異世界転移をした俺は文通相手の家にお世話になることになりました

陽花紫

文字の大きさ
2 / 11

週に一度の返事を待つ

 文通を、始めた。
 きっかけは、忘れてしまった。
 思い返せば、慌ただしく過ぎていく日々のなかで、私はどこか息苦しさを覚えていたのだと思う。

 朝は決まった時刻に起き、用意された服に袖を通し、決められた言葉を口にしては決められた人々と顔を合わせる。
 変化のない毎日。そこに、不満があったわけではない。
 だが、心がひどく何かに飢えていた。
 だからこそ、非現実的な刺激を無意識のうちに求めていたのかもしれない。

 紙の上では、この身分も血筋も名誉でさえも意味をなさない。
 ただ文字を書く人間と、それを読む人間がいるだけであった。

 ある日、文通で結婚にまで至った兄に私はひどく勧められていた。
「悪くはない気晴らしだと思う。お前も、一人で寂しいだろうからな」
「寂しくなど、ありません」
「そうか?……だが、時には異なる身分の者と関わることも必要だ」
 兄は、格下の貴族令嬢と恋愛結婚を交わしていた。
 顔色を伺うようなこともなく、声色さえも必要がない。
 文字であるからこそ、伝わるものがあるのだと。

 登録の手続きを済ませ、私は言葉を交わす相手を探していた。
 幾人もの紹介文が並ぶ中で、ふと、ある一文が目に留まる。
 “異国から来たばかりで、この地の文字を学ぶため”
 他と比べて、ひどく簡素な説明でもあった。その人物は男であり、年齢は私よりもいくらか若くもあった。
 それでも、私はわずかな興味を抱いていた。
 見知らぬ異国の文化に触れられるのなら、と。
 すぐさま、ハルに向けて手紙を書いた。私のこの長い本名は伏せ、手紙上では短く“セラ”と名乗った。


 翌週。
 使用人が静かに差し出した一通の封筒を見た瞬間、私は思わず目を見開いていた。
 それはこれまでこの屋敷にも届いたことがないような、庶民的で簡素な封筒であったのだから。
 質の良い白い封筒や便箋に慣れた私の目には、それはあまりにも粗末な茶色の紙であるかのように映っていた。

 封を開け、静かに手紙を開いた。
 恐らく、インクの扱いにも慣れていないのであろう。
 ところどころ文字は滲み、線は揺れ、その形もひどく歪んでいた。
 しかしその一点を除けば、内容は至極真っ当なものでもあったのだから私は驚いていた。

『手紙を、ありがとうございます』

 ハルは祖国で親を亡くし、縁を頼ってこの国へやってきたのだという。
 今は祖父と二人で暮らしており、日々の生活にはようやく慣れてきたが、文化や言葉にはまだ不安が多いらしい。
 そしてこの手紙もまた、祖父に添削されたものなのだと正直に記されていた。
 何度も練習を重ね、失敗をしては書き直し。
 ようやく一通の手紙として形にできたことへの喜びと、それを受け取った私への礼が、拙いながらも丁寧に綴られていた。

『これから、よろしくお願いします』

 何度も文字を目で追うにつれ、私はこの胸の奥がかすかに温かくなるのを感じていた。
 素朴で、落ち着いた雰囲気の青年なのだろう。
 そのような印象が、自然と浮かんだ。

 気づけば私はペンを取り、返事を書き記していた。

『困ったことがあれば、遠慮せず私に聞いてほしい』

 そして、必要以上に多くの言葉を書き連ねていたような気がする。
 書類や報告書ではない文章を書くことが、このように楽しいものであるとは思いもしなかった。

***

 いつしか私は、週に一度届く返事を心待ちにするようになっていた。
 ハルは、心優しい青年でもあった。
 顔も知らぬ私の身を案じ、かつての返事を真似てか私の家族の健康までをも気遣う言葉を、何の躊躇いもなく書いて寄越す。
 その文章からは、年齢以上に大人びた性格であることが窺えた。

 名も知らぬハルの祖国であるという異国の文化に、時には驚き時には笑みを浮かべることもしばしば。
次第に、私はハルという人間そのものに、強く興味を抱くようにもなっていた。

 季節が移ろえば、私は庭に咲く花の名を書いた。
 街を歩けば、この雑踏のなかにハルがいるのではないかと、その姿を探してしまうようなことも多々あった。

 ハルは、ありふれた黒い髪に、黒い瞳をしているらしい。
 ある日、そう手紙に書かれていた。
 道行く黒い髪をした青年たちの姿を眺めながら、私は小さく息をついた。
 それに比べて、私は自らの姿を語ることができずにいた。

 金の髪に、紫の瞳。
 それだけで、私の出自は容易く知られてしまうからだ。
 それにも関わらず、ハルは私について深く詮索するようなことはしなかった。
 その慎み深さに安堵しながらも、どこか寂しさのようなものを覚えてしまう。
 私はただ、文字の練習相手にしか過ぎないのであると。
 自らに向けてそう言い聞かせるたびに、胸の奥に小さな痛みが生まれていた。

 それでもハルの語り口は新鮮で、時折、目を見張るほどに生き生きとしていた。
 自然の美しさ、料理の温かさ。日々の些細な出来事でさえも。
 金や権力とは無縁の、庶民としてのささやかな幸せがそこには記されていたのだから。
 誰にでも等しく、幸せは存在する。
 そう、ハルの言葉は教えてくれるようでもあった。

 素直に、羨ましいと思った。
 それと同時に、私はハルとの交流を通して自らが知ることもなかった世界を覗いているのだとも感じていた。

 庶民の青年と文通をしているのだと兄に告げたとき、ひどく驚かれてしまった。
 しかしそれでも一言、
「良い経験だ」
 と、大らかに笑っていた。
 その言葉に、私はどこか救われたような気がしていた。

 間もなく、手紙が届く日だ。
 使用人に使いを出し、預かり所へと向かわせた。
 先週は、ハルからの問いに答えていくうちに、便箋の枚数が思いのほか増えてしまった。
 ハルは、その全てに目を通すことができたのだろうか。
 そして、どのような返事を書いたのか。
 考えるだけで、自然と口元には笑みが浮かぶ。

 紙の上だけでの、この関係。
 それでも確かに、私の心は遠く離れた一人の青年へと向かっていた。
 あの茶色の封筒を手に取る瞬間を思い描きながら、静かに返事を待ち続ける。

あなたにおすすめの小説

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

おひめさまな俺、帝王に溺愛される

  *  ゆるゆ
BL
帝王陛下に捧げられることになった小国の王族レイには、大変な問題が──! ……男です。

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

死ぬだけの悪役令息に転生したら、待っていたのは攻略対象達からの溺愛でした。

きうい
BL
 病でで死んでしまった優は、気が付いたら読んでいた小説の悪役令息として転生していた。    それもどのルートでも十五歳という歳になると、死ぬ運命にある悪役———フィオレン・オーレリウス。  前世で家族に恵まれず、家族愛とは程遠い世界で生きてきた優は、愛されたいという願望を捨て、ひとりで生きることを決意する。  しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。  フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 斎
BL
エルド王国第一王子、レオンは、唯一の親友ノアと日々研鑽を重ねていた。 文武共に自分より優れている、対等な学生。 ノアのことをそう信じて疑わなかったレオンだが、突如学園生活は戦火に巻き込まれ、信じていたものが崩れ始める。 王国と帝国、そして王統をめぐる陰謀と二人の関係が交錯する、王子×親友のファンタジーBL。

戦場の黒猫は騎士団長に拾われる

天気
BL
ストーリー完結させて、サイドストーリーに行きたいです。

チートなしの無能令息ですが、5人の攻略対象に逃してもらえません!

村瀬四季
BL
異世界に転移したと思ったら、俺だけまさかのチートなし!? 前途多難ですが自由気ままに生きていこうと思います! って思ったのに周りの人達が俺を離してくれない!? ※たまに更新が遅れると思います。 ※変更する可能性もあります ※blです ざまぁもあると思う…! ※文章力は大目に見てください