異世界転移をした俺は文通相手の家にお世話になることになりました

陽花紫

文字の大きさ
7 / 11

すぐさま届いた返事

 いてもたってもいられなくなって、あるはずもないとわかっていながら俺は預かり所へと向かっていた。

 あれほど、もう届くはずがないとそう言い聞かせていたのに。
 文通の周期はとっくに狂ってしまっていて、今となってはどの日に返事が届くのかなど、もう何もわからずにいた。

 それでも今は、一刻も早くセラの文字をこの目で確かめたかった。
 あの整った、静かな字。丁寧で慎重で、それでいて温度のあるあの文字を。

 預かり所の扉を押し開けると、いつものおじさんが静かに帳簿をめくっていた。
 俺の姿を見て、おじさんは一瞬だけ目を見開いていた。

「今日は届いていないと思うが……」
 そう言われる前に、俺はこの視線を引き出しへと走らせていた。
「どうしても、確かめたいんです」
「わかったよ。待っていなさい」

 意外にも、そこには一通の封筒があったんだ。
 良質な、白い封筒。そこにはしっかりと蝋が押されていた。
 心臓が、強く脈を打っていた。
「それです!」
 思わず声が、掠れていた。
「よかったな、今日の朝に届いたばかりだ」

 お礼を言うのも忘れて、俺はそれを受け取ってすぐに踵を返していた。
 家までの道のりを、こんなにも短く感じたのは初めてのことだった。

 扉を閉めて、椅子に腰を下ろして。
 呼吸を整えてから、静かに封を開けていた。
 中に書かれていたのは、どこかの住所らしき文字列だった。

『セラスティンという名を頼るといい』

 一瞬、その意味を理解することができずにいた。
 困ったときに訪ねるといい場所に、セラスティンというその名前。
 それは果たして、セラのことなのだろうか。
 それともセラが信頼を置く、誰か別の人物の名前なのだろうか。
 もやもやとした想いが、胸の中に広がった。
 けれどそれ以上に、俺の中ではっきりとした感情が浮かんでいた。

 頼れない。
 頼っては、いけない。
 ただでさえ、セラには文通を通してこの国の言葉を、多くの知識を。
 この世界を、たくさん教えてもらっていたんだ。

 これ以上を受け取る資格が、今の俺にはない。
 俺が頼ることができるようなその場所を示し、とある人物の名を書いてくれた。
 その優しさが、逆にこの胸を締めつける。
 俺は、何も返すことができない。何ひとつとして、返せるものがなかったんだ。
 だからこそ、差し伸べられたその手を取ってはいけないのだと思っていた。

 便箋を手にして、感謝の言葉をできる限り丁寧にゆっくりと書いていく。

『返事を、ありがとうございます。お気遣い痛み入ります』

 そして断りの言葉を、慎重に選んだ。

『しかし、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。どうかそのお心遣いだけ、受け取らせてください』

 ペンを手にしながら、思わず涙が溢れていた。
 静かに手の甲で拭って、紙が汚れていないかを確かめた。

 手早く封をして、預かり所へと手紙を渡した。
 そしてその足で、俺は今日もまた仕事を探しに街を歩いていた。

***

 少し遠くの街まで足を伸ばしてみても、その結果は同じものだった。
「身元がはっきりしない者はな……」
「保証人はいるのか?」
「今は人手が足りているんだ」
 時には、笑われることすらあった。
 ハンスが亡くなってしまった今、俺のことをよく知る人はもう誰もいなかった。
 帰る場所はあるというのに、俺の居場所はどこにもなかった。

 相変わらず静かな家に戻り、小さなパンをちまちまとかじる。
 貯金が減っていくのが怖くて、一回分の食事を何日にも分けて食べていた。
 パンは、もうすっかり固くなっていた。水で流し込めばそれは、腹の中で重く沈んだ。
 それでもこの空腹は、消えはしない。

 ふと、思う。
 セラは、俺の本名を知らない。
 文通を始めたそのときから、名乗る機会はいくらでもあった。
 けれど今さら、それを書く勇気も出なかった。
 この名前を明かすということは、俺のすべてを差し出すことであるかのようにも思えていたから。
 それは助けを求めることと、どこか同じようなものであるのではないのかと感じていた。

 ただ腹を空かせたまま、毎日それを紛らわせるかのように水を飲んでいた。
 喉を通る冷たさだけが、俺が今確かにここに生きているということを教えてくれていた。

 このままでいいのだろうか。
 そう問いかけても、その答えはどこにもなかった。
 ただセラの字の残像だけが、胸の奥で静かに消えずに残っていた。

あなたにおすすめの小説

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

おひめさまな俺、帝王に溺愛される

  *  ゆるゆ
BL
帝王陛下に捧げられることになった小国の王族レイには、大変な問題が──! ……男です。

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

死ぬだけの悪役令息に転生したら、待っていたのは攻略対象達からの溺愛でした。

きうい
BL
 病でで死んでしまった優は、気が付いたら読んでいた小説の悪役令息として転生していた。    それもどのルートでも十五歳という歳になると、死ぬ運命にある悪役———フィオレン・オーレリウス。  前世で家族に恵まれず、家族愛とは程遠い世界で生きてきた優は、愛されたいという願望を捨て、ひとりで生きることを決意する。  しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。  フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 斎
BL
エルド王国第一王子、レオンは、唯一の親友ノアと日々研鑽を重ねていた。 文武共に自分より優れている、対等な学生。 ノアのことをそう信じて疑わなかったレオンだが、突如学園生活は戦火に巻き込まれ、信じていたものが崩れ始める。 王国と帝国、そして王統をめぐる陰謀と二人の関係が交錯する、王子×親友のファンタジーBL。

戦場の黒猫は騎士団長に拾われる

天気
BL
ストーリー完結させて、サイドストーリーに行きたいです。

チートなしの無能令息ですが、5人の攻略対象に逃してもらえません!

村瀬四季
BL
異世界に転移したと思ったら、俺だけまさかのチートなし!? 前途多難ですが自由気ままに生きていこうと思います! って思ったのに周りの人達が俺を離してくれない!? ※たまに更新が遅れると思います。 ※変更する可能性もあります ※blです ざまぁもあると思う…! ※文章力は大目に見てください