ソラ コトバ ~どうしても恋愛に聞こえてしまう物語~

柊 一葉

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3.なんちゃってホラー

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ある夏の夜。

帰宅してすぐ、私は部屋に荷物を置きに行き、そして洗面所で顔を洗った。同棲して二年、彼にすっぴんを見られることにも慣れている。

タオルで水滴を取り、化粧水や乳液をつけ、そしてジャージに着替えてリビングに向かった。熱のこもった廊下は、フローリングすら生温かい。

――カチャ……

扉を開けるとテーブルにソファ、そして彼の姿がある。しかし、今日は、見慣れた彼の見慣れない姿があった。

右腕から血を流していた。

「っ……!!」

左手には、それを抑えたであろう血痕がついていて、彼はリビングの真ん中にひとり立っていた。
その目はギラギラと殺気だっていて、周囲を確認している。

でも私を見つけると、彼はいつも通り笑顔になった。

「あぁ、洗面所にいたのか」

その穏やかな笑みに、私は胸が痛んだ。

本当はわかってた。

私が帰ってきたとき、マンションのロビーから後をつけられてたってこと。「絶対についてきている」そう思っていたのに、まっすぐにこの部屋に帰ってきてしまった。
気配を感じてからは早足で部屋に入ったけれど、すべては遅かったのだ。背後にヤツはいたんだから……


「ごめん、まさかあなたが私の代わりに刺されるなんて…!」


こうなるって何となくわかってたって、言えなかった。言えるはずがない。

だってそうでしょう?

私は「彼が刺されるかも」ってわかっていて、こうして部屋に戻ってきた。自分は無理でも、彼ならヤツを仕留められるかもって思ってたから。ただ、自分が刺されたくない一心で……

叱られるのが怖くて、気づいていたことは告げなかった。

彼は、腕から血を流しながら笑っていた。まるで私がヤツを連れ帰ってくることを予想していたかのように。

フローリングにあるヤツの亡骸は、まだ片付けられていない。足もとに落ちているそれを凝視する私に、彼は言った。


「刺されるのは、僕の役目だよ」


夏のはじまり。

やるかやられるかの勝負、今回は彼に軍配が上がった。


だからと言って、これですべてが終わることはない。


私たちの戦いはこれからだ。


エアコンで冷えた部屋で、彼は再び宙に視線を彷徨わせる。


「ところで殺虫剤、どこ?あと1匹いると思うんだよね。あぁくそ、痒いな」


「さっき買ってきたわ」


ティッシュで彼の腕の血を拭うと、まん丸い膨らみができていた。


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