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悪党グレイルート
一つ目の分岐点の続きの話です。
――――――――――――――――
翌朝。
目を覚ますと、アルフォンス様はその顔にいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべていた。
けれどその奥には、深い決意を宿していた。
「二人目の妻を、迎え入れることにしたよ」
その声は優しく、とても落ち着いていた。
俺は喉の奥が焼けるような痛みを覚えながらも、静かに微笑んで頷いた。
「ルーナ。しばらくは君に寂しい思いをさせるかもしれないが、……わかってくれるな?」
アルフォンス様も、その元は笑っていたけれど、声はわずかに震えていた。
「はい。もちろんです。アルフォンス様、俺のわがままを聞いてくださり……ありがとうございます」
アルフォンス様は言葉を呑み込み、ただ強く俺のことを抱きしめて、いつものように口付けをしてくれた。
二人目の妻であるルイス様がやってきてから、アルフォンス様は俺の部屋に来なくなった。
静まりかえった寝室は、あまりにも広すぎるように思えていた。
***
ある夜、眠ろうと寝台に足を向けた俺の背後で何者かの気配がした。
声をあげようとした時にはもう遅く、頭部に衝撃を受けて俺は床に倒れ込む。
目を覚ますと、湿った石の匂いがした。
そのことに、ここはアルフォンス様の屋敷ではないのだと知る。
ぼやける視界の向こうでは、何人かの男たちの姿と粗野な笑い声が響いていた。
この身は縄で強く縛られて、俺は身動き一つとれずにいた。
俺は、連れ去られてしまったのだ。
「お頭、目覚めましたぜ!」
そう男のうちの一人に腕を蹴られて、俺は呻き声をあげていた。
そして一人の男が、俺の顎を掴み上げる。
くすんだ銀の短い髪に、その頬には大きな傷跡が縦にはしる。茶色の瞳はぎらりと鋭く、怯えたような顔をした俺の姿を映していた。
「アルフォンス家の孕み腹ってのは、お前のことで間違いないな?」
有無を言わさぬその視線に、俺は震えながらも頷いた。
「もう一人の長い髪の方は、欠陥があって使い物にならないっていうのは本当か?」
相手は、間違った情報を仕入れていた。
けれど、否定すれば殺される。
男の腰元にナイフがぶら下がっているのを、俺は一瞬のうちに見ていたのだから。
だから俺は、震える声でこう言った。
「……そうだ。俺が、本物の孕み腹だ。何が目的だ」
その言葉に、男は静かに笑っていた。
「その目、気に入った。お前、今日から俺のオンナになれ」
荒い息遣いと、ざらついた手の感触が直に肌を撫でていた。
恐怖で、全身が凍りつく。
「お頭、いいんですかい?」
「孕み腹を攫って揺さぶるとか、言ってたじゃありやせんか!」
そのような子分たちを一喝するかのように、男は冷たい声で言い放つ。
「そんなこと、どうだっていい。とにかくこいつは、俺のモンだ。金はまた、別の方法で手に入れるさ」
その声には、高圧的な強さが宿っていた。
子分たちは何も言わずに、この男に従うように媚びたような笑みを浮かべていた。
俺は、窓のない部屋に閉じ込められた。
扉には、何重もの鍵がついていた。
逃げるという選択肢は、最初から存在すらしないかのように。
恐怖で震えた最初の数日は、何度も何度も涙を流した。
けれど男は、俺の身をその腕に封じ込めて片時も放そうとはしなかった。
助けを求めることもできず、救いの手もなく。ただひたすら男の腕の中にいた。
「お前、名前は?」
けれどもその腕に抱かれているうちに、俺のこの身の震えは別の震えへと変わっていく。
かすかな安心感を、俺は見知らぬこの男に抱くようになっていたのだから。
耳元で、もう一度低く囁かれた。
「名前は、あるんだろう?」
「ルーナ」
短く答えれば、男は俺の髪に唇を寄せていた。
「いい名前だ。俺は、グレイ」
グレイ、そう心の中で呟けばあたたかな何かが広がるような気がしていた。
食事は全て、彼の手から与えられた。
常に膝の上に俺の身があって、何をするにもグレイは俺を抱きかかえていた。
排泄も所定の場所で、グレイに見せつけるかのように行った。湯浴みも一緒に行い、この身の隅々までその手で丁寧に洗われた。
寝ている間に、右腕にグレイのものであるといった印を深く刻まれていたこともあった。
それでも俺は、絶望することを通り越してむしろ静かな笑みを浮かべていた。
いつしか俺の心は、壊れてしまっていたんだ。
そして今では、グレイなしでは立つことも息をすることもまともにできなくなってしまう。
「お前は、俺のものだ。ルーナ、俺だけのルーナ」
グレイが求めれば、俺はいつでも股を開いた。
グレイは常に何かに飢えているようでもあり、常に俺のことを欲していた。
「おら、鳴けよ!」
そう強くこの身を揺さぶられて、俺は恥もなく喘ぎ声を響かせていた。
そうすれば、グレイの機嫌がよくなることを知った。
言葉遣いはぶっきらぼうだったけれど、不思議とその手はいつも熱く、少しだけ荒れていて、それでいて優しかった。
気づけば、俺は抗うことも忘れてその腕に抱かれることを嬉しく思っていた。
「ルーナ、綺麗だ」
刻まれた腕の痕を指でなぞりながら、そう低く囁いた。
その声に触れただけで、心臓が跳ねるようでもあったんだ。
いつからだろう。
俺のこの名を呼ぶ声が、こんなにも心を揺らすようになったのは。
そしてグレイは、いつも寂しそうな目をしていた。
***
ある日、グレイは静かに語った。
俺を攫った理由を、そして悪事に手を染めてしまうようになった経緯を。
グレイには、貴族の血が流れているのだそうだ。その言葉に、俺は驚きはしなかった。
くすんではいるものの、銀色の髪は貴族の証でもあったのだから。けれど産まれてすぐに捨てられて、孤児院で育っていく。
日々の暮らしは貧しく、同じように親に捨てられた子とともに成長した。
やがて孤児院を出て、グレイは街で一人生きようと頑張った。
汗水を流して真面目に働き、金のために過酷な肉体労働も厭わなかった。
けれどいくら頑張っても、孤児であるということを理由に支払われる金は微々たるものでもあったんだ。
そのことを決めて、この世界の全てを取り仕切るのは俺をはじめとした貴族たちでもあったんだ。
「貴族なんざ、信用できねえ。俺たちの生活を踏みつけてきたのは、いつだってあいつらなんだからよ……」
やがてグレイは、盗みや揺さぶりを繰り返すようになっていく。
そして今では、どこにあるのかわからぬこの場所を拠点として子分たちとともに贅沢な暮らしをおくっていた。
あまった金は、かつて過ごしていた孤児院に寄付しているとも言っていた。
血が滲むほど強く指を握りしめながら、グレイは絞り出すようにこう言った。
「俺は、死ぬまで貴族を憎み続ける」
その声は、怒りよりも深い悲しみに満ちていた。
その瞬間、俺はグレイのことを恨めなくなっていた。
むしろ、救いたいとすら思えてしまう。
俺は少しずつ、自らが何者であったのかを忘れてしまう。
グレイはいつも、俺のことだけをその目に映して笑っていた。
痛々しい頬の傷を指でなぞれば、グレイはその指を取って強く口づけをしてくれた。
「お前も、好きで孕み腹になったわけじゃないのにな……」
グレイは俺を憐れんで、その夜はこれまでよりもいっそう優しく抱いてくれた。
俺はその優しさに包まれながら、静かに笑みを浮かべていた。
「グレイ、好きだよ。大好き」
そう伝えれば、グレイは少年のように微笑んだ。
「俺も、好きだ。ルーナ」
俺は直接的にはその悪に加担しなかったけれど、グレイはいつも大金の入った袋を抱えていた。
その金を仕分けをするのが、いつしか俺の仕事になっていく。
グレイのぶんに、子分たちの分け前。そして、孤児院のぶん。
それでも金が余ったときは、グレイは俺のために高そうな服や装飾品を贈ってくれた。
「どうだ、新しい服は」
近頃は極端に面積の少ない下着を俺に着せて眺めるのが、グレイのお気に入りでもあったんだ。
そしてその上には、さらに肌触りのいい布地で仕立て上げられた女ものの服が。
胸元にはいくつもの宝石が散りばめられていて、俺には不釣り合いなほどに輝いていた。
「グレイ、ありがとう」
そう笑ってみせれば、グレイは俺の腰を引き寄せてこの胸を鷲掴む。
「男なのに、孕み腹。おかしなやつだぜ、お前は。……まあ、そこがいいんだけどよ」
グレイは俺を、時折女であるかのように扱った。
うやうやしく貴族のような礼の姿勢をとってみせて、ダンスの真似事のようなこともした。
ついにはグレイの手によって、俺の唇には赤い紅が引かれていた。
肌にも毎日化粧を欠かさぬようになり、この髪も絶対に切るなと言われてしまう。
やがて俺は、身も心もグレイの女になっていく。
それでも俺は、グレイのことを愛していた。
グレイに求められることが、何よりの喜びでもあったのだから。
「ルーナ、ケツ見せろ」
「グレイ、抱いて」
その日、グレイは立ったまま背後から俺の身を貫いていた。
鍵のかかる冷たい扉に押し付けられながら、俺は何度もグレイの名を呼んでいた。
胸は強く揉みしだかれて、やがて胸元にある二つの飾りも潰されるように握られる。
「ああ……っ……!」
思わず強くその熱を締め付ければ、グレイは力強く俺の尻を叩いていた。
乾いた音が、何度も響き渡る。しかしそれさえも刺激になって、俺は尻を熱くさせながらグレイの種を求めていた。
「ルーナ、声出せ!」
「グレイっ、ああっ……!もっと、もっと叩いてぇ!」
扉の向こうで、何かが蠢くような気配がした。
きっと、子分たちが聞き耳を立てているのだろう。
数多の男たちにも聞こえるように、俺はグレイへの愛を叫ぶ。
「愛してる……っ、愛してるの……!」
「俺もだ、ルーナ!愛してる!」
泣きながら、俺は絶頂を迎えた。
力なくこの身が崩れ落ちても、なおもグレイは俺の身を離しはしなかった。
髪を掴まれ引っ張られ、何度頬をぶたれても俺は愛を叫ぶことを辞めなかった。
やがてこの声は枯れて、息も絶え絶えにグレイの身に縋りつく。
「孕め、孕めよ!」
「孕ませて、グレイの子っ……俺に……!」
何度も唇を貪って、何度もその種を搾り取って、俺は身も心もグレイに堕ちていった。
グレイの女に、なりたい。
グレイだけを愛する女に。そして、グレイの血を引く子供の母になりたい。
心から、そう願った。
***
ある朝、突然込み上げる吐き気に俺は膝をついていた。
グレイは驚いたような顔をして、俺の背を支えてくれていた。
震える手で腹部に触れて、思わず息を呑む。
「……まさか、孕んだのか?」
その手のひらは、いつものように優しかった。
念には念をと、グレイはあらゆる伝手を辿って怪しげな医師を呼び寄せていた。
「確かに、妊娠しています」
その言葉を耳にした瞬間、グレイは満面の笑みを浮かべていた。
「ルーナ、でかしたぞ!俺たちの子だ」
その顔は悪党のそれではなく、純粋な少年のようでもあったんだ。
気づけば俺も、目に涙を浮かべて笑っていた。
「グレイ、やったよ……。俺、……」
「ありがとう、ルーナ。お前は、最高のオンナだ!」
いま俺は、最高に幸せだ。
愛するグレイに、子分のみんな。賑やかな家族のような空間で、俺はこの子を大切に育てていく。
グレイは俺の体調を気遣いながらも、なおも俺を愛することは辞めはしなかった。
「医者は、いいって言ってたぞ?それにお前にも、ミルクをやらねえとな……っ……!」
そうグレイは、今日も俺の奥深くへと熱い種を注いでいた。
俺は膨らんだ腹に手を添えながら、喜んでそれを受け止めていた。
「ルーナっ、ガキが産まれても……。お前の一番はこの俺だ、わかったな?」
「もちろんっ……。ううっ……、グレイのことが一番好き」
そう口づけをすれば、グレイは満足そうに微笑んだ。
もうあの世界には、戻れない。
でも、それでも。俺はグレイと生きていく道を選んだ。
グレイとこの子さえいれば、俺にはもう何もいらないのだから。
END
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翌朝。
目を覚ますと、アルフォンス様はその顔にいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべていた。
けれどその奥には、深い決意を宿していた。
「二人目の妻を、迎え入れることにしたよ」
その声は優しく、とても落ち着いていた。
俺は喉の奥が焼けるような痛みを覚えながらも、静かに微笑んで頷いた。
「ルーナ。しばらくは君に寂しい思いをさせるかもしれないが、……わかってくれるな?」
アルフォンス様も、その元は笑っていたけれど、声はわずかに震えていた。
「はい。もちろんです。アルフォンス様、俺のわがままを聞いてくださり……ありがとうございます」
アルフォンス様は言葉を呑み込み、ただ強く俺のことを抱きしめて、いつものように口付けをしてくれた。
二人目の妻であるルイス様がやってきてから、アルフォンス様は俺の部屋に来なくなった。
静まりかえった寝室は、あまりにも広すぎるように思えていた。
***
ある夜、眠ろうと寝台に足を向けた俺の背後で何者かの気配がした。
声をあげようとした時にはもう遅く、頭部に衝撃を受けて俺は床に倒れ込む。
目を覚ますと、湿った石の匂いがした。
そのことに、ここはアルフォンス様の屋敷ではないのだと知る。
ぼやける視界の向こうでは、何人かの男たちの姿と粗野な笑い声が響いていた。
この身は縄で強く縛られて、俺は身動き一つとれずにいた。
俺は、連れ去られてしまったのだ。
「お頭、目覚めましたぜ!」
そう男のうちの一人に腕を蹴られて、俺は呻き声をあげていた。
そして一人の男が、俺の顎を掴み上げる。
くすんだ銀の短い髪に、その頬には大きな傷跡が縦にはしる。茶色の瞳はぎらりと鋭く、怯えたような顔をした俺の姿を映していた。
「アルフォンス家の孕み腹ってのは、お前のことで間違いないな?」
有無を言わさぬその視線に、俺は震えながらも頷いた。
「もう一人の長い髪の方は、欠陥があって使い物にならないっていうのは本当か?」
相手は、間違った情報を仕入れていた。
けれど、否定すれば殺される。
男の腰元にナイフがぶら下がっているのを、俺は一瞬のうちに見ていたのだから。
だから俺は、震える声でこう言った。
「……そうだ。俺が、本物の孕み腹だ。何が目的だ」
その言葉に、男は静かに笑っていた。
「その目、気に入った。お前、今日から俺のオンナになれ」
荒い息遣いと、ざらついた手の感触が直に肌を撫でていた。
恐怖で、全身が凍りつく。
「お頭、いいんですかい?」
「孕み腹を攫って揺さぶるとか、言ってたじゃありやせんか!」
そのような子分たちを一喝するかのように、男は冷たい声で言い放つ。
「そんなこと、どうだっていい。とにかくこいつは、俺のモンだ。金はまた、別の方法で手に入れるさ」
その声には、高圧的な強さが宿っていた。
子分たちは何も言わずに、この男に従うように媚びたような笑みを浮かべていた。
俺は、窓のない部屋に閉じ込められた。
扉には、何重もの鍵がついていた。
逃げるという選択肢は、最初から存在すらしないかのように。
恐怖で震えた最初の数日は、何度も何度も涙を流した。
けれど男は、俺の身をその腕に封じ込めて片時も放そうとはしなかった。
助けを求めることもできず、救いの手もなく。ただひたすら男の腕の中にいた。
「お前、名前は?」
けれどもその腕に抱かれているうちに、俺のこの身の震えは別の震えへと変わっていく。
かすかな安心感を、俺は見知らぬこの男に抱くようになっていたのだから。
耳元で、もう一度低く囁かれた。
「名前は、あるんだろう?」
「ルーナ」
短く答えれば、男は俺の髪に唇を寄せていた。
「いい名前だ。俺は、グレイ」
グレイ、そう心の中で呟けばあたたかな何かが広がるような気がしていた。
食事は全て、彼の手から与えられた。
常に膝の上に俺の身があって、何をするにもグレイは俺を抱きかかえていた。
排泄も所定の場所で、グレイに見せつけるかのように行った。湯浴みも一緒に行い、この身の隅々までその手で丁寧に洗われた。
寝ている間に、右腕にグレイのものであるといった印を深く刻まれていたこともあった。
それでも俺は、絶望することを通り越してむしろ静かな笑みを浮かべていた。
いつしか俺の心は、壊れてしまっていたんだ。
そして今では、グレイなしでは立つことも息をすることもまともにできなくなってしまう。
「お前は、俺のものだ。ルーナ、俺だけのルーナ」
グレイが求めれば、俺はいつでも股を開いた。
グレイは常に何かに飢えているようでもあり、常に俺のことを欲していた。
「おら、鳴けよ!」
そう強くこの身を揺さぶられて、俺は恥もなく喘ぎ声を響かせていた。
そうすれば、グレイの機嫌がよくなることを知った。
言葉遣いはぶっきらぼうだったけれど、不思議とその手はいつも熱く、少しだけ荒れていて、それでいて優しかった。
気づけば、俺は抗うことも忘れてその腕に抱かれることを嬉しく思っていた。
「ルーナ、綺麗だ」
刻まれた腕の痕を指でなぞりながら、そう低く囁いた。
その声に触れただけで、心臓が跳ねるようでもあったんだ。
いつからだろう。
俺のこの名を呼ぶ声が、こんなにも心を揺らすようになったのは。
そしてグレイは、いつも寂しそうな目をしていた。
***
ある日、グレイは静かに語った。
俺を攫った理由を、そして悪事に手を染めてしまうようになった経緯を。
グレイには、貴族の血が流れているのだそうだ。その言葉に、俺は驚きはしなかった。
くすんではいるものの、銀色の髪は貴族の証でもあったのだから。けれど産まれてすぐに捨てられて、孤児院で育っていく。
日々の暮らしは貧しく、同じように親に捨てられた子とともに成長した。
やがて孤児院を出て、グレイは街で一人生きようと頑張った。
汗水を流して真面目に働き、金のために過酷な肉体労働も厭わなかった。
けれどいくら頑張っても、孤児であるということを理由に支払われる金は微々たるものでもあったんだ。
そのことを決めて、この世界の全てを取り仕切るのは俺をはじめとした貴族たちでもあったんだ。
「貴族なんざ、信用できねえ。俺たちの生活を踏みつけてきたのは、いつだってあいつらなんだからよ……」
やがてグレイは、盗みや揺さぶりを繰り返すようになっていく。
そして今では、どこにあるのかわからぬこの場所を拠点として子分たちとともに贅沢な暮らしをおくっていた。
あまった金は、かつて過ごしていた孤児院に寄付しているとも言っていた。
血が滲むほど強く指を握りしめながら、グレイは絞り出すようにこう言った。
「俺は、死ぬまで貴族を憎み続ける」
その声は、怒りよりも深い悲しみに満ちていた。
その瞬間、俺はグレイのことを恨めなくなっていた。
むしろ、救いたいとすら思えてしまう。
俺は少しずつ、自らが何者であったのかを忘れてしまう。
グレイはいつも、俺のことだけをその目に映して笑っていた。
痛々しい頬の傷を指でなぞれば、グレイはその指を取って強く口づけをしてくれた。
「お前も、好きで孕み腹になったわけじゃないのにな……」
グレイは俺を憐れんで、その夜はこれまでよりもいっそう優しく抱いてくれた。
俺はその優しさに包まれながら、静かに笑みを浮かべていた。
「グレイ、好きだよ。大好き」
そう伝えれば、グレイは少年のように微笑んだ。
「俺も、好きだ。ルーナ」
俺は直接的にはその悪に加担しなかったけれど、グレイはいつも大金の入った袋を抱えていた。
その金を仕分けをするのが、いつしか俺の仕事になっていく。
グレイのぶんに、子分たちの分け前。そして、孤児院のぶん。
それでも金が余ったときは、グレイは俺のために高そうな服や装飾品を贈ってくれた。
「どうだ、新しい服は」
近頃は極端に面積の少ない下着を俺に着せて眺めるのが、グレイのお気に入りでもあったんだ。
そしてその上には、さらに肌触りのいい布地で仕立て上げられた女ものの服が。
胸元にはいくつもの宝石が散りばめられていて、俺には不釣り合いなほどに輝いていた。
「グレイ、ありがとう」
そう笑ってみせれば、グレイは俺の腰を引き寄せてこの胸を鷲掴む。
「男なのに、孕み腹。おかしなやつだぜ、お前は。……まあ、そこがいいんだけどよ」
グレイは俺を、時折女であるかのように扱った。
うやうやしく貴族のような礼の姿勢をとってみせて、ダンスの真似事のようなこともした。
ついにはグレイの手によって、俺の唇には赤い紅が引かれていた。
肌にも毎日化粧を欠かさぬようになり、この髪も絶対に切るなと言われてしまう。
やがて俺は、身も心もグレイの女になっていく。
それでも俺は、グレイのことを愛していた。
グレイに求められることが、何よりの喜びでもあったのだから。
「ルーナ、ケツ見せろ」
「グレイ、抱いて」
その日、グレイは立ったまま背後から俺の身を貫いていた。
鍵のかかる冷たい扉に押し付けられながら、俺は何度もグレイの名を呼んでいた。
胸は強く揉みしだかれて、やがて胸元にある二つの飾りも潰されるように握られる。
「ああ……っ……!」
思わず強くその熱を締め付ければ、グレイは力強く俺の尻を叩いていた。
乾いた音が、何度も響き渡る。しかしそれさえも刺激になって、俺は尻を熱くさせながらグレイの種を求めていた。
「ルーナ、声出せ!」
「グレイっ、ああっ……!もっと、もっと叩いてぇ!」
扉の向こうで、何かが蠢くような気配がした。
きっと、子分たちが聞き耳を立てているのだろう。
数多の男たちにも聞こえるように、俺はグレイへの愛を叫ぶ。
「愛してる……っ、愛してるの……!」
「俺もだ、ルーナ!愛してる!」
泣きながら、俺は絶頂を迎えた。
力なくこの身が崩れ落ちても、なおもグレイは俺の身を離しはしなかった。
髪を掴まれ引っ張られ、何度頬をぶたれても俺は愛を叫ぶことを辞めなかった。
やがてこの声は枯れて、息も絶え絶えにグレイの身に縋りつく。
「孕め、孕めよ!」
「孕ませて、グレイの子っ……俺に……!」
何度も唇を貪って、何度もその種を搾り取って、俺は身も心もグレイに堕ちていった。
グレイの女に、なりたい。
グレイだけを愛する女に。そして、グレイの血を引く子供の母になりたい。
心から、そう願った。
***
ある朝、突然込み上げる吐き気に俺は膝をついていた。
グレイは驚いたような顔をして、俺の背を支えてくれていた。
震える手で腹部に触れて、思わず息を呑む。
「……まさか、孕んだのか?」
その手のひらは、いつものように優しかった。
念には念をと、グレイはあらゆる伝手を辿って怪しげな医師を呼び寄せていた。
「確かに、妊娠しています」
その言葉を耳にした瞬間、グレイは満面の笑みを浮かべていた。
「ルーナ、でかしたぞ!俺たちの子だ」
その顔は悪党のそれではなく、純粋な少年のようでもあったんだ。
気づけば俺も、目に涙を浮かべて笑っていた。
「グレイ、やったよ……。俺、……」
「ありがとう、ルーナ。お前は、最高のオンナだ!」
いま俺は、最高に幸せだ。
愛するグレイに、子分のみんな。賑やかな家族のような空間で、俺はこの子を大切に育てていく。
グレイは俺の体調を気遣いながらも、なおも俺を愛することは辞めはしなかった。
「医者は、いいって言ってたぞ?それにお前にも、ミルクをやらねえとな……っ……!」
そうグレイは、今日も俺の奥深くへと熱い種を注いでいた。
俺は膨らんだ腹に手を添えながら、喜んでそれを受け止めていた。
「ルーナっ、ガキが産まれても……。お前の一番はこの俺だ、わかったな?」
「もちろんっ……。ううっ……、グレイのことが一番好き」
そう口づけをすれば、グレイは満足そうに微笑んだ。
もうあの世界には、戻れない。
でも、それでも。俺はグレイと生きていく道を選んだ。
グレイとこの子さえいれば、俺にはもう何もいらないのだから。
END
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