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かすがいの話
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自分の夫が、テレビに出ている。不思議な感覚だ。
最近、慎也と歩いていると、近所のひとに声をかけられる。旦那さん、華道家の仙崎先生だよね?
元々有名なひとだけど、やはりテレビに出るとまた反応が変わる。
画面の中、花を活ける慎也に、スタジオから感嘆が漏れる。
「ちょっと皆さん先生じゃなくて花見てください!」
司会者の声に、笑いが起きる。
時刻は午後七時半。ユキナは録画ではなく、テレビ放送を見ていた。慎也はまだ帰ってこない。
最近、帰りが遅くなった。テレビの収録に加え、展覧会の準備や取材もあるからだ。居間には、ユキナの好きな芸人のサインが飾ってある。慎也がもらってきてくれたのだ。
サイン自体より、慎也がユキナのためにと頼んでくれたことが嬉しかった。
午後九時、慎也はまだ帰ってきていない。
風呂に入り、布団のなかで本を読んでいると、玄関の戸が開く音がした。ユキナは起き上がり、居間に向かう。慎也が帰ってきていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
ユキナを見て、黒い瞳が緩む。
「御飯、食べますか?」
「あ、ごめん。食べてきたんだ」
連絡すれば良かったな。そう言った慎也は、どこか疲れて見えた。
「大丈夫、ですか?」
近寄ってきたユキナを、慎也が抱きしめる。
「慎也さん?」
「充電」
黒い髪の毛が、肩に埋まる。随分つかれてるみたいだ。ユキナは広い背中をゆっくり撫でた。
「お風呂、入ってください。暖めますから」
「一緒に入ろう」
「私、もう入りましたし……」
なんだ、残念。慎也はそう言って、浴室に向かう。やはりその背中は、疲れて見えた。
風呂上がりの慎也に、声をかける。
「テレビのお仕事、大変ですか?」
「そうでもないけど。まあ、いろいろと」
頭を拭いていたタオルを下に落とし、慎也は口をつぐむ。
「なにかあるなら、話してください」
「スタジオって、熱いんだ。花にはあまりいい環境じゃない。だからすぐに枯れてしまう。それを見るのが、忍びなくて」
慎也が目を伏せる。
「今度のお休み、植物園に行きませんか」
「植物園?」
「はい。ベコニアが綺麗らしいんです」
ユキナは新聞の広告記事を持ってきた。
「ベコニアか。いいね」
微笑んだ慎也にホッとする。
今度の日曜日。そう約束をし、眠りについた。
翌日曜日、ユキナは体調の悪さから、起きられないでいた。慎也が「医者に行く?」と尋ねてくる。
「大丈夫です」
ユキナは布団の中から、慎也を見上げる。
「ごめんなさい」
彼は優しく微笑んで、ユキナの髪を梳いた。
「体調が悪いなら仕方ないよ。おかゆ買ってくるから、待ってて」
そう言って、部屋を出て行く。せっかく、慎也さんがお休みなのに。しんとした部屋に、一人寝ていると気分が沈む。
どうしてこんな時に、気分が悪くなるんだろう。手洗いに行きたくなり、起き上がる。布団に戻る途中、気持ちが悪くなった。しゃがみこんでいると、バタン、と玄関のドアが鳴る。
「ユキナ?」
慎也が駆け寄ってくる。
「大丈夫? 具合が悪いの?」
「大丈夫、です」
「吐いていいよ」
差し出されたビニール袋を受け取る。少しだけ戻したら、楽になった。慎也はユキナの背中を撫でていたが、収まりました、とユキナが言うと、抱き上げてくる。布団に戻ったユキナに水を差し出しながら、
「ユキナ……もしかして、妊娠してるんじゃない?」
「妊娠……」
ユキナは水を飲み、呟く。本当に? お腹の中に赤ちゃんがいるのだろうか。
「今度、産婦人科に行こう」
「慎也さん……ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「心配かけて。お休みも、無駄になってしまいました」
「そんなこと。俺はユキナといられたら、なんだって構わないよ」
慎也はそう言って、ユキナの髪をかき上げた。
「おかゆは食べられそうにないね。寝て」
「はい」
横たわったユキナの髪を、慎也が撫でる。その手が心地よくて、ユキナはうとうと、目を閉じた。
ユキナは、産婦人科の待合室にいた。なんだか緊張する。名前を呼ばれたユキナは、不安な思いで隣に座る慎也を見る。
「行ってらっしゃい」
慎也はそう言って、ユキナの手を握った。ユキナはその手を握り返した。少しだけ気が楽になる。
「行って、きます」
ユキナは一人、診察室に入って行った。
産婦人科医が、穏やかな笑みを浮かべて言う。
「おめでとうございます、妊娠三か月です」
その言葉に、ユキナは目を瞬いた。
「え……」
妊娠は初めてか、と聞かれ、頷く。これを読んでみてください、とパンフレットを渡された。
お母さんと赤ちゃんの絵が描かれている。じわじわと、嬉しさがこみ上げてきた。
同時に、不安もつのる。
診察室を出ると、慎也が立ち上がる。
「ユキナ」
「慎也、さん」
赤ちゃん、いました。
黒い瞳が、瞬いた。こんな顔、初めてみた。この人はいつもどこか、寂しそうだった。きれいで頭がよくて、才能もあるのに。
一人で生まれてきたみたいな、顔をしていた。ああそうだ。少し自分に似ていたんだ、慎也は。
長い腕が伸びてきて、ユキナを抱きしめる。
「ありがとう」
優しい声だった。この人の声が好きだ。
この人が、好きだ。
恋に落ちたのは、たぶんあの海岸。ヤドカリを差し出した仙崎と、目があったとき。この人と、一緒にいられたら。
裏切られて。憎みたくて。翻弄されて。離れたかった。だけど、また巡り合った。
「産んでも、いいですか……」
「当たり前だよ」
ああ、その一言が欲しかったのだ。ユキナはホッとして、慎也に身を預けた。
★
ひとはみんな、母親から生まれてくる。
なのに慎也には、母親の記憶はない。
どんな人なのか、わからない。なんとなく覚えているのは海の匂い。
「あれは、羊水の匂いかな」
慎也の呟きに、ユキナが顔を上げた。
「え?」
「母親のこと、覚えてないんだけど。海の匂いが、した気がする」
二人の前には、海が広がっていた。マンション近くの海岸を、二人は歩いていた。ユキナのお腹は、数ヶ月前と比べ、随分大きくなっている。妊婦は運動不足になりがちだから、歩くのは大事だそうだ。
「海猫って鳥がいるだろ」
「ええ」
「あれの鳴き声が、嫌いなんだ。親に捨てられた子猫みたいで、不安になる」
海風が、ユキナの茶色の髪をなぶる。彼女の瞳が、慎也に向く。
「慎也さん、お父様に、挨拶に行きましょう」
慎也は返事をしなかった。父と分かり合える気がしなかった。水平線の向こうに、鳥の群れが見える。
「あ」
いま、お腹を蹴りました。ユキナが嬉しそうに言う。慎也は砂に膝をつき、ユキナの腹に頬を寄せた。
「君に嫌な思いをさせたくない」
「嫌な思いなんか、しません」
ユキナが、慎也の頭を撫でる。以前は平らに近かった腹は張り出して、苦しげだ。この中にいのちがあるなんて、不思議だ。
「生まれたら、挨拶に行こう」
そう言うと、ユキナがはい、と微笑んだ。その顔が、苦しげに歪む。
「ユキナ?」
「あ……」
ユキナが声を震わせた。
「慎也さん、多分、うまれます」
予定日までまだあるのに。慎也は急いで携帯を取り出した。
分娩室のランプがついている。いま、ユキナは苦しんでいるだろうか。男には何もできない。ただ、無事を祈ることしか。
父もこうして、慎也が生まれるのを待ちわびただろうか。
自分に見合った器を選びなさい。父はそう言った。母はあなたに見合ったうつわだったのですか。だからあなたは母を選んだのですか。
そう尋ねようとして、やめた。議論するのは無駄だと思っていた。
彼女が俺に見合ったうつわだ。だから、身体を重ねた。愛し合った。だから、子供が生まれてくる。家柄でも学歴でもない、ただその人だからという理由で結婚する。
そのかたちを、許して欲しかった。
少しでも慎也のことを、愛しているなら。
愛なんて、自分にもわからないけれど。
泣き声が、聞こえてくる。慎也はハッと立ち上がった。
「おめでとうございます、元気な男の子です」
産婦人科医の言葉に、胸が詰まった。
保育器に入っている赤ん坊は、ちいさくて頼りなかった。
「真っ赤だ」
自分に似ているのか、ユキナに似ているのかわからない。まだ、目も開いていない。
分娩室からストレッチャーで運ばれてきた、ユキナの手を握る。少しぐったりしている。細い身体で出産するのは応えただろう。
「頑張ったね、ユキナ」
ユキナはなんでもない、というふうに微笑んだ。まるで、花のように。
ああ、彼女は器ではない。
人はみんな、花なのだ。美しい、たったひとつの花。
自分はその花に、恋をした。
縛り付けるのではなく、互いを見つめあうのではなく、同じ方を向いて、生きていく。
慎也は握った手に、唇を当てた。
ユキナの指には、金色の結婚指輪がはまっていた。
予感がしたから、とユキナは言った。
「お守りに、指輪をしておこうと思って」
「生まれるかどうか、わかるものなの?」
「予感、です」
赤ん坊をあやしながら、ユキナは言う。その姿は、すっかり母親だ。
退院後、二人はタクシーに乗り、仙崎家に向かっていた。いや、車内にいるのは三人だ。
「かえれ、って言われるかもね」
慎也は赤ん坊に指を差し出した。小さな手で、きゅ、と握りしめてくる。思わずを崩した。
「可愛いね。君に似てる」
「慎也さんにも似てます」
この可愛い生き物を見て、あの父親がどんな顔をするかは見ものだ。
案外、自分のように相好を崩すかもしれない。
タクシーが止まり、三人で門の前にたつ。
「いくよ」
ユキナが頷いたのを見て、インターホンを押した。
最近、慎也と歩いていると、近所のひとに声をかけられる。旦那さん、華道家の仙崎先生だよね?
元々有名なひとだけど、やはりテレビに出るとまた反応が変わる。
画面の中、花を活ける慎也に、スタジオから感嘆が漏れる。
「ちょっと皆さん先生じゃなくて花見てください!」
司会者の声に、笑いが起きる。
時刻は午後七時半。ユキナは録画ではなく、テレビ放送を見ていた。慎也はまだ帰ってこない。
最近、帰りが遅くなった。テレビの収録に加え、展覧会の準備や取材もあるからだ。居間には、ユキナの好きな芸人のサインが飾ってある。慎也がもらってきてくれたのだ。
サイン自体より、慎也がユキナのためにと頼んでくれたことが嬉しかった。
午後九時、慎也はまだ帰ってきていない。
風呂に入り、布団のなかで本を読んでいると、玄関の戸が開く音がした。ユキナは起き上がり、居間に向かう。慎也が帰ってきていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
ユキナを見て、黒い瞳が緩む。
「御飯、食べますか?」
「あ、ごめん。食べてきたんだ」
連絡すれば良かったな。そう言った慎也は、どこか疲れて見えた。
「大丈夫、ですか?」
近寄ってきたユキナを、慎也が抱きしめる。
「慎也さん?」
「充電」
黒い髪の毛が、肩に埋まる。随分つかれてるみたいだ。ユキナは広い背中をゆっくり撫でた。
「お風呂、入ってください。暖めますから」
「一緒に入ろう」
「私、もう入りましたし……」
なんだ、残念。慎也はそう言って、浴室に向かう。やはりその背中は、疲れて見えた。
風呂上がりの慎也に、声をかける。
「テレビのお仕事、大変ですか?」
「そうでもないけど。まあ、いろいろと」
頭を拭いていたタオルを下に落とし、慎也は口をつぐむ。
「なにかあるなら、話してください」
「スタジオって、熱いんだ。花にはあまりいい環境じゃない。だからすぐに枯れてしまう。それを見るのが、忍びなくて」
慎也が目を伏せる。
「今度のお休み、植物園に行きませんか」
「植物園?」
「はい。ベコニアが綺麗らしいんです」
ユキナは新聞の広告記事を持ってきた。
「ベコニアか。いいね」
微笑んだ慎也にホッとする。
今度の日曜日。そう約束をし、眠りについた。
翌日曜日、ユキナは体調の悪さから、起きられないでいた。慎也が「医者に行く?」と尋ねてくる。
「大丈夫です」
ユキナは布団の中から、慎也を見上げる。
「ごめんなさい」
彼は優しく微笑んで、ユキナの髪を梳いた。
「体調が悪いなら仕方ないよ。おかゆ買ってくるから、待ってて」
そう言って、部屋を出て行く。せっかく、慎也さんがお休みなのに。しんとした部屋に、一人寝ていると気分が沈む。
どうしてこんな時に、気分が悪くなるんだろう。手洗いに行きたくなり、起き上がる。布団に戻る途中、気持ちが悪くなった。しゃがみこんでいると、バタン、と玄関のドアが鳴る。
「ユキナ?」
慎也が駆け寄ってくる。
「大丈夫? 具合が悪いの?」
「大丈夫、です」
「吐いていいよ」
差し出されたビニール袋を受け取る。少しだけ戻したら、楽になった。慎也はユキナの背中を撫でていたが、収まりました、とユキナが言うと、抱き上げてくる。布団に戻ったユキナに水を差し出しながら、
「ユキナ……もしかして、妊娠してるんじゃない?」
「妊娠……」
ユキナは水を飲み、呟く。本当に? お腹の中に赤ちゃんがいるのだろうか。
「今度、産婦人科に行こう」
「慎也さん……ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「心配かけて。お休みも、無駄になってしまいました」
「そんなこと。俺はユキナといられたら、なんだって構わないよ」
慎也はそう言って、ユキナの髪をかき上げた。
「おかゆは食べられそうにないね。寝て」
「はい」
横たわったユキナの髪を、慎也が撫でる。その手が心地よくて、ユキナはうとうと、目を閉じた。
ユキナは、産婦人科の待合室にいた。なんだか緊張する。名前を呼ばれたユキナは、不安な思いで隣に座る慎也を見る。
「行ってらっしゃい」
慎也はそう言って、ユキナの手を握った。ユキナはその手を握り返した。少しだけ気が楽になる。
「行って、きます」
ユキナは一人、診察室に入って行った。
産婦人科医が、穏やかな笑みを浮かべて言う。
「おめでとうございます、妊娠三か月です」
その言葉に、ユキナは目を瞬いた。
「え……」
妊娠は初めてか、と聞かれ、頷く。これを読んでみてください、とパンフレットを渡された。
お母さんと赤ちゃんの絵が描かれている。じわじわと、嬉しさがこみ上げてきた。
同時に、不安もつのる。
診察室を出ると、慎也が立ち上がる。
「ユキナ」
「慎也、さん」
赤ちゃん、いました。
黒い瞳が、瞬いた。こんな顔、初めてみた。この人はいつもどこか、寂しそうだった。きれいで頭がよくて、才能もあるのに。
一人で生まれてきたみたいな、顔をしていた。ああそうだ。少し自分に似ていたんだ、慎也は。
長い腕が伸びてきて、ユキナを抱きしめる。
「ありがとう」
優しい声だった。この人の声が好きだ。
この人が、好きだ。
恋に落ちたのは、たぶんあの海岸。ヤドカリを差し出した仙崎と、目があったとき。この人と、一緒にいられたら。
裏切られて。憎みたくて。翻弄されて。離れたかった。だけど、また巡り合った。
「産んでも、いいですか……」
「当たり前だよ」
ああ、その一言が欲しかったのだ。ユキナはホッとして、慎也に身を預けた。
★
ひとはみんな、母親から生まれてくる。
なのに慎也には、母親の記憶はない。
どんな人なのか、わからない。なんとなく覚えているのは海の匂い。
「あれは、羊水の匂いかな」
慎也の呟きに、ユキナが顔を上げた。
「え?」
「母親のこと、覚えてないんだけど。海の匂いが、した気がする」
二人の前には、海が広がっていた。マンション近くの海岸を、二人は歩いていた。ユキナのお腹は、数ヶ月前と比べ、随分大きくなっている。妊婦は運動不足になりがちだから、歩くのは大事だそうだ。
「海猫って鳥がいるだろ」
「ええ」
「あれの鳴き声が、嫌いなんだ。親に捨てられた子猫みたいで、不安になる」
海風が、ユキナの茶色の髪をなぶる。彼女の瞳が、慎也に向く。
「慎也さん、お父様に、挨拶に行きましょう」
慎也は返事をしなかった。父と分かり合える気がしなかった。水平線の向こうに、鳥の群れが見える。
「あ」
いま、お腹を蹴りました。ユキナが嬉しそうに言う。慎也は砂に膝をつき、ユキナの腹に頬を寄せた。
「君に嫌な思いをさせたくない」
「嫌な思いなんか、しません」
ユキナが、慎也の頭を撫でる。以前は平らに近かった腹は張り出して、苦しげだ。この中にいのちがあるなんて、不思議だ。
「生まれたら、挨拶に行こう」
そう言うと、ユキナがはい、と微笑んだ。その顔が、苦しげに歪む。
「ユキナ?」
「あ……」
ユキナが声を震わせた。
「慎也さん、多分、うまれます」
予定日までまだあるのに。慎也は急いで携帯を取り出した。
分娩室のランプがついている。いま、ユキナは苦しんでいるだろうか。男には何もできない。ただ、無事を祈ることしか。
父もこうして、慎也が生まれるのを待ちわびただろうか。
自分に見合った器を選びなさい。父はそう言った。母はあなたに見合ったうつわだったのですか。だからあなたは母を選んだのですか。
そう尋ねようとして、やめた。議論するのは無駄だと思っていた。
彼女が俺に見合ったうつわだ。だから、身体を重ねた。愛し合った。だから、子供が生まれてくる。家柄でも学歴でもない、ただその人だからという理由で結婚する。
そのかたちを、許して欲しかった。
少しでも慎也のことを、愛しているなら。
愛なんて、自分にもわからないけれど。
泣き声が、聞こえてくる。慎也はハッと立ち上がった。
「おめでとうございます、元気な男の子です」
産婦人科医の言葉に、胸が詰まった。
保育器に入っている赤ん坊は、ちいさくて頼りなかった。
「真っ赤だ」
自分に似ているのか、ユキナに似ているのかわからない。まだ、目も開いていない。
分娩室からストレッチャーで運ばれてきた、ユキナの手を握る。少しぐったりしている。細い身体で出産するのは応えただろう。
「頑張ったね、ユキナ」
ユキナはなんでもない、というふうに微笑んだ。まるで、花のように。
ああ、彼女は器ではない。
人はみんな、花なのだ。美しい、たったひとつの花。
自分はその花に、恋をした。
縛り付けるのではなく、互いを見つめあうのではなく、同じ方を向いて、生きていく。
慎也は握った手に、唇を当てた。
ユキナの指には、金色の結婚指輪がはまっていた。
予感がしたから、とユキナは言った。
「お守りに、指輪をしておこうと思って」
「生まれるかどうか、わかるものなの?」
「予感、です」
赤ん坊をあやしながら、ユキナは言う。その姿は、すっかり母親だ。
退院後、二人はタクシーに乗り、仙崎家に向かっていた。いや、車内にいるのは三人だ。
「かえれ、って言われるかもね」
慎也は赤ん坊に指を差し出した。小さな手で、きゅ、と握りしめてくる。思わずを崩した。
「可愛いね。君に似てる」
「慎也さんにも似てます」
この可愛い生き物を見て、あの父親がどんな顔をするかは見ものだ。
案外、自分のように相好を崩すかもしれない。
タクシーが止まり、三人で門の前にたつ。
「いくよ」
ユキナが頷いたのを見て、インターホンを押した。
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おおっと、これはつらい展開。
でもストーリー的にはとても引き込まれます。
今後どのような展開になるのか楽しみです!
ありがとうございます(^O^)