桃太郎は、異世界でも歴史に名を刻みます

林りりさ

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銀河を統べる女神

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「……うゔ、うーん……ん? ここは……」
 鬼に食べられてからの記憶がない。あぁ、それもそうか……俺は死んだんだった。ってことは、ここは黄泉の国か?
 そんなことをぼんやり考えていると、どこからか優しい声が聞こえてきた。

「ようやく目覚めましたか。どこか痛むところはありませんか?」
「え、あ、いえ……特には……」
「それは何よりです。起き上がれますか?」
 声の主に促されるままに、俺はゆっくりと身を起こした。

「お体は大丈夫そうですね。安心しました。あなたは、桃太郎さんで間違いないですね?」
「……はい、そうですが……あの、あなたは?」

「申し遅れました。私はイーリス。この銀河を統べる者、とでも言っておきましょうか」
「ぎ、銀河……?」

「桃太郎さん……。残念ですが、あなたは地球で、不遇にも命を落としてしまいました」
「やはり鬼に食われて死んだのですね」
「そうです。しかし本来、あなたはそこで命を落とす運命ではなかったのです」

「……えっ⁉」
 予期せぬ言葉に、思わずのけぞる。
「鬼切丸という男に会いましたね?」

「あぁ、あの屈強な男ですよね」
「はい。本来なら彼が鬼退治に赴くはずでした。しかし、運命の歯車が狂い、その役目があなたに回ってきてしまったのです」

「ちょ、ちょっと待ってください! それってつまり……俺はただの犬死だったってことですか⁉︎」
 イーリスは申し訳なさそうに目を伏せ、ぺこりと頭を下げた。

「申し訳ありません」
「マジか……。で、どこでその運命の歯車とやらは狂ったんです?」
「鬼切丸が、呉羽姫に出会ってしまったことが原因でしょうね」

「呉羽姫……。そういや、あいつなんか言ってたなぁ。あの人との約束がなんとかって」
「ええ、呉羽姫は綾羽姫という姉と共に、機織りの技術を伝えるため日本に渡来してきた方です。旅の途中で猪に襲われ、綾羽姫は逃げ延びましたが、呉羽姫は深手を負いながらも、命からがらあの港まで逃げおおせました。そこで偶然、漁に来ていた鬼切丸に助けられたのです」

「……それが、どう鬼退治と関係するんです?」
「命を救われたお礼にと、呉羽姫は機織りの技術を彼に伝えました。普通なら鬼切丸の性格からして、そこまで夢中になるとは思っていなかったのですが……」

 イーリスはため息混じりに続ける。
「まさかの、ド嵌りしてしまいまして……。気づけば、裁縫男子が爆誕しておりました」
 裁縫男子……だと!?

「彼に機織りの才能は皆無なんですがね……」
「でしょうね。あのオンボロ生地が、こないだ織った自信作だとか言っていましたし」

「はい……。彼は旅立った呉羽姫との再会を誓い、それまでに一人前の機織り職人になると決めたのです。それで鬼退治はすっかり後回しに……」
 俺が呆れ果てていると、イーリスはふっと表情を改めた。

 イーリスは、俺が本来の運命とは違う道を辿り、不遇な死を遂げてしまったお詫びにと、新しい魂に息吹を与え、別の世界で人生をやり直す機会を設けてくれると提案してきた。
 そういったことを『転生』というらしい。

 さらに、転生した先で現世では成し遂げられなかった未練を果たすための助力を、三つ授けてくれると言ってきた。
「おお、それはありがたい! じゃあ、どんな力をもらおうかな——」

 俺が考えようとし始めた時、イーリスは勝手に一つ目を決めてしまった。
「まず一つ目は“天寿を全うする力”を授けましょう」
「えっ? 三つとも俺に決めさせてくれるんじゃないんですか?」

「まぁそれも悪くはないでしょうが、この力はなかなかに素晴らしい力だと思いますよ!」
「天寿を全うするって……割と普通なんじゃ?」

「いえいえ、かなり特別な力です!」
 イーリスは微笑みながら説明を続ける。
「これから転生する世界には、先ほどの鬼なんかよりも、遥かに凶暴な魔人や魔物がウジャウジャ生息しています」

「はっ? ちょ、聞いてないんですけど⁉」
「ですがこの力があれば、命を落としても“数時間前に巻き戻る”ことができます。その体の寿命が尽きるまでは、何度でも。つまり、不運な死からは守られます」

「……ってことは、復活できるってことですか?」
「ええ、そういう認識で概ね構いません。ただし、“死の運命”そのものを避けるのは、あなた自身の行動にかかっています」
「なるほど……じゃあ、危ない場所には近づかないようにすれば……」

「それも一つの手ですが、周囲の人々は巻き込まれて死ぬかもしれません。それを防ぎたければ、あなた自身が脅威を断たなければならないのです」
「うぅ……。なら、そこに皆も近づかないように説得すれば……」

「言いたいことはわかりますが、それは無理でしょう。未来予知などの能力は、あちらの世界では信じられておりませんので、誰もあなたの声には耳を傾けないでしょうから」
「……つまり、脅威の元を絶たなきゃいけないってことか」

「そう言うことですね。では、“天寿を全うする力”を付与致します」
 イーリスが両手をかざすと、全身がふわっと金色の光に包まれた。
「な、なんだコレ? あったかくて……とても心地良い」

「付与が完了いたしました。暖かく感じたのは、私の力が桃太郎さんの御魂と融合した証ですね」
「すげぇ……! あ、あの~、一個つ質問してもいいですか?」

「ええ、どうぞ」
「もし……もしですよ! 好きになった子ができて~、告白するじゃないですか~。で、もし断られたりしたら……その日の朝に戻って“なかったこと”にできたり……しませんかねぇ?」

 イーリスは、その下衆な発想にしばらく絶句したのち、ピシャリと答えた。
「桃太郎さん……私の授けた力を、そんなくだらないことに使おうとするなんて……。当然、そんな使い方は許しません!」
 こっぴどく怒られた俺は、情けなくもどんどん体が縮んでいった。

「念のため伝えておきますが、ご自身で命を絶った場合、それは運命を放棄したとみなされ、やり直しは認められませんのでねっ!」
「はい……すみません。命大事に、真っ当に生きていきます……」
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