12年越しの初恋 ―大人になってからの、ほんとの恋―

華月麗奈

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第8話 届かぬ想い

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春樹とのデートから数日後。
小夜は仕事帰り、薬局を出て歩道を歩いていた。
夜風に吹かれながら、心の中はまだほんのり温かい。

(……小山くんと一緒にいると、安心できる)
彼の言葉、優しさ、真っ直ぐな眼差し。
思い出すたび、胸が甘く高鳴った。

――そのとき。
「松原!」

振り返ると、そこには斎藤栄太の姿があった。
ジム帰りなのか、スポーツバッグを肩に下げ、息を切らして駆け寄ってくる。

「久しぶり。……最近、連絡返してくれないからさ」
「……ごめん。」

小夜は曖昧に笑う。
けれど、栄太の視線は真剣そのものだった。

「この前は、強引に誘ってごめん」
「…ううん」
「俺、本気でなんだ。松原と、二人で会いたい」

真っ直ぐすぎる言葉に、小夜は返事を詰まらせる。
春樹の顔が頭に浮かぶ。
でも、それを正直に言えるほど自分の気持ちを整理できてはいなかった。

「斎藤くん、私、実は…」
精一杯の返答をしようとすると、栄太は何かに気付いたように、小夜の言葉を阻んだ。

「……待って!俺は諦めないから」

その声に、胸がずきりと痛んだ。
彼が本気で想ってくれていることは伝わってくる。
だからこそ、小夜はどう答えればいいのかわからなかった。

別れ際、栄太の背中を見送りながら、小夜は小さく息をついた。
(……小山くんに、ちゃんと伝えなきゃ……)

心を決めたいはずなのに、まだ少し迷いが残っていた。


仕事帰りの小夜は、また栄太に呼び止められた。
ジム帰りなのか、いつもと同じジャージ姿で、明るい笑顔を浮かべている。

「なあ松原。この前の話、考えてくれた?」
「……」

小夜は小さく息を吸い込む。
このまま曖昧にしては駄目だ――そう自分に言い聞かせ、口を開いた。

「……ごめん、栄太くん。私……付き合ってる人がいるの」

その一言に、栄太の表情が固まった。
けれどすぐに、探るような眼差しを向けてくる。

「……春樹、か?」

小夜は目を伏せ、ゆっくりと頷いた。
否定はできない。むしろ、自分の気持ちをはっきりさせるためにも、ここで認めるしかなかった。

栄太は短く息を吐き、そして笑顔を作った。
「……そうか。なら仕方ないな」
「斎藤くん……」

笑顔の裏に、どこか寂しさが滲んでいるのがわかる。
それでも彼は明るく振る舞った。

「松原が幸せなら、それでいいよ。俺、しつこいのは嫌われるしな」

軽い調子に見せかけているけれど、その声にはどこか力がなかった。
小夜は胸が締めつけられる思いで栄太を見つめた。

「ありがとう……」
そう呟くのが精一杯だった。

栄太は片手をひらひらと振って歩き出す。
その背中はまるで何かを諦めたように見えて――けれど小夜には、彼の中にまだ火が残っている気がしてならなかった。

(私……小山くんに、もっとちゃんと気持ちを伝えたい)

小夜は胸の奥で強くそう思いながら、夜の街を歩き出した。


週末。
小夜は春樹と待ち合わせて、駅前の商店街を歩いていた。
人混みの中でも、春樹が隣にいるだけで不思議と安心できる。

「何食べたい? せっかくだし、好きなもの選んでいいぞ」
「えっ、じゃあ、オムライスとか」
「いいな。昔から好きだったよな」
「覚えてたの?」
「もちろん。松原、食堂でオムライスの日はやたら嬉しそうにしてた」

思わぬ一言に、小夜の頬が熱を帯びる。
そんな昔のことまで覚えていてくれる――その事実がたまらなく嬉しかった。

商店街の奥にある洋食屋で並んで座り、オムライスを食べる。
春樹は時折、小夜の表情を見て笑っていた。
「なんか、幸せそうだな」
「本当に好きだから」
素直にそう言うと、春樹の目が優しく細められた。

食後は雑貨屋や古本屋をのぞいて歩き回り、小さなストラップを春樹が買ってくれた。
「松原に似合うと思ったから」
四つ葉のクローバーの形。
そのささやかな贈り物に、小夜の心は甘く震えた。

駅まで戻ると、春樹がふと足を止めた。
「このまま、送っていくよ」
「え、悪いよ」
「悪くない。むしろ、送らせてほしい」

その言葉に、小夜は胸を高鳴らせながら頷いた。

並んで歩くうちに、春樹の手がすっと差し出される。
一瞬ためらったが、小夜もそっと指を絡めた。
温かな掌が、自分を優しく包み込む。

(ああ……やっぱり、この人と一緒にいたい)

心の奥で、確かな答えが芽生えていった。

自宅近くまで来ると、名残惜しそうに春樹が立ち止まる。
「今日はありがとう。すごく楽しかった」
「私も……本当に楽しかった」

その瞬間、春樹が一歩近づく。
夕闇の中、互いの距離がゆっくりと縮まり――小夜は瞼を閉じた。

頬に触れる温もり。
ほんの短い、けれど優しいキス。

唇が離れると、春樹は小さく笑って囁いた。
「……次は、もっと一緒にいたい」

その言葉に、小夜の胸は甘く満たされる。

その夜、小夜はベッドに横たわりながら、ずっと唇の温もりを思い出していた。
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