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1章
3.専属使用人
しおりを挟む──それなのに、どうしてこの場にアルヴェンがいるんだ!
今は俺の専属使用人を選ぶ場だからこそ、本来なら彼はいないはずだ。
アルヴェンは、俺の父親であるムルダム・ラクトフェルの最高傑作なのだ。彼は、白蛇と魔法生物のホワイトドラゴンの血を掛け合わせてできた、強力な力を持つキメラだ。
ムルダムは、アルヴェンを皇族に捧げる魔法生物にしようと、この時期は教育のため牢に監禁していたはずだ。
それが、どうして俺の専属使用人候補としてここにいるのかさっぱりわからない。さらに、俺の使用人になりたいなんて口にするのもあり得ないことだ。
というか、困るんだよ。俺の専属使用人になったら、皇女に出会えなくなるだろ。
原作のアルヴェンは理解者である皇女に出会い、復讐の道を本格的に歩き出す。そのため、原作通りに進めるなら彼が彼女に出会うのは必須なのだ。
息が荒くなりそうなのを、必死に抑えて俺は口角を吊り上げた。感情を殺した目を俺の腕を掴むアルヴェンに向ける。
……演技だ。今は演技に集中しろ。
「へえ。私のものになりたいのか、面白いことをいう。ならお前、同族は殺せるだろうね?」
俺の言葉に、アルヴェンの眉が小さく跳ねた。
「次期当主である私の専属使用人には、ここにいるキメラを取りまとめてもらうことになる。だから出来の悪いものの処分を任せ、私の代わりに罰してもらうことになるだろう」
暗にキメラの殺害や拷問を任せると伝えてやる。実際、そんなことを行う度胸は俺にはない。しかし、これはアルヴェンにとっては許し難いことのはずだ。
彼は、自分と同じ境遇であるキメラたちを家族のように大切に思っている。復讐の最中でも、ラクトフェル伯爵家から彼らを解放したいとずっと思っていた。
だからこそ、アルヴェンは俺の言葉を受け入れられないはずだ。むしろ俺に幻滅して、嫌悪するだろう。
アルヴェンが手を引くのを心の奥底で期待しながら、俺は彼を冷ややかな目で見下す。しかし、アルヴェンは俺から一度も目を逸らさなかった。
「……やる」
「なに?」
「──殺せる。俺があんたのものになれるなら、誰だって殺す。あんたが命じることなら、なんだって喜んでやり通す」
鋭い金色の瞳には、嫌悪の感情がどこにも見えなかった。怒りも、悲しみも見えない。ただ俺だけを求めるような凄まじい熱量だけが感じ取れて、思わず息を呑んだ。
なんだこれ。絶対に何かがおかしい。
アルヴェンがここまでして、俺の専属使用人になりたい理由がわからない。俺は、今日まで一度も彼に会っていない。
転生に気付いたころは、幼い彼に会って助けようと考えたこともあった。しかし、俺が転生したのだと気付いた時、既に彼は体を弄られた後だったのだ。
それに俺は、怖かった。ラクトフェル伯爵家には身近に死が多くありすぎて、少しの失敗で俺が殺されることもあり得たのだ。
だからこそ、原作通りに進めるためには仕方ないことだと、自分に言い聞かせてアルヴェンを見て見ぬふりをした。いつか断罪されて、罰を受けるからと言い訳しながら彼に関わらなかった。
……それなのに、どうして。
「ああもう! いい加減、その汚い手を離しなよ!」
俺の後ろから飛び出してきたのは、シンだ。シンは躊躇いもなく、アルヴェンの肩を蹴り付けた。蹴られた反動で、アルヴェンの体が傾くがその表情は変わらない。
なにごともなかったかのように、手は離さずに俺だけを見つめ続けた。
「おい、てめえ。父上に造られた分際で言うことが聞けねえのかよ!」
次にチークが、前に出て声を荒げるがアルヴェンは気にしない。まるで彼には俺の声と姿しか見えていないように振る舞うのだ。
「もう……殺しちゃおう、よ」
最後にサイラが、物騒なことを言い出して懐から小さなナイフを取り出した。これ以上はまずい、このままでは三つ子が暴走する。
「お前たち、やめなさい」
「でもでも、サタリア兄様!」
「この野郎、くそ生意気だって!」
「サタリア兄様に触れ続けるなんて……許されない」
三つ子は、各々不満を口にしながらアルヴェンに対する殺意を隠そうともしない。こうなってしまっては、簡単なことでは止まらないだろう。
……仕方ない。俺は、軽く呼吸を整えてから、口を開く。
「──私に、二度同じことを言わせるつもりか」
普段より少し低めな声を静かに口にする。一語一語をゆっくりと発しながら、怒りを感じ取れるよう意識して演技を行う。
この家で俺は畏怖の対象にならなくてはならない。次期当主として相応しい、情けなど一欠片も持ち合わせない冷徹無比な人間でなくてはいけないのだ。
三つ子は、俺の言葉にびくっと体を震わせて、落ち込んだように俯いた。
基本的にラクトフェル家は、子供が生まれても魔法生物たちに子育てを任せっきりなのだが、三つ子の面倒は全て俺が見た。だからなのか、彼らは俺に懐いてくれている。
一応、この家に染まらないように教育もしたつもりなのだが、そんな努力も空しく、随分と悪党らしく育ってしまった。
それでも他のラクトフェル家の面々よりは、随分とマシではある。
……このままでは、まずいな。
今は俺が叱ったから落ち込んでいるが、立ち直れば生意気な態度をとったアルヴェンに対して再び牙を剥くだろう。
魔法生物には何をしてもいいと思っている彼らが、俺の目が届かないところでどんなことをするか、わかったものではない。
ああくそ、仕方ない。これはもう、そうする以外解決策がない。
「三人とも、よく聞くんだ。私はこれを専属使用人にすることにした。リティ、父上にもそう伝えろ」
これと言いながら指差したのはアルヴェンだ。すると、彼は金の瞳を丸くして固まった。望みを叶えたぞとばかりに俺が掴まれていた手を軽く引くと、少しだけ躊躇った後にアルヴェンは俺を掴んでいた手をようやく離した。
しかし、離した後もアルヴェンは名残惜しそうに腕を上げたままで、動かなかった。
「かしこまりました、サタリア様」
リティはすぐに頷いたが、三つ子は全員が口をぽかりと開いたまま固まった。
「ええ! なんで、嘘!」
「本当に、こんなクソ野郎にするのか!」
「嘘……やだ……」
我に返った各々から嘆きの声が上がるも、俺はその決定を変える気はなかった。この三つ子からアルヴェンを守るにはこれしかない。
流れはほんの少し変わってしまうが、一時的に専属使用人にして、後に皇女のもとにいけるように俺が手配しよう。それが一番確かで、安全に流れに戻せる方法だといえる。
「お前たちならわかっているとは思うが、私は私のものを誰かに傷つけられるのが死ぬほど嫌いだ。いい子のお前たちなら、兄の言葉が理解できるね?」
先程とはうって変わって柔らかな声で三つ子に言い聞かせると、彼らは黙り込んだまま小さく頷いた。
とりあえず、これでいいだろう。一度部屋に帰って考えを整理したい。
「リティ。これの体を洗って、まともな衣服を与えて私の部屋に連れてこい」
「かしこまりました、お任せください」
リティにそれだけ伝えてから、俺はその場を後にした。その際に一度だけアルヴェンの方へ振り返ったが、彼は腕を上げたまま俺を真っ直ぐに見つめ続けていた。
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