貧乏貴族だけど類稀なる孕み腹の診断が下りて格上貴族と結婚したのにぜんぜんその気配がなくて調べたら俺に欠陥があった件

一つ目の分岐点

　悩んでいても仕方がないと、俺は自らに強く言い聞かせていた。
　このまま何もせずに泣いていても、状況は変わらないのだと。

　俺は、アルフォンス様とこのまま末永く幸せでいられる方法を考えた。
　そして、ある一つの決断を下していた。

　夜、いつも以上に静まり返った寝室で。
　俺は震える手を静かに握りしめて、アルフォンス様にこう伝えていた。
「その血のために、どうか他の人を妻として迎え入れてください」
　その瞬間、空気が凍りついたように感じた。
　アルフォンス様は、驚きに目を見開いていたのだから。

　そして、わずかに美しい顔を歪ませた。
　それはいつも俺を溺愛し、欲しいものは何でも手に入れてみせると微笑む、あの柔らかな顔ではなかった。
「ルーナ……。何を言っているのか、わかっているのかい？」
　その声は、かすかに震えていた。
　その声を耳にした瞬間、胸がひどく締めつけられるようでもあった。

「はい。そもそもアルフォンス様は、俺が孕み腹だから結婚したんでしょう？でも今の俺は、孕むことさえもできません。それならいっそ……俺なんか捨てて、他の人を……っ……！」
　言葉の途中で、涙が溢れた。
　頬を伝う熱い雫は、今となっては止まらない。
　情けないほどに声は震え、喉が苦しくてうまく息を吸いこむことができなかった。

　次の瞬間、アルフォンス様の腕が俺を優しく包み込んだ。
　広くて、強くて、いつも俺を安心させてくれる温かな腕が。
　その胸に顔を埋めれば、いつか俺が好きだといった微かな香水の匂いが鼻をくすぐった。
　大きな手で髪を撫でられ、頬に優しい口付けを落とされた。
「ルーナ。私は、君のことを心から愛しているよ。その想いは、変わらない」
　低い声が耳へと心地よく滑り込む。
　そしてさらに、耳元で囁いた。
「それは、君の本当の気持ちかい？」
　何もかもを見透かしたようなその言葉に、俺は思わず心を震わせていた。
「……本当は、すごく嫌だ。でも……アルフォンス様のためを思って、俺は……」
　言葉にした途端、俺の意志は崩れてしまう。
　声にならない嗚咽がこみ上げ、情けなくその胸に縋りついた。

　アルフォンス様は俺の涙を指先でそっと拭うと、額に深く、長い口付けを落としてくれた。
　まるで、祈りを込めるかのように。

「わかった。私も、少しは考えてみることにしよう。だが、決して忘れないでいてほしい。私はルーナが孕み腹でなくても、これまでと変わらず君のことを愛しているよ」

　吐息のような声が、まるで呪いのように胸に深く響いていく。
「アルフォンス様……！」
　堰を切ったように、俺は声をあげて泣いていた。

　泣き疲れて眠りに落ちる直前、唇にもう一度、優しいキスが落ちたことをよく覚えている。

　目覚めたときには、きっとすべてが良い方向へ向かっていくと信じて。