3 / 10
3.なんちゃってホラー
しおりを挟む
ある夏の夜。
帰宅してすぐ、私は部屋に荷物を置きに行き、そして洗面所で顔を洗った。同棲して二年、彼にすっぴんを見られることにも慣れている。
タオルで水滴を取り、化粧水や乳液をつけ、そしてジャージに着替えてリビングに向かった。熱のこもった廊下は、フローリングすら生温かい。
――カチャ……
扉を開けるとテーブルにソファ、そして彼の姿がある。しかし、今日は、見慣れた彼の見慣れない姿があった。
右腕から血を流していた。
「っ……!!」
左手には、それを抑えたであろう血痕がついていて、彼はリビングの真ん中にひとり立っていた。
その目はギラギラと殺気だっていて、周囲を確認している。
でも私を見つけると、彼はいつも通り笑顔になった。
「あぁ、洗面所にいたのか」
その穏やかな笑みに、私は胸が痛んだ。
本当はわかってた。
私が帰ってきたとき、マンションのロビーから後をつけられてたってこと。「絶対についてきている」そう思っていたのに、まっすぐにこの部屋に帰ってきてしまった。
気配を感じてからは早足で部屋に入ったけれど、すべては遅かったのだ。背後にヤツはいたんだから……
「ごめん、まさかあなたが私の代わりに刺されるなんて…!」
こうなるって何となくわかってたって、言えなかった。言えるはずがない。
だってそうでしょう?
私は「彼が刺されるかも」ってわかっていて、こうして部屋に戻ってきた。自分は無理でも、彼ならヤツを仕留められるかもって思ってたから。ただ、自分が刺されたくない一心で……
叱られるのが怖くて、気づいていたことは告げなかった。
彼は、腕から血を流しながら笑っていた。まるで私がヤツを連れ帰ってくることを予想していたかのように。
フローリングにあるヤツの亡骸は、まだ片付けられていない。足もとに落ちているそれを凝視する私に、彼は言った。
「刺されるのは、僕の役目だよ」
夏のはじまり。
やるかやられるかの勝負、今回は彼に軍配が上がった。
だからと言って、これですべてが終わることはない。
私たちの戦いはこれからだ。
エアコンで冷えた部屋で、彼は再び宙に視線を彷徨わせる。
「ところで殺虫剤、どこ?あと1匹いると思うんだよね。あぁくそ、痒いな」
「さっき買ってきたわ」
ティッシュで彼の腕の血を拭うと、まん丸い膨らみができていた。
帰宅してすぐ、私は部屋に荷物を置きに行き、そして洗面所で顔を洗った。同棲して二年、彼にすっぴんを見られることにも慣れている。
タオルで水滴を取り、化粧水や乳液をつけ、そしてジャージに着替えてリビングに向かった。熱のこもった廊下は、フローリングすら生温かい。
――カチャ……
扉を開けるとテーブルにソファ、そして彼の姿がある。しかし、今日は、見慣れた彼の見慣れない姿があった。
右腕から血を流していた。
「っ……!!」
左手には、それを抑えたであろう血痕がついていて、彼はリビングの真ん中にひとり立っていた。
その目はギラギラと殺気だっていて、周囲を確認している。
でも私を見つけると、彼はいつも通り笑顔になった。
「あぁ、洗面所にいたのか」
その穏やかな笑みに、私は胸が痛んだ。
本当はわかってた。
私が帰ってきたとき、マンションのロビーから後をつけられてたってこと。「絶対についてきている」そう思っていたのに、まっすぐにこの部屋に帰ってきてしまった。
気配を感じてからは早足で部屋に入ったけれど、すべては遅かったのだ。背後にヤツはいたんだから……
「ごめん、まさかあなたが私の代わりに刺されるなんて…!」
こうなるって何となくわかってたって、言えなかった。言えるはずがない。
だってそうでしょう?
私は「彼が刺されるかも」ってわかっていて、こうして部屋に戻ってきた。自分は無理でも、彼ならヤツを仕留められるかもって思ってたから。ただ、自分が刺されたくない一心で……
叱られるのが怖くて、気づいていたことは告げなかった。
彼は、腕から血を流しながら笑っていた。まるで私がヤツを連れ帰ってくることを予想していたかのように。
フローリングにあるヤツの亡骸は、まだ片付けられていない。足もとに落ちているそれを凝視する私に、彼は言った。
「刺されるのは、僕の役目だよ」
夏のはじまり。
やるかやられるかの勝負、今回は彼に軍配が上がった。
だからと言って、これですべてが終わることはない。
私たちの戦いはこれからだ。
エアコンで冷えた部屋で、彼は再び宙に視線を彷徨わせる。
「ところで殺虫剤、どこ?あと1匹いると思うんだよね。あぁくそ、痒いな」
「さっき買ってきたわ」
ティッシュで彼の腕の血を拭うと、まん丸い膨らみができていた。
0
あなたにおすすめの小説
君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない
あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。
タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。
図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。
実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。
同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
七人の美形守護者と毒りんご 「社畜から転生したら、世界一美しいと謳われる毒見の白雪姫でした」
紅葉山参
恋愛
過労死した社畜OL、橘花莉子が目覚めると、そこは異世界の王宮。彼女は絶世の美貌を持つ王女スノーリアに転生していた。しかし、その体は継母である邪悪な女王の毒によって蝕まれていた。
転生と同時に覚醒したのは、毒の魔力を見抜く特殊能力。このままでは死ぬ! 毒殺を回避するため、彼女は女王の追手から逃れ、禁断の地「七つの塔」が立つ魔物の森へと逃げ込む。
そこで彼女が出会ったのは、童話の小人なんかじゃない。
七つの塔に住まうのは、国の裏の顔を持つ最強の魔力騎士団。全員が規格外の力と美しさを持つ七人の美形守護者(ガーディアン)だった!
冷静沈着なリーダー、熱情的な魔術師、孤高の弓使い、知的な書庫番、武骨な壁役、ミステリアスな情報屋……。
彼らはスノーリアを女王の手から徹底的に守護し、やがて彼女の無垢な魅力に溺れ、熱烈な愛を捧げ始める。
「姫様を傷つける者など、この世界には存在させない」
七人のイケメンたちによる超絶的な溺愛と、命懸けの守護が始まった。
しかし、嫉妬に狂った女王は、王国の若き王子と手を組み、あの毒りんごの罠を仕掛けてくる。
最強の逆ハーレムと、毒を恐れぬ白雪姫が、この世界をひっくり返す!
「ご安心を、姫。私たちは七人います。誰もあなたを、奪うことなどできはしない」
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ダメンズな彼から離れようとしたら、なんか執着されたお話
下菊みこと
恋愛
ソフトヤンデレに捕まるお話。
あるいはダメンズが努力の末スパダリになるお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる