異世界転移をした俺は文通相手の家にお世話になることになりました

陽花紫

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週に一度の返事を待つ

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 文通を、始めた。
 きっかけは、忘れてしまった。
 思い返せば、慌ただしく過ぎていく日々のなかで、私はどこか息苦しさを覚えていたのだと思う。

 朝は決まった時刻に起き、用意された服に袖を通し、決められた言葉を口にしては決められた人々と顔を合わせる。
 変化のない毎日。そこに、不満があったわけではない。
 だが、心がひどく何かに飢えていた。
 だからこそ、非現実的な刺激を無意識のうちに求めていたのかもしれない。

 紙の上では、この身分も血筋も名誉でさえも意味をなさない。
 ただ文字を書く人間と、それを読む人間がいるだけであった。

 ある日、文通で結婚にまで至った兄に私はひどく勧められていた。
「悪くはない気晴らしだと思う。お前も、一人で寂しいだろうからな」
「寂しくなど、ありません」
「そうか?……だが、時には異なる身分の者と関わることも必要だ」
 兄は、格下の貴族令嬢と恋愛結婚を交わしていた。
 顔色を伺うようなこともなく、声色さえも必要がない。
 文字であるからこそ、伝わるものがあるのだと。

 登録の手続きを済ませ、私は言葉を交わす相手を探していた。
 幾人もの紹介文が並ぶ中で、ふと、ある一文が目に留まる。
 “異国から来たばかりで、この地の文字を学ぶため”
 他と比べて、ひどく簡素な説明でもあった。その人物は男であり、年齢は私よりもいくらか若くもあった。
 それでも、私はわずかな興味を抱いていた。
 見知らぬ異国の文化に触れられるのなら、と。
 すぐさま、ハルに向けて手紙を書いた。私のこの長い本名は伏せ、手紙上では短く“セラ”と名乗った。


 翌週。
 使用人が静かに差し出した一通の封筒を見た瞬間、私は思わず目を見開いていた。
 それはこれまでこの屋敷にも届いたことがないような、庶民的で簡素な封筒であったのだから。
 質の良い白い封筒や便箋に慣れた私の目には、それはあまりにも粗末な茶色の紙であるかのように映っていた。

 封を開け、静かに手紙を開いた。
 恐らく、インクの扱いにも慣れていないのであろう。
 ところどころ文字は滲み、線は揺れ、その形もひどく歪んでいた。
 しかしその一点を除けば、内容は至極真っ当なものでもあったのだから私は驚いていた。

『手紙を、ありがとうございます』

 ハルは祖国で親を亡くし、縁を頼ってこの国へやってきたのだという。
 今は祖父と二人で暮らしており、日々の生活にはようやく慣れてきたが、文化や言葉にはまだ不安が多いらしい。
 そしてこの手紙もまた、祖父に添削されたものなのだと正直に記されていた。
 何度も練習を重ね、失敗をしては書き直し。
 ようやく一通の手紙として形にできたことへの喜びと、それを受け取った私への礼が、拙いながらも丁寧に綴られていた。

『これから、よろしくお願いします』

 何度も文字を目で追うにつれ、私はこの胸の奥がかすかに温かくなるのを感じていた。
 素朴で、落ち着いた雰囲気の青年なのだろう。
 そのような印象が、自然と浮かんだ。

 気づけば私はペンを取り、返事を書き記していた。

『困ったことがあれば、遠慮せず私に聞いてほしい』

 そして、必要以上に多くの言葉を書き連ねていたような気がする。
 書類や報告書ではない文章を書くことが、このように楽しいものであるとは思いもしなかった。

***

 いつしか私は、週に一度届く返事を心待ちにするようになっていた。
 ハルは、心優しい青年でもあった。
 顔も知らぬ私の身を案じ、かつての返事を真似てか私の家族の健康までをも気遣う言葉を、何の躊躇いもなく書いて寄越す。
 その文章からは、年齢以上に大人びた性格であることが窺えた。

 名も知らぬハルの祖国であるという異国の文化に、時には驚き時には笑みを浮かべることもしばしば。
次第に、私はハルという人間そのものに、強く興味を抱くようにもなっていた。

 季節が移ろえば、私は庭に咲く花の名を書いた。
 街を歩けば、この雑踏のなかにハルがいるのではないかと、その姿を探してしまうようなことも多々あった。

 ハルは、ありふれた黒い髪に、黒い瞳をしているらしい。
 ある日、そう手紙に書かれていた。
 道行く黒い髪をした青年たちの姿を眺めながら、私は小さく息をついた。
 それに比べて、私は自らの姿を語ることができずにいた。

 金の髪に、紫の瞳。
 それだけで、私の出自は容易く知られてしまうからだ。
 それにも関わらず、ハルは私について深く詮索するようなことはしなかった。
 その慎み深さに安堵しながらも、どこか寂しさのようなものを覚えてしまう。
 私はただ、文字の練習相手にしか過ぎないのであると。
 自らに向けてそう言い聞かせるたびに、胸の奥に小さな痛みが生まれていた。

 それでもハルの語り口は新鮮で、時折、目を見張るほどに生き生きとしていた。
 自然の美しさ、料理の温かさ。日々の些細な出来事でさえも。
 金や権力とは無縁の、庶民としてのささやかな幸せがそこには記されていたのだから。
 誰にでも等しく、幸せは存在する。
 そう、ハルの言葉は教えてくれるようでもあった。

 素直に、羨ましいと思った。
 それと同時に、私はハルとの交流を通して自らが知ることもなかった世界を覗いているのだとも感じていた。

 庶民の青年と文通をしているのだと兄に告げたとき、ひどく驚かれてしまった。
 しかしそれでも一言、
「良い経験だ」
 と、大らかに笑っていた。
 その言葉に、私はどこか救われたような気がしていた。

 間もなく、手紙が届く日だ。
 使用人に使いを出し、預かり所へと向かわせた。
 先週は、ハルからの問いに答えていくうちに、便箋の枚数が思いのほか増えてしまった。
 ハルは、その全てに目を通すことができたのだろうか。
 そして、どのような返事を書いたのか。
 考えるだけで、自然と口元には笑みが浮かぶ。

 紙の上だけでの、この関係。
 それでも確かに、私の心は遠く離れた一人の青年へと向かっていた。
 あの茶色の封筒を手に取る瞬間を思い描きながら、静かに返事を待ち続ける。
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