私のキライな上司

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海の日編(下)

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 窓の向こうから、さざ波が聞こえてくる。なんだか、不思議な感じだ。部屋に用意された食事は、海の幸を贅沢に使ったものだった。

「おお、うまそう」
 三澤はうきうきしながら箸を動かしている。私も、滅多に食べられない美味しい魚介に舌鼓をうつ。
「なあ、来て良かったろ?」
「はい」

 たしかに、タダでこんなに美味しいものが食べられるなんてラッキーだ。ラッキーなのに、なぜか心はしん、としていた。

「三澤さんと二人きりなのが残念です」
「ああ……っておい」
「みんなも来られたらよかったですね」
 そしたら、自分の気持ちに気づかずに済んだのに。なんとなく日々が過ぎていったかもしれないのに。

 三澤はビールを煽り、テーブルにトン、とグラスを置いた。すでにとろんとし始めている目で言う。

「休みとかさあ、なんか寂しいんだよな。なくていいじゃん。そういうの、俺だけ?」

 あなただけです。休みなかったらブラック企業です。

「そんなに寂しいなら、彼女でも作ればいいじゃないですか」
 私が言うと、
「彼女っていうか、仲間内でわいわいしたいんだよな。わかる?」
 わいわいって。子供かこの人は。私は胡乱な目で三澤を見た。

「元の職場のやつらも、全然連絡とってない。なんか、生きてると、どんどん一人になってくような気がする」
 三澤はテーブルに突っ伏しながら言った。

「……ひとりじゃ、ないでしょう。三澤さんには、奇特な部下が三人もいるじゃないですか」
 三澤はつまらなそうな声で言う。
「つっても、こうやって慰安旅行してもおまえしか来ないし」

「それは……仕方ないじゃないですか……仕事とプライベートは別です」
 今は? 今私は、どちらの立場でここにいるのだろう。
「おまえもどうせ、彼氏とかできたらそいつといちゃいちゃ旅行すんだろ?」

 いちゃいちゃ旅行するってなんなんだ。三澤は完全に拗ねたようすで机と同化している。私はビール瓶を持って彼のそばに行って、ぺたりと座った。

「ビール、注いであげますから。特別にタダですよ」
 三澤がゆっくり顔をあげ、瞳をこちらに向けた。へら、と笑みをつくる。

「やっぱ、おまえ、憎たらしいけど可愛い」
 彼が私の肩を抱き寄せた。すりすり顔を擦り付けられて、なんだか恥ずかしくなる。

「暑苦しいです」
 避けようとしたら、三澤の手が着物の中に入り込んできた。

「!?」
「ああでも、おまえの胸のほうが寂しかったわ」
 さわさわと胸を触られて、私はもがく。
「や、そんなこと、いうなら、触らないでください、ん」
 唇が耳介に触れる。はむ、と食まれて、ぬるりと舐められた。
「は、う」
「寂しいだろうから触ってやる」

 指先が、乳首に触れた。私は息をきらせながら、三澤を見上げる。彼が目を細めた。
「おまえ、触るとやらしい顔するよな。さっきまで全然エロくなかったのに」
「ふ」

 私はずるずると体勢を崩して、ついには三澤に押し倒された。畳に髪が擦れて、ちくちくした感触が走る。

「なあ、おまえ、俺のことどう思ってる?」

 酒に潤んだ、切れ長の瞳がこちらを見下ろしている。着物から覗く肌はうっすら上気していて、いつものセクハラクソ上司とは違って見えた。私はどくどくと心臓を鳴らしながら、
「べつに、どうも思ってません」
「嘘つけよ。結構すきだろ」
「勝手に決めないでください」
「素直に言えよ、貧乳」
「っ」

 私は顔をそらした。
「どうした?」
「……いつも、そうやってバカにするから、きらいです」
「だっておまえ、からかうと面白いもん」
「私は、三澤さんのおもちゃじゃ、ん」 

 唇を塞がれて、何度か口付けられる。
「ふ」
 唇を割り開き、入り込んできた舌は、お酒の味がして、私の口の中をおんなじ味にしようと動き回る。

 浴衣の中に、するりと手が入ってきた。大きくて分厚い手のひらに、頼りない胸を揉みしだかれると、足の間がじんじんする。もぞもぞと足を動かしていたら、胸を揉んでいた手が、足の間に滑り込んでくる。

 三澤が何をしようとしているかわかって、私は慌ててその手を押さえた。

「や、です」
「いいじゃん」
 よくないし。
「まだ、食器とか、下げにくる、し」
「じゃあ……あっちの部屋でするか」

 三澤は部屋の隅にあった布団を引きずってきて、私の身体を寝かせた。薄暗い部屋の中、しゅる、と帯を解かれて、裸体を露わにされる。足を持ち上げられると、内股が震えた。三澤の視線は、私の足の間に注いでいる。

 見られている。恥ずかしい。

「なんか、濡れてる」
「濡れて、ないです。お風呂入ったからです」
「ほんとに?」

 長い指先が、花芯に触れた。恥ずかしくて、私はぎゅうっと浴衣のすそをつかむ。三澤はまた私に口付けて、顎から首筋に唇を這わした。指は花芯に触れたままだ。

 彼が与えるかすかな快感が、だんだん理性を壊していく。乳首を摘まれ、喉を鳴らす。三澤は、私の反応を見ながら囁いた。

「乳首すごいたってんな」
「ふ、たって、ない」

 三澤の頭が、胸元に埋まった。乳首を舐めまわされて、舌先でくにくにつぶされて、頭の奥がじんじん熱くなる。

 黒い頭は、だんだん下の方に向かう。おへそのあたりをなぞるように舐められて、切なくて甘いものが込み上げた。

「舐めたら、ダメ」
「舐めてほしいくせに」
「ばか、ふあ」

 舌が、蜜口に触れた。花芯を舌先で突かれ、ひだを舐めまわされて、溢れ出た愛液をじゅる、じゅる、とすすられる。
「あ、あ」

 あまりの刺激に、私は声をあげながら、さらさらの髪に指を絡める。三澤は私を上目遣いで見ながら、花芯をちゅっ、と吸い上げた。

「ひ、あっ」
 びく、と震えた私の内股を、三澤がなだめるように撫でた。
「ちょっと待ってろ」
 彼は荷物を引き寄せ、ゴソゴソと探る。

「あ、ゴム、ねえわ」
 三澤はお預けをくらった犬みたいな顔でこちらを見ている。

「なあ……ださないから、いれていい?」

 ねだるような声で言われて、硬くなったものを擦り付けられて、触れている部分がじん、としびれた。三澤が私をほしがってる。それだけで身体がひどく熱くなった。

 私は目をそらしながら、
「すきに、すればいいじゃないですか」

 ゴムを持ってない──つまり、ほんとに慰安旅行のつもりだったんだ。三澤は私の唇を奪い、ゆっくり入ってきた。私は、三澤にぎゅっ、とすがりつく。

「う、みさわ、さ」
「は……」

 三澤が腰を揺らすたびに、奥が熱くてたまらなくなる。最初はゆっくりだった律動が、だんだん速度を増す。

「ひゃ、あ、あ」
 濡れそぼった入り口を太いものに押し開かれて、突かれるたびに犬みたいに鳴いて、こんなの、恥ずかしいのに。声が出てしまう。もっと、って思ってしまう。

「あー……きもちいい。おまえは?」
「きもち、い」
「貧乳だけど、やわらかい」
 指先で乳首をぐりぐりされると、下半身がじん、とした。私が身じろぎしたら、三澤が意地悪く囁いてきた。
「やらしい顔」
「は、あ」

 ぱちゅ、ぱちゅ、と突かれるたびに、どんどん高ぶっていく。この先どうなるか、知っているから、それがほしくなる。
「三澤さ、おく、寂しい」
 そんなこと、正気だったら言えない。

「じゃあ、もっとついて、って言って」
「硬いおちんちんで、もっと、ついて、ください」
 ずん、と突かれ、私はびくん、と身体を跳ねさせた。

「ふあ」
「は、ミチ……かわいい」

 あ、なまえ。初めて呼ばれた。熱っぽい瞳に見つめられて、きゅん、ってなかが締まる。がくがく揺さぶられて、体全体に甘い感覚が広がっていく。布団にシワがよって、私と三澤のつながっている部分から、ぽたぽたと愛液が滴る。

「あ、あ、ふ、あ」
 三澤に突かれるたびに、熱くて、へんになる。キスしながら揺さぶられ、なかが、トロトロになっていく。

「三澤、さ」
「一緒に、いく?」
「い、く、一緒、に、いきます、ふあ」 

 強く、速い動きに、頭の奥がちかちかして、真っ白になっていく。三澤の指先が花芯をそっと押すと、限界がきた。三澤がうめいて、私はぴん、と足を伸ばした。
「ひ、あ……」

 性器が引きぬかれて、腹に精液が落ちる。私はその暖かさに、びくびく身体を跳ねさせた。

 三澤に唇を奪われて、私は彼にぎゅうっと抱きつく。唇が離れると、ふたりの唾液が伝った。こちらを見下ろす切れ長の瞳に、心臓がドキドキ鳴る。

「三澤、さ……」
「俺、おまえのことすき」
 言われたかったことばを囁かれて、胸がきゅんとした。
「私も、すき、三澤、さん」
 私たちは、額をくっつけて微笑みあった。


 ★


「あー……すげえアタマ痛い」
 翌朝、三澤は頭を押さえながら起き上がった。艶のある髪が乱れて、鳥の巣みたいになっている。
「超だりーんだけど」
 先に起きていた私は、荷物を整理しながら言う。
「飲みすぎなんですよ」
「全然、なんも覚えてねーわ」

 私は荷物をまとめる手をぴたりと止めた。
「……どこまでを?」
「え? おまえが酌するとか言って……どうなったっけ」

 こいつっ……。
 私は荷物を持ったまま無言で立ち上がり、さっさと部屋を出た。

「おい、原田。なに怒ってんの?」
「あ、女将さん、おはようございます」
 私は三澤を無視し、ロビーにいた女将さんに笑顔を向ける。
「おはようございます。もうお帰りなんて寂しいわ~」
 女将さんはそう言って、三澤の腕を引っ張った。
「ちょっと来なさい」

 二人してなにかをボソボソと話している。手持ち無沙汰な私は、飾られている生け花に目をやった。しばらくして、女将さんが三澤の肩をべし、と叩いた。
 三澤は首を傾げながらこちらにくる。

「なんだったんですか?」
「なんか、おまえを大事にしろって……なんなんだろ」
「部下、ですしね。大事にしないと労基法違反です」

 鼻の奥がつんとして、なぜか泣きそうになる。結局、部下だから。何回えっちしても、彼女にはなれないから。特別にはなれないから。


 女将さんに見送られ、宿を出た私と三澤は、港へと向かった。船が出る時間までは、まだ随分あるようだ。

 二人して船着き場のベンチに座り、迎えを待つ。旅館は素敵で、料理は美味しくて、海はきれいで、なのに──なんで来なきゃ良かった、って思うんだろう。

 自分がただの部下にすぎないって、わかってしまったから?
 ベンチの背もたれに肘をかけ、海を眺めていた三澤が、ふ、とこちらを見た。私は慌てて視線をそらす。

「今日も暑いですね」
 私は眩しい振りをして、ごしごし目をこすった。そうだな、と三澤が言う。会社ではあんなに、暑い暑いと言ってたのに。

「なあ、原田」
「なんですか」
 私は喉を詰まらせながら聞き返す。──何も言わないで。これ以上なにか言われたら、泣いてしまうかもしれない。

「付き合おっか」
 なんでもないような顔で、三澤は言った。
「!?」
 私はびっくりしすぎて──即座に首を振っていた。

「い……いやです」
「なんで」
「セクハラクソ上司だから」
「付き合ったらセクハラじゃなくなるじゃん」
「そ、そりゃ、そうだけど」
「あ、船きた。考えとけよ。な」

 三澤はぽん、と私の肩を叩いて立ち上がる。私は慌ててその腕をつかんだ。

「ん? なに」
「あ、あの……私のこと、どう思ってますか」
「そりゃすきだけど」

 そうなんだろうが、そうじゃなくて。私が微妙な表情をしていると、三澤が尋ねてきた。
「なにその顔。他にどう言えっていうわけ」
「……特別、とか」

 三澤は私の背中に手を回し、抱き上げた。こちらを見上げ、にっ、と笑う。
「うん、おまえはトクベツだ」
 どくん、と心臓が鳴って、じわっと身体が熱くなる。嬉しい──。

「トクベツに貧乳」
 条件反射で、がっ、と足を蹴り飛ばした。
「ぐえっ」

 三澤は足をさすりながら、
「いてーだろ、なにすんだ」
「私はあなたが嫌いです」
 私は三澤の腕から逃れて、さっさと船に乗り込んだ。
「なんだよ……この貧乳ツン娘め」

 三澤はぶつぶつ言いながら、私に続いて船に乗りこむ。エンジン音が響いて、船体がかすかに揺れた。私は手すりに手をかけ、ぽつりと呟く。
「嫌いです」
「わかったっつの。何回も言わなくていいよ」
 三澤は拗ねたように言って、手すりに身体をもたせかけた。しばらく、船が波をかき分ける音だけが響く。

「悪かったな、色々」
 いきなり謝られ、私は怪訝な顔をする。
「……なにがですか」
「おまえ可愛いから、ついからかっちゃうんだよ」
 彼は眉を下げて、少しだけ微笑んだ。
「ごめんな」

 そんな顔で、そんなこと言われたくらいで、許したりしない。私はそんな安い人間じゃ……。ない、のに。ずるいのだ、この人は。

「……三澤さんがそんなに付き合いたいなら、付き合ってあげてもいいです」
「え?」
「仕方なくですから。嫌だったらすぐ別れますから」

 私は早口でまくしたてた。いま、顔が真っ赤になっている気がする。
 三澤が微笑んで、私をぎゅっ、と抱きしめた。私も、三澤のシャツにしがみつく。ドキドキして、胸が張り裂けそうだ。

「名前で呼んでいい?」
 私の髪を撫でながら、三澤が囁く。
「……好きにしてください」
「ミチ」
「なんですか」
「呼んでみただけ」
「晃、さん」
「なに?」
「呼んでみただけです」

 くっついていると暑いのに、三澤は私をよりぎゅっと抱きしめた。

「あんたたち、一日経っただけで、えらい仲良くなったんだねえ」
 操縦士のおじさんが、私たちを見ながら、のんびりとそう言った。
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