと聞いて」
「どう感じるって……」

私は考えた。胸に手を当てるが、鼓動には何の乱れもなかった。

「特に、何も」
首を振ると、〝先生〟は満足そうに頷いた。

「いいね、さすがは〝人形〟だ。この程度じゃ、君の心は動かない。前の病院長はそんな君を不憫がって治療に手を尽くしたけれど、何をやっても結局、君は〝人形〟のままだった。そしてそのままここで成長し、現在に至るという訳だ。言ってみれば、ここは君の『家』みたいなものなんだよ」
「家? ここが……?」

必死に記憶を辿った。が、何も思い出せない。私の頭の中をよんだかのように、〝先生〟が首を振る。

「いや、それは違う。君は、まったく何も覚えていない訳じゃないんだ」
「……?」
「いわば、これは覚えている、覚えていない以前の問題なんだ。過去の記憶というのは、その時の本人の感情と深く結びついている。初めて自転車が乗れた時の夕暮れ。好きだった子の髪の匂い。人間の記憶は感情を中心にして回っている。一方で、何に対しても関心や興味を持たない〝人形〟の君は、記憶自体が定着しにくい。様々な出来事や物事がただ周りを平淡に通り過ぎるだけで、実際に何も定着していないんだ。それは長年過ごした家であっても同じ」

〝先生〟は、気の毒そうに私を見た。

「君の病は、本当に可哀想なものだと思う。でもその代わり、君には優れた認識機能がある。それにいち早く気づいた僕は、少年の君にあらゆることを教え込んだ。手をかければかけるだけ、君は才能を開花していった。大胆な問題提起、慎重な実験、正確なデータ分析、優れた語学力。君には研究者として必要なあらゆる要素が揃っていた。僕名義で出した君の論文は、今や世界中の学者たちから認められているほどだ」

あぁ、と〝先生〟は付け加える。

「念のために言っておくけど、僕は君の論文を横取りした訳ではないよ。君は医学部を出た正式な研究者ではないから、論文を出しても学会では認められない。それに、何にも関心を持たない君に論文のテーマを与え、方針を指示したのは僕だ。君はそれに沿って、実験を進めたまで。ロボットのように正確に、冷酷とも言える大胆さで。確かに、君には感情がない。だが、それは僕達の研究においては好都合だった。人の精神を壊すのに、良心なんて邪魔なだけだからね」
「精神を壊す……?」

不穏な言葉に、思わず一歩下がってしまう。

「〝先生〟……貴方の研究って、一体……」
ようやくと言わんばかりに〝先生〟が微笑んだ。

「魂の研究だよ」
冷たい治療室に、〝先生〟の言葉は奇妙な響きで木霊した。

「僕は幼少の頃から、ずっと不思議でたまらなかったんだ。心とは、どこにあるのだろうと。人は心と聞いた時、まず胸を指す。しかし、そこに心はない。あるのは心臓──血液を全身に送り出すためのポンプだけだ。なら、本当の心はどこにある? 答えは簡単だ。心は頭──脳にこそある。脳で起こる電気信号こそが、心なんだ。愛や憎しみ、切なさ、悲しみ、快楽、感動……その全ては脳がもたらす電気刺激でしかない。人は心や精神などと言うと、何やら美しい神聖なものをイメージするが、何てことは無い。心とはあくまでも心臓などの臓器と同じ、体の生理的な現象でしかない。だから当然、肉体が死ねば、心も消えてなくなる」

それまで淡々としていた 〝先生〟の口調が、突然、恋人に語りかけるような甘いものとなる。

「しかし、僕は君と出会って変わった。研修医の時、この病院で、初めて君を紹介された時の衝撃は今でも忘れない。以来、僕はすっかり君に夢中になった。先ほどの僕の見解からいくと、あらゆる心の病は、脳機能の障害と言うことになる。つまり脳を直せば、精神病はいくらでも治る。そう思いこんでいた。だが君の脳は、いくら調べても異常など見あたらなかった。それどころか、誰よりも優れた能力を持っていた。なのに、君には感情がない。僕は、自分の考えを改めざるをえなかった。もしかしたら、人には脳以外に感情を司る『何か』があるのではないか。古来より人が心──いや魂と呼んできたものが、実際に存在するのではないか。そう思ったら、知りたくて知りたくてたまらなくなった。魂というものが本当にあるのか。あるのなら、一体どこにあるのか。自分でも驚いたよ。僕自身が、こんなに情熱的でロマンチックな男だったとは。いや、違う。君が、僕をそんな男にしてくれたんだ」

〝先生〟は蕩けるような笑みを浮かべて、一歩一歩近づいてくる。足音がトンネルの中にいるみたいに不気味に反響する。

「僕は君のことをもっと知りたい。君は、魂の謎に最も近いところにいる存在だ。脳機能に異常がないにも関わらず感情が乏しい君は、魂に何らかの異常を抱えていると考えることができる。つまりその異常を解き明かせば、おのずと魂の輪郭も浮かび上がってくるという訳だ。そう考えた僕はまず始めに、君の心を解き明かそうとした。どんな状況に陥れば、どんな刺激を与えれば君の心は動くのか。色々試してみたよ。君も文句一つ言わず、従ってくれた。だが結局、実験は失敗に終わった。君の感情は、どんな状況になっても一ミリだって動かなかった。僕はその失敗をふまえて、今度は違うアプローチをしてみることにした。それが、この閉鎖病院だ」

〝先生〟は、ゆっくりと辺りを見回した。

「君が手伝ってくれた論文のおかげで、僕はこの分野の権威となり、その社会的地位を利用してこの病院を買い、病院長となった。ここを、自らの研究のための一大実験場とするために」
「一大実験場……?」

先ほどから馬鹿みたいに〝先生〟の繰り返すことしかできなかった。

「あぁ、刑務所、病院、はては家庭の中で〝異常者〟として持て余され隔離された者たちを集めてきて、君にしたのと同じ実験をする。何をすれば、彼らの心が動き、またどのようにして壊れるのかを」

私は足元から、じわじわと冷気が上がってくるのを感じた。

「壊れるって……何で、そんな……」
「なぜって、この実験は全て、君の心の研究に生かすためのデータ採集だからね。常人にとってそこまでのものでないと、君の心も動かない。さらに僕は、この実験を、助手である君に任せることにした。君は、まさに適任だったよ。人の精神を乱れさせ、壊す。普通なら良心が咎めて出来ない非道なことを、いともたやすくやってのけた。神経が高じている人間をさらに刺激し、自らの狂気をまざまざと体感させる。そうして相手が疲弊し破滅していく様を、冷淡に観察しデータ化していく。そんなこと、君にしかできない。僕でさえ、ぞっとしたよ。君の集めるデータは完璧で、とても無慈悲なものだったから。だが、おかげで僕の研究は大いに充実していった。一方で、君はだいぶ患者たちから恐れられるようになってねぇ。まぁ、中には熱心な信者もいたようだけど──」

〝先生〟が、ちらりと後ろを振り向くと、扉の角から〝笑い犬〟が現れた。いつもの無表情で、〝先生〟の後ろにつく。

「君がここにいることを教えてくれたのは、彼なんだよ。彼は、僕の忠実な部下でね。いや、一番に忠実なのは、ご主人様である君に対してだけど。君は彼にとって、痛みの恐怖と快楽をもたらしてくれる絶対者。知っているかもしれないけど、〝笑い犬〟は異常性欲の持ち主でね。サディズム、マゾヒズム、果てはネクロフィリアに至るまで、性の対象や目標に多くの倒錯が見られた。そのためレイプや墓荒らしの罪で捕まってね。警察も一向に矯正しない彼に手を焼いて、ここに預けたって訳だ。そして彼はここに来てすぐ、君から受ける執拗な実験の虜になった。正確には君の虜に。美しく、非道、それでいて無垢な君の事を、次第に目で追いかけるようになっていった。僕があの時、君の変化にいち早く気づくことが出来たのも、彼の忠言のおかげなんだよ」
「あの時……?」
「そう、何に対しても冷淡な〝人形〟だった君が、ある時から、ただ一人にだけ、心を動かし始めたんだ」

〝先生〟が手術台に近づき、そっと手を這わせた。

「気がついているだろう? 〝王様〟だよ。なぜだか知らないけど、君は〝王様〟に関心を持った。これまで一度も他人に興味をもったことなどなかった君が。一方、〝王様〟も君に興味を引かれたらしい。君たち二人は私の知らないところで、ずいぶんと親しくなったようでね。それこそ、逃亡計画を一緒に立てるくらいまでにね」

〝先生〟は眉間に手をあて、ふるふると首を振る。

「どうやら〝王様〟は君に、『外』のことを色々話して聞かせたみたいでね。いつしか君は『外』に強い憧れを持つようになった。そして〝王様〟とともに『外』へ出る算段をし始めた。だが結局、それは失敗に終った。今みたいに〝笑い犬〟が密告してくれたおかげでね。本当に、彼の覗き趣味は役に立つよ。僕はその功績を称えて、彼を看護士にしてあげた。一方、君は病院に連れ戻され、〝王様〟とは離ればなれになった。随分とそれがこたえたようでね、数日後、君は自殺未遂を起していた。どうかな? ずっと知りたかった真相を聞けた感想は?」

私はもう何十年も喉を使っていなかったように、言葉を発することができなかった。
やはり、自分が自殺したのには訳があったのだ。

しかし、どうして今になって、 〝先生〟は 教えてくれる気になったのか。
その真意がわからなかった。というより、不気味だった。

私の不安を感じ取ったのか、〝先生〟が酷薄な笑みを浮かべる。
「どうせ、明日になれば忘れることだからね」
「え……?」

言葉の意味を理解する前に、〝先生〟が手をついていた手術台を離れ、さらに近づいてきた。
「さて、話はここまでだ、〝人形〟。君はちょっとオイタをしすぎた。今度こそおしおきをしなくては」

〝先生〟が、後ろに向かって顎をしゃくる。
「〝笑い犬〟。彼を保護棟に連れていってくれ」
「はい」

〝笑い犬〟が 〝先生〟を追い越し、私に近づいてくる。その手には、銀色の手錠が握られていた。
私は反射的に後ろへ下がる。ぶつかった衝撃で、デスクから一枚の写真がすべり落ちた。
今よりもずっと健康で、精悍な顔をした〝王様〟と目が合う。

──逃げろ。
頭の中に、その言葉が木霊した。

「……ッ」
私は身を低くして、勢い良く駆け出した。止めようとする〝笑い犬〟の手をすり抜け、〝先生〟を通り過ぎて、出口に向かって手を伸ばす。

──あと少し、あと少しだ!

「どこへ行くんです?」
後ろからグンと腕を掴まれ、引き戻される。そのまま、両手を後ろ手で拘束されてしまった。

「まさか逃げられると思ったんですか?」
耳元に、嘲笑を含んだ〝笑い犬〟の生温かい吐息がかかる。ギリギリと腕の筋を締め上げられ、喉からか細い悲鳴がもれる。

「……ッ!」
「抵抗してもいいですよ。うまく出来れば、私がこのあと保護室で可愛がってあげます。今まで貴方にやられた分、たっぷりとね」
暗い笑い声に、ぞわりと背中の産毛が毛羽立つ。

「そこまでにしなさい、〝笑い犬〟」
傍観していた〝先生〟が、やんわりと入ってきた。

「保護房には〝王様〟もいる。今日は、彼と二人っきりにしてあげなさい。彼らは一度、心を通わせた者同士。最後に、つもる話もあるだろう?」
私に頷いてみせた〝先生〟の目は、労りと同情に満ちていた。だが、それが余計に私の不安をかき立てた。

「あぁ、そうだ」
案の定、〝先生〟はわざとらしく付け加えた。

「言っていなかったね。〝王様〟と君が会えるのは、今夜で最後だ。正確に言うならば、これからも会えるには会えるけど、その頃にはお互いのことは覚えてはいないだろう」
目の前が、一瞬にして真っ白になった。足元の床が突然、消えてしまったかのように錯覚する。

「一体、どうゆう……?」
「明日、君には記憶を消す治療を受けてもらう。この治療は君が編み出したものでね。高い効果が期待出来る。すぐに〝王様〟のことなど、綺麗さっぱり忘れてしまうだろう」

次に〝先生〟は、手術台を見た。

「そして〝王様〟には、二回目の電気治療を受けてもらう。今度は、前回のように生やさしいことはしない。彼の精神を完全に破壊するまで続ける」
「破壊するって!? そんなことをすれば──」
「廃人になるだろう。だが本人にとっても、それが一番いいんだ。〝王様〟の家系はもともと激しい癇症の持ち筋でね。昔は獣憑きとか言われて、恐れられたらしい。今で云う遺伝病の一種だね。〝王様〟も、昔から暴れると手がつけられない子どもだったとか。しかもそれは成長するにつれてひどくなり、最近では、正気でいられる時間の方が短くなっている。このままでは、彼は自らの狂気にとらわれ、周りのもの全てを破壊し尽くさなくて気が済まなくなってしまうだろう。そんなことになったら、どうなる? 優しい〝王様〟ことだ。絶望するだけでは済まないだろう」

憐れみの表情を浮かべた〝先生〟は、私に向かってにこりと笑いかける。

「だがただ一つだけ、〝王様〟を救う方法がある。それは、彼の心を壊してしまうことだ。激情を感じる心自体がなければ、〝王様〟はもう怒りに囚われることなく穏やかに過ごせる。本人にとっても、それが一番の幸せなんだ。今の彼を見てみなさい。疲弊し、絶望しきっている。荒れ狂う己の心と戦うことに。今はただ、君を守るためにギリギリのラインを保っているようだけど、それもいつまで保つかわからない。だから、君から言ってあげるんだ。もう楽になっていいんだと。君が〝王様〟を解放してあげなさい。その身に荒れ狂う狂気から」

私には何も言い返すことができなかった。
昨日の〝王様〟の様子を見れば、〝先生〟の話はあながち嘘だとは言えない。

〝王様〟は気づいていたのだ。遠からず、自らが狂気の嵐に飲み込まれてしまうことに。
だから、逃げない。あんなに人には『逃げろ』と言っておきながら。

(……もしかしたら、〝王様〟もそれを望んでいるのだろうか?)
〝先生〟が与えてくれる何もない、真っ白な平穏を。

──いや、違う。
強い否定が身体の奥底から、せり上がってきた。

昨日、暗い病室の中で、〝王様〟は言ったのだ。
自分自身を見失うなと。

今なら、わかる。きっとあれは、自らにも言い聞かせていたのだ。
私は、ギッと 〝先生〟を睨み付けた。

「お願いだっ! 治療を中止してくれっ……! こんなの、あまりにも酷すぎるっ……!」
「酷すぎる? 君が言うのかい?」

心外だと言わんばかりに 、〝先生〟は両手を上げた。

「言っておくけど、ここに〝王様〟を連れてきたのは誰だ? 彼が服用していた薬を作ったのは? 電気治療を始めたのは? 一体、誰だと思う?」

〝先生〟のひとさし指が、告発するようにこちらに向いた。

「全部、君だ。〝王様〟だけじゃない。ここにいる患者たちはみな、君が『外』から選りすぐって連れてきた者たちなんだ。僕たちの実験の材料として。ここでは僕でさえ、君が当初立てた実験計画にそって動いているだけの一つのコマに過ぎない。言うなれば、君こそが〝王様〟を今の不安定な状態にした張本人なんだ」

〝先生〟の妙に間延びした声が、ぐわんぐわんと私の頭蓋骨の中で反響する。ようやく出た言葉は、自分のものとは思えないほど擦れていた。

「ま、まさか、そんなの……嘘だ。また貴方はそうやって私を騙そうと──」
「嘘じゃないさ。君が研究のために〝王様〟の人間の皮を一枚一枚はぎ取り、感情を剥き出しにさせた。だから今の〝王様〟はちょっとした刺激でも心を乱し、発作を起こす。そうして露わになり脆くなった精神を一気に崩すという残酷な子どものような計画を立てたのは君だ。ただ一つ、頭の良い君にも計算出来なかったことがあった。それは剥き出しになった〝王様〟の心を見て、君が彼に引きつけられてしまったことだ」

ふっと 〝先生〟は子どもを見る父親のような微笑みを浮かべる。

「でもね。僕は良かったと思うよ。〝王様〟に感謝したいくらいだ。何をしても動かなかった〝人形〟の心を動かしてくれて。これでようやく、僕は本命の研究を進めることが出来る。君の心の研究がね。〝王様〟のおかげで開き始めた君の心を、これからは僕がこじあけてあげよう」

〝先生〟は私の前に立つと、優しく私の前髪を掻き分け、額にキスをしてきた。

「さぁ〝人形〟。〝王様〟のところに行っておいで。僕は君と違って心ある人間だ。今夜一晩は、君たちを二人っきりにしてあげる。最後の夜を共に過ごすといい。その代わりに明日になったら──」

間近にある〝先生〟の目が、緩やかな弧を作る。

「二人とも、お互いのことは忘れる。君は〝人形〟に戻り、〝王様〟は廃人になる。これですべて一件落着だ」

ようやく面倒なことが処理出来ると言わんばかりに〝先生〟はため息をつき、後ろの〝笑い犬〟に頷いてみせた。

「連れていきなさい」
「はい」

やってきた〝笑い犬〟が私の手をグンと引き、ガチャリと冷たい手錠を両手首にかける。私はされるがまま大人しく従った。

抵抗など出来なかった。そんな力、どこにも残っていなかった。身体の中は空っぽで、先ほどの〝先生〟の言葉が亡霊の囁きのようにひゅうひゅうと吹き抜ける。
(私が〝王様〟を、みんなを、ここに閉じ込めたのだ……)

そのまま私は〝笑い犬〟に引きずられるようにして、治療室から出た。
保護棟に向かう外廊は、色とりどりのツルバラに囲まれていた。硬く太いツルは天井まで枝を伸ばし、廊下全体を不気味に覆っている。
まるで、茨の道だ。もし〝眠り男〟がいたら、そう言うだろう。

〝笑い犬〟は私が逃げ出さないように、後ろからぴたりとついて来ていた。だが、そんなことしなくても私に逃げ出す気など毛頭もなかった。

〝王様〟だけじゃない。〝さかさま〟や〝長老〟、〝眠り男〟。彼らをここに連れてきたのが、自分だったなんて。

(……本当のことを知ったら、〝王様〟はどんな顔をするだろうか?)

あんなにも必死になって逃がそうとした人間が、まさか自分をここに閉じ込めた張本人だったなんて。

──怖い。
言ってしまったら最後、〝王様〟はもう二度と、あの真っ直ぐな目を私に向けてくれなくなるかもしれない。

戦くような気持ちを抱えながら、保護棟に入る。



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3/15(火)
本日、『白い檻』のPV増加数の方が
2ビュー分多かったので、こちらを更新させていただきます。

動画を見てくださった方、ありがとうございます!

〈現在レース更新中〉
↓↓以下の作品の動画のPV増加数に応じて、
その日更新する作品を決めさせていただいていますm

◆『マイ・フェア・マスター』(SM主従BL)
https://youtu.be/L_ejA7vBPxc

◆『白い檻』(閉鎖病棟BL)
https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ
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