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悪しき魔術師
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あまりにも深く、世界の底に沈むような静寂が辺りを包んでいた。
ミヤは、目を覚ます。
見慣れた森は、もうそこには存在しなかった。
灰色の空と、焼けたような大地。風はなく、ただ遠くで微かな炎の音が聞こえた。
「フレア」
思わずその名を呼ぶものの、応える声はなかった。
それでも、胸の奥で何かが脈打つ。
「ここに、いるんだね」
ミヤは静かに胸に手を当てる。
熱い。けれど痛くはない。心の奥で、確かに炎は息をしていた。
その炎は、ミヤ自身でもあった。いや、もはやミヤという名の人間などではなかった。
それは精霊王の愛をその身に宿した、炎の精霊となっていたのだ。
願いと愛が溶けあって生まれた、新しい存在へとミヤは変貌を遂げていた。
黒かったはずの髪には、紅い毛が混ざっていた。瞳には熱がこもり、吐く息にも熱が感じられた。
その身にまとうは、かつてフレアが着ていたような黒いローブ。
ミヤは自らの身を強く抱きしめると、熱い息を吐いた。
「会いたい、フレア」
そう呟いた瞬間、周囲の空気は震える。
足元の地面は赤く光り、ひび割れたところから小さな炎が噴き上がる。それはまるで、ミヤの感情に呼応するかのようでもあった。
恐れと悲しみと、愛。それらが混ざって、炎の色を変えていく。
紅から金へ、金から白へ。
燃え上がるたび、何かが形を成していく。
そのとき、遠くで風が裂ける。
重苦しい闇の気配が、世界を押し潰すようにミヤに目がけて迫ってくる。
黒い外套、灰のような瞳。そして、片方の口端だけを上げた歪んだ笑み。
かつてのミヤのような黒い髪に、整った顔つき。しかしその肌は、血の気がないほどに白かった。
「ようやく、ようやく見つけたぞ!炎の精霊王よ」
その声を聞いた瞬間に、ミヤの中の炎が勢いよく燃え上がる。
フレアのかつての記憶が、ミヤの脳内で微かに蘇る。
――封印の夜、鎖の呪い。積年の孤独と、深い闇。
「そうか、お前が……」
「私は、かつてお前を封じた者の子孫にあたる。今宵、お前を再び封印する!」
悪しき魔術師は、人間ともいえぬ歪な笑みを浮かべていた。その瞳には、恐れも怒りもなかった。
あるのは、ただひとつの誇りだけであった。
男は舌なめずりをしながら、ミヤの身をじっくりと嘗め回すように見つめていた。
「精霊は、願いという名の餌を与え人々を惑わしてきた。そしてその代償に、魂を喰うとも言い伝えられてきた。お前もまた、誰かの願いの中で生まれた炎なんだろう?」
ミヤは、静かに唇を噛む。
「俺は、誰のものでもない」
「そう思うか?ならば、この場で証明してみせろ」
魔術師が杖を掲げると、辺りの空気は一変した。
光の鎖が空に走り、炎の残滓を絡め取る。世界は再び、炎を封じ込めるかのように暗く深く覆われる。
ミヤの内側で、フレアの声が大きく響く。
――逃げろ!お前が敵う相手ではない。お前はまだ、人の形を保つことができる。
「嫌だ。俺は、君を守る」
ミヤは、大地に両の手をついた。
その手のひらから炎はあふれ出し、赤い光が稲妻のように走る。その光はまるで、祈りのように広がった。
燃やすためではなく、守るための熱く強く燃え盛る炎。
それは、愛の形をした炎でもあった。
「フレア、そこで見てて。俺は、君の代わりに戦う」
炎の息が、強く脈打つ。
空は裂け、風が叫び、森の残骸が燃え上がる。
魔術師の杖が光を放ち、無数の鎖がミヤの身を襲う。
しかしミヤの肌に触れた途端、それらは花のように儚く散った。鎖が焼け落ちる音が、鈴のように響く。
「なんだ、どういうことだ!」
ミヤの身は、もう半ば炎となりつつあった。
その肌は透き通り、瞳の奥には金と紅の光が宿る。風が吹くたびに、髪は火の粉のように揺れた。
「かつてあなたがたが封じた炎は、もう誰にも縛れやしない」
「……なるほど。だが、試す価値はありそうだ」
魔術師の目が細められ、その口元が歪む。
次の瞬間、空には黒い魔法陣が展開された。冷気が流れ、炎が凍りつく。
その痛みに、ミヤの胸の奥は軋む。フレアの声が、遠のいていく。
――ミヤ、我の名を呼べ。
「フレア!」
叫んだ瞬間、世界は白い光に包まれた。
すべての音が消え、ただ心臓の鼓動だけが強く大きく響いていた。
その光の中から、炎の姿が現れる。
それはかつての精霊王、フレアの姿であるかのように見えた。
しかし今はミヤの炎と混ざりあい、ひとつの形を成していた。
「やはり取り込み、巣食っていたのか。……愚かな人間だ」
と、魔術師が呟く。
しかし炎は、柔らかな光を帯びて音となる。
「炎は常に、喰うか喰われるかだ」
その炎の内で、ミヤはにっこりと微笑んでいた。
「それでも俺は、フレアを愛したい」
その言葉が炎の中で、呪文のように渦巻く。
ミヤは、目を覚ます。
見慣れた森は、もうそこには存在しなかった。
灰色の空と、焼けたような大地。風はなく、ただ遠くで微かな炎の音が聞こえた。
「フレア」
思わずその名を呼ぶものの、応える声はなかった。
それでも、胸の奥で何かが脈打つ。
「ここに、いるんだね」
ミヤは静かに胸に手を当てる。
熱い。けれど痛くはない。心の奥で、確かに炎は息をしていた。
その炎は、ミヤ自身でもあった。いや、もはやミヤという名の人間などではなかった。
それは精霊王の愛をその身に宿した、炎の精霊となっていたのだ。
願いと愛が溶けあって生まれた、新しい存在へとミヤは変貌を遂げていた。
黒かったはずの髪には、紅い毛が混ざっていた。瞳には熱がこもり、吐く息にも熱が感じられた。
その身にまとうは、かつてフレアが着ていたような黒いローブ。
ミヤは自らの身を強く抱きしめると、熱い息を吐いた。
「会いたい、フレア」
そう呟いた瞬間、周囲の空気は震える。
足元の地面は赤く光り、ひび割れたところから小さな炎が噴き上がる。それはまるで、ミヤの感情に呼応するかのようでもあった。
恐れと悲しみと、愛。それらが混ざって、炎の色を変えていく。
紅から金へ、金から白へ。
燃え上がるたび、何かが形を成していく。
そのとき、遠くで風が裂ける。
重苦しい闇の気配が、世界を押し潰すようにミヤに目がけて迫ってくる。
黒い外套、灰のような瞳。そして、片方の口端だけを上げた歪んだ笑み。
かつてのミヤのような黒い髪に、整った顔つき。しかしその肌は、血の気がないほどに白かった。
「ようやく、ようやく見つけたぞ!炎の精霊王よ」
その声を聞いた瞬間に、ミヤの中の炎が勢いよく燃え上がる。
フレアのかつての記憶が、ミヤの脳内で微かに蘇る。
――封印の夜、鎖の呪い。積年の孤独と、深い闇。
「そうか、お前が……」
「私は、かつてお前を封じた者の子孫にあたる。今宵、お前を再び封印する!」
悪しき魔術師は、人間ともいえぬ歪な笑みを浮かべていた。その瞳には、恐れも怒りもなかった。
あるのは、ただひとつの誇りだけであった。
男は舌なめずりをしながら、ミヤの身をじっくりと嘗め回すように見つめていた。
「精霊は、願いという名の餌を与え人々を惑わしてきた。そしてその代償に、魂を喰うとも言い伝えられてきた。お前もまた、誰かの願いの中で生まれた炎なんだろう?」
ミヤは、静かに唇を噛む。
「俺は、誰のものでもない」
「そう思うか?ならば、この場で証明してみせろ」
魔術師が杖を掲げると、辺りの空気は一変した。
光の鎖が空に走り、炎の残滓を絡め取る。世界は再び、炎を封じ込めるかのように暗く深く覆われる。
ミヤの内側で、フレアの声が大きく響く。
――逃げろ!お前が敵う相手ではない。お前はまだ、人の形を保つことができる。
「嫌だ。俺は、君を守る」
ミヤは、大地に両の手をついた。
その手のひらから炎はあふれ出し、赤い光が稲妻のように走る。その光はまるで、祈りのように広がった。
燃やすためではなく、守るための熱く強く燃え盛る炎。
それは、愛の形をした炎でもあった。
「フレア、そこで見てて。俺は、君の代わりに戦う」
炎の息が、強く脈打つ。
空は裂け、風が叫び、森の残骸が燃え上がる。
魔術師の杖が光を放ち、無数の鎖がミヤの身を襲う。
しかしミヤの肌に触れた途端、それらは花のように儚く散った。鎖が焼け落ちる音が、鈴のように響く。
「なんだ、どういうことだ!」
ミヤの身は、もう半ば炎となりつつあった。
その肌は透き通り、瞳の奥には金と紅の光が宿る。風が吹くたびに、髪は火の粉のように揺れた。
「かつてあなたがたが封じた炎は、もう誰にも縛れやしない」
「……なるほど。だが、試す価値はありそうだ」
魔術師の目が細められ、その口元が歪む。
次の瞬間、空には黒い魔法陣が展開された。冷気が流れ、炎が凍りつく。
その痛みに、ミヤの胸の奥は軋む。フレアの声が、遠のいていく。
――ミヤ、我の名を呼べ。
「フレア!」
叫んだ瞬間、世界は白い光に包まれた。
すべての音が消え、ただ心臓の鼓動だけが強く大きく響いていた。
その光の中から、炎の姿が現れる。
それはかつての精霊王、フレアの姿であるかのように見えた。
しかし今はミヤの炎と混ざりあい、ひとつの形を成していた。
「やはり取り込み、巣食っていたのか。……愚かな人間だ」
と、魔術師が呟く。
しかし炎は、柔らかな光を帯びて音となる。
「炎は常に、喰うか喰われるかだ」
その炎の内で、ミヤはにっこりと微笑んでいた。
「それでも俺は、フレアを愛したい」
その言葉が炎の中で、呪文のように渦巻く。
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