桃太郎は、異世界でも歴史に名を刻みます

林りりさ

文字の大きさ
14 / 73

繁盛の理由

しおりを挟む
 今日も稼ぎが入ったので、屋台街に向かい、まだ食べていない料理を食べ歩いた。
 仕事終わりの飯が、こんなにうまいものだとは知らなかった。
 これが社会人というものかと、身をもって実感する。


 食後、満腹になった腹を落ち着かせるため、一度宿に戻った。
 少し横になろうかとも思ったが、全身が泥と土まみれなことに気づき、今日もバーニョへ行くことにした。

 疲れと汚れを落とそうと、アントニーさんのバーニョを訪れると——
 そこには昨日まではなかったものがあった。
「すまないが、女湯は入場規制中じゃー。列に並んどくれー」

「こんばんは、アントニーさん。この行列は……どうしたんですか?」
「おぉー! 桃太郎くんじゃないか。どうもこうもない、君のおかげじゃ!」
「俺のおかげ?」

「そうじゃよ。昨日話していた塩風呂を、今朝から試してみたんじゃ。そしたら、みなが『お肌がピチピチになる』って大騒ぎでな! 開店から大盛況なんじゃよ。それで、この有様ってわけじゃ」

 なるほど。まさか母ちゃんの知恵が、ここまで役に立つとは……母ちゃんの知恵袋、おそるべし!
「それは良かったです。でも、並ばないとだなぁ~」

「いやいや、並んどるのは女湯だけじゃ。男湯はいつも通りすぐ入れるぞ。そうじゃ! 繁盛のお礼に――これをやろう。無料券じゃ。いつでも来ておくれ!」
 バーニョ利用料が無料になるという、夢のような券をいただき、心の中で母にもう一度感謝した。

「ありがとうございます、めっちゃ助かります! 今日はギルドでの初仕事があって、すごく疲れてて、昨日の薬湯にまた入りたくて来たんですよ」
「あ、あぁ~、そうじゃったのか……」
 ん? なんだ、急に歯切れが悪くなったぞ……?

「何か、あったんですか?」
「それがのぅ……今日に限って薬草が手に入らなかったんじゃ。最近、魔物が出るとかなんとかで、冒険者からの薬草採取の依頼が滞ってるそうでなぁ」

 あちゃ~。こんな所にも影響が出るのかぁ~。やっぱり早く解決しないとだな。しかし、楽しみにしてた薬湯に入れないは残念だ……。いや、待てよ——
「あの、アントニーさん。薬湯に使う薬草って、何が入ってるんでしたっけ?」

「わしのバーニョでは、カンナビス、マンザニーラ、メンタ、それから旬の果物の皮などをブレンドしておる」
「カンナビス(麻)、マンザニーラ(加蜜列カモミール)、メンタ(薄荷ハッカ)、それと果物の皮か……。あの、よもぎなら手持ちがあるのですが、一度使ってみませんか?」

「おぉ、昨日言っておったやつじゃな。それにはどんな薬効があるんじゃ?」
「これも母からの受け売りですが、疲労回復に効果があると聞きました。食用にと思って採ってきたのがあるので、お試しになりますか?」
「ぜひぜひ~。是が非でも試させてもらいますぞい、桃太郎くん!」

 アントニーさんの圧がすごい……。塩風呂で味をしめたのだろうか。俺から商売の匂いをプンプン嗅ぎ取っている感じだ。まぁ、俺としても薬湯に入れるのはありがたいし、よろしくお願いしよう。

「では、ちょっと宿から取ってきますので、少しお待ちください。ララは列に並んで待っておいてね」
「おぉ、ララちゃんもおったのか。すまん、桃太郎くんとの会話に夢中で気づかんかったわい。君は並ばずとも優先して入ってもらって構わんよ!」

「大丈夫です。ララは順番抜かししないです。大将の言うとおり、並んで待っておくです」
「おぉ、なんて良い子じゃ。桃太郎くんといい、ララちゃんといい、わしは良い出会いに恵まれたようじゃな。嬉しいよ」

 そう言って、アントニーさんはララの頭を優しく撫でた。
 側から見れば、おじいちゃんと孫のようだな。何とも心温まる情景だ。
 ……ちなみに、薬草はアイテムボックスにしまってあるので、宿に戻る必要はない。

 だが、人前でいきなり薬草を大量に取り出すわけにもいかず、路地裏へまわってこっそり取り出し、再びバーニョへと戻った。
「お待たせしました、アントニーさん。これが蓬です」

「おぉ。蓬というのは、アルテミシアのことだったか」
「もしかして、使ったことありました?」
「いや、すり潰したアルテミシアを傷口や火傷に塗ることはあっても、湯の中に入れるという発想はなかった。でも、確かに考えてみれば、傷を治す効果があるのじゃから、湯に入れてもその効果が見込めるか……。よし、早速準備してくるわい!」

 アントニーさんは、喜々とした表情で薬湯の準備に取り掛かってくれた。
 母ちゃんの知恵が、またしても役に立ったみたいで何よりだ。
 ——よもぎ湯。前に一度だけ入ったことがあるけど、とても良い香りがした記憶がある。楽しみだ。


 十分ほどで、アントニーさんが満面の笑みを浮かべながら戻ってきた。
「桃太郎くん! アルテミシア湯、めちゃくちゃ良い香りじゃな、体の芯から温まりそうな、極上の湯になっとるぞい! ささ、早速入ってきておくれ!」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、一番風呂いただいてきます」


 ふぁぁぁぁ~。
 ——この世界に来て、今が一番心が休まっている気がする。
 アルテミシア湯……想像以上に疲れが吹っ飛ぶぞ。しかも、香りも最高だ。極楽極楽~。

 アルテミシアは、日本のよもぎよりも青臭さが少なく、ほんのり甘い香りがした。
 これは食用にも良さそうだな。そういえば葛も手に入ったし、葛餅にアルテミシアを混ぜたら、よもぎ餅風になって美味いかも!

「おーい、湯加減はどうじゃ?」
「最っ高ですね! 昨日の薬湯も素晴らしかったですが、このアルテミシア湯も引けを取りません。これ、絶対流行りますよ!」

「わしもそう思う! ところで桃太郎くん……」
「どう……しました?」
 アントニーさんが突然うつむき、体をブルブル震わせ始めた。

 体調でも悪いのかと心配になったが——その不安は一瞬で杞憂に終わった。
「桃太郎くん……頼む! アルテミシアをたくさん分けてくれ~~~‼」
 武者震い——商売人の勘が働いたのだろう。この商機を逃すまいと、全身全霊で懇願してくる。

 さすがにここまでされて、断るわけにはいかなかった。
「分かりました。また明日も持ってきますね」
「おぉ~、何と言うことだ……! 本当にわしは良い方と巡り合わせていただいた……アイリス様のご加護に、大いなる感謝を……」

 アントニーさんは膝をつき、両手を合わせて祈り始めた。
「今、アイリス様って……。それは、この世界の神様的な存在ですか?」
「ん? 桃太郎くんはアイリス教を知らんのか? ここテソーロを含め、パンギア国一帯では、アイリス様を主神とする信仰が一般的じゃ。異国から来た君は、別の神を信仰しておるのかい?」

「特定の宗教ってわけじゃないですけど、俺の世界では『八百万の神』という考え方があります。あらゆるものに神が宿るとされていて、すべての物を大切にし、感謝するってのが基本的な考え方です」

「ふむ、面白い考えじゃのう。人それぞれ、様々な考え方があって然るべきじゃ」
「でも、俺もアイリス様に似た存在のお方は敬っています。イーリス様という方なんですが」

「イーリス様か。アイリス、イーリス……。もしかすると、同一の存在かもしれんのぉ」
「発音も似ていますしね」
 アルテミシア湯を存分に堪能した俺は、翌朝、残りのアルテミシアを持ってくることを約束し、バーニョを後にした。
 
 ララは初めての塩風呂を満喫し、ただでさえピチピチの肌がさらにツヤツヤになったと大はしゃぎしている。
 まだ幼いとはいえ、そういうところはやっぱり女の子なんだなぁ、と微笑ましく感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

過労死した俺、異世界で最強農業チートに目覚める。神農具で荒野を楽園に変えたら、エルフや獣人が集まって最高の国ができました

黒崎隼人
ファンタジー
「君、死んじゃったから、異世界で国、作らない?」 ブラック企業で過労死した俺、相川大地。 女神様から授かったのは、一振りで大地を耕し、一瞬で作物を育てる**最強の『神農具』**だった!? 右も左もわからない荒野でのサバイバル。 だけど、腹ペコのエルフ美少女を助け、頼れるドワーフ、元気な猫耳娘、モフモフ神狼が仲間になって、開拓生活は一気に賑やかに! 美味しいご飯とチート農具で、荒野はあっという間に**「奇跡の村」**へ。 これは、ただの農民志望だった俺が、最高の仲間たちと世界を救い、種族の壁を越えた理想の国『アグリトピア』を築き上げる物語。 農業は、世界を救う! さあ、今日も元気に、畑、耕しますか!

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...