異世界転移をした俺は文通相手の家にお世話になることになりました

陽花紫

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ある違和感

 近頃、ハルから届く手紙に、微かな違和感のようなものを覚えるようになっていた。

 特段、大きな変化があったわけではない。
 言葉の調子もその内容も、ハルらしい誠実さを失ってはいなかった。
 しかし、以前とはどこか雰囲気が異なっているようにも思えたのだ。

 祖父から添削を受けるような時期は、もう終わったのであろうか。
 そう思えば、むしろ喜ばしいことのはずでもあった。
 しかしところどころ、言い回しが不自然であるかのように感じられるような箇所があった。
 意味は、通じる。
 けれど少しだけ、この国の言葉としては些か遠回りでぎこちない。

 迷った末に、私はほんのわずかな親切心で正しい言い回しを書き添えることにしていた。

『この言葉は、このような言い回しのほうが自然で伝わりやすいと思う』

 しかし、ハルとってそれは負担とならないであろうか。
 ペンを持つ指が、何度か止まる。

 それでも、ハルがこの国で生きていくためには恐らく必要なことであると思う。

『どうか、その意図を理解してほしい』

 そう返事に付け加えて、私は再び手紙を読み進めていく。

 しかし再び、手が止まる。
 街で、風に飛ばされた女性のハンカチを拾い追いかけて手渡したこと。
 その礼に、高級な焼き菓子を貰ったこと。
 実は甘いものが好きで、少しずつ大切に食べたこと。
 その話のひとつひとつが、あまりにもハルらしくあるかのように思えてしまい。
 ふと、その姿を想像する。
 控えめに差し出された手、照れたように笑う顔。
 甘い菓子を口へと運び、嬉しそうに目を細める黒い髪を持つその青年の姿を。

 くすり、と小さく笑みがこぼれた。
 そのような焼き菓子は、聞いたこともなかった。果たしてこの街にも、あるのだろうか。
 いつか探してみようかと思ったその瞬間、胸の奥で何かが引っかかるような気がした。
 見ず知らずの女性が、ハルに向けて贈ったもの。
 それがなぜだか、妙に気にかかる。

 今更ながら、ふと思う。
 ハルには、想う相手がいるのだろうかと。
 この国では彼くらいの年齢であれば、多くの男がすでに妻を迎えていた。それが当たり前で、疑問にすらならないようなことでもあった。

 かくいう私も、ハルくらいの年頃に一度だけ見合いをしたことがあった。
 だがあの獲物を射抜くような、値踏みでもするかのような鋭い女性の瞳に、私はすっかり臆してしまっていたのだ。
 後日、私は兄に向かってこう宣言をしていた。
「私は、生涯独り身で構わない」
「大丈夫だ、セラ。また次があるさ」
 兄はそう、大いに笑っていた。

 仕事を調整し時間を作り、わざわざ見合いの席に赴く。
 その労力を思うだけでも、次第に心は遠のいていった。
 そのようなことに時間を費やすくらいであるのなら、ハルと多くのことを語り合いたい。

 ふと、そのような考えがあまりにも自然に浮かんだことに、私は息を呑んでいた。
 互いに未知の世界を知ること。自らが気づくことのなかったような価値観に触れ、この世界の美しさをともに分かち合うこと。
 それが今の私にとって、何よりも心を満たすかけがえのない時間へと変わっていたのだ。

 短く息を吐き、静かにペンを置いた。

「私は、ハルと……」

 書きかけの言葉が、紙の上で止まっていた。
 一体、どのような関係になりたいのであろうか。
 今は、手紙を通して言葉を交わす友人であると私は思っている。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 ハルも、そう思っていてくれたらいい。むしろそうでなければ困る。

 しかし心の奥では、別の願いのようなものが芽吹きかけていた。
 だがそれはあまりにも個人的であり、あまりにも身勝手な感情でもあったのだ。
 とうてい尋ねることなど、できはしなかった。

 私は深く息を吸い、長く長く吐き出した。

 便箋を破り捨て、すぐさま新たな紙を手元に置く。
 そして当たり障りのない挨拶と、穏やかな励ましの言葉を選び直して書き記す。
 紙の上には、常と何ら変わらぬ私の文字が並んでいた。
 ありふれた、ただの友人としての無難な言葉を。

 静かに封をして、蝋を垂らす。
 その中に、言葉にならぬこの想いを閉じ込めるかのように。

 私は、何を期待しているのだろうか。
 そう考えながら、使用人を呼びつけてこの手紙を託した。

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